榎本哲也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
榎本 哲也 Football pictogram.svg
名前
愛称 テツ
カタカナ エノモト テツヤ
ラテン文字 ENOMOTO Tetsuya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1983年5月2日(30歳)
出身地 神奈川県川崎市幸区
身長 180cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム 横浜F・マリノス
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002- 横浜F・マリノス 139 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年1月14日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

榎本 哲也(えのもと てつや、1983年5月2日 - )は、神奈川県出身で横浜F・マリノス所属のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー

目次

人物 [編集]

2003年の1stステージ開幕戦のジュビロ磐田戦でデビュー。

2ndステージ、優勝が懸かった最終節のジュビロ磐田戦で前半16分、フィードキックを邪魔されたとしてグラウのラフプレーから小競り合いを起こしレッドカードで退場。したがって、下川健一が緊急出場。下川はジェフ千葉時代以来久々のリーグ戦出場だったが、交代出場以降を無失点に抑え後半ロスタイムの逆転により2ndステージ優勝、そして年間完全優勝が決まった。
勝利した試合後のインタビューで、「すみませんという言葉しかない。頭が真っ白になって、怒りだけが自分を動かしていた。レッドカードを見て冷静になって…。救われたというか。僕が退場になっていなかったらもっと楽な試合になっていたかもと考えると、すごい責任を感じた。優勝が決まったときもピッチに行っちゃいけないんじゃないか、と。ファンを裏切ったし。前にテレビがあったけど、全然観れなかった。自分はけっこう気が長いし、そういうプレーヤーじゃないと思っていたけど…。挑発されて自分らしさを失ってしまった。これからは悪いことはもう2度しない。プロサッカー選手らしくやりたい」と語った。
試合後の優勝セレモニーでは、コーチなどに連れられる形で参加したが、顔を隠し、下向きで大泣きしていた。

その後も、マリノスの守護神として活躍を見せていたが、2009年からは飯倉大樹の台頭により徐々に出場機会が減少。2010年2011年は2年連続でリーグ戦の出場がなく、飯倉が怪我で出られなかった試合でも秋元陽太が起用されるなど完全に存在感を失っていた。

秋元が愛媛FCに移籍し、アビスパ福岡から六反勇治が加入した2012年も飯倉の控えとして過ごしていたが、3連敗で迎えた9月22日鹿島アントラーズ戦で約3年ぶりにリーグ戦の出場機会を得ると2-1での勝利に貢献。その後は飯倉からポジションを奪取した。

2013年は4年ぶりに開幕スタメンを務めた。

エピソード [編集]

  • 2005年にグラウがマリノスに加入した際、練習前にお互い顔を合わせて和解を果たした。
    • 再会を不安に思っていたという榎本は「グラウが満面笑顔で握手してきたから『こんにちは』と言ってしまった。いいヤツと聞いていたので」とわだかまりも完全に氷解した。
  • F・マリノスの元チームメイトで同じGKである榎本達也(現栃木SC所属)は、同姓且つ名が似ているだけで血縁関係はない。哲也は達也を「エノさん」と呼び、達也は哲也を名前で呼んでいる。
  • 中村俊輔を尊敬している選手の一人で、残留争いに巻き込まれた2008年後半は同志である狩野健太らとともに「俊輔さんをJ2でやらせるわけにはいかない」という合言葉のもとで戦った
  • 2008年に入籍し、2009年に第一子(女児)誕生。。
  • 2009年10月17日、J1第29節名古屋グランパス戦試合後のロッカールームを出るなり「オレ、今日2失点だよ」と口にした。実際の試合は1失点だが、この日は番外編があった。名古屋のストイコビッチ監督がピッチ外に出たボールを蹴り上げると、何とダイレクトで横浜ゴールに入った。榎本は「革靴でしょ。しかも芝はぬれているのに。怒りを通り越して、すげえと思った」と、驚いていた。なお、ストイコビッチはこの行為で遅延行為とみなされ退席処分を受け、試合自体は終了間際にゴールが生まれ2-1でマリノスが逆転勝ちした。

所属クラブ [編集]

  • 横浜マリノスプライマリー新子安
  • 横浜マリノスジュニアユース
  • 1999年 - 2001年 横浜F・マリノスユース(武相高等学校
  • 2002年 - 現在 横浜F・マリノス

個人成績 [編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2002 横浜FM 21 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2003 15 0 4 0 0 0 19 0
2004 0 0 3 0 1 0 4 0
2005 23 0 2 0 1 0 26 0
2006 16 0 5 0 3 0 24 0
2007 1 33 0 9 0 2 0 44 0
2008 31 0 8 0 4 0 43 0
2009 14 0 4 0 0 0 18 0
2010 0 0 1 0 0 0 1 0
2011 0 0 0 0 1 0 1 0
2012 7 0 0 0 1 0 8 0
2013
通算 日本 J1 139 0 36 0 14 0 188 0
総通算 139 0 36 0 14 0 188 0
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2004 横浜FM 21 1 0
2005 4 0
通算 AFC 5 0

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]