森脇健児の切磋たく丸!!
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| 森脇健児の切磋たく丸 | ||
|---|---|---|
| ジャンル | バラエティ | |
| 放送時間 | 土曜深夜0:50~1:50(60分) | |
| 放送期間 | 1992年~1994年 | |
| 放送国 | ||
| 制作局 | 朝日放送 | |
| 出演者 | 森脇健児 田中広子 逢坂じゅん 横山たかし いま寛大 酒井くにお 浜田由紀 当時の松竹芸能若手芸人(よゐこ、ますだおかだ、オセロなど) ほか |
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| オープニング | 「タイムマシンにおねがい」(サディスティック・ミカ・バンド) | |
| エンディング | 1994年4月~:『CRESCENT MOON』(DIE IN CRIES) 1994年7月~:『夏、いただき!』(市原真紀) |
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森脇健児の切磋たく丸!!(もりわきけんじのせっさたくまる)は、1992年から1994年秋まで、大阪の朝日放送(ABCテレビ)で毎週土曜日の深夜に放送されていたバラエティ番組。松竹芸能が制作協力。
目次 |
[編集] 概要
森脇健児の初の冠番組として制作。松竹芸能所属のタレントによるクイズコーナーなどで構成したバラエティ番組。
当時松竹芸能に所属した若手芸人もしくは若いタレントだけでなく、当時の本拠だった「浪花座」を中心に活躍していたベテランの寄席芸人も、多数レギュラーに起用、もしくは積極的に出演した。ベテランから若手に至るまで「松竹芸能総動員」とでもいうべき趣向が、番組の大きな特徴となっていた。
当初は関西ローカルだったが、以後各地のANN系列局で放送されるようになり、1994年1月より関東地区(テレビ朝日)でも放送された。ほか、通信衛星放送CSバーンのスカイ・A(現:スカイ・A sports+)でも放送していた。
番組には当時駆け出しだったよゐこ、ますだおかだ、オセロもレギュラー出演していた。
オープニングテーマはサディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにおねがい」(1994年春まではエンディングでも使用された)。また、番組末期の1994年に使用されたエンディングテーマはDIE IN CRIES『CRESCENT MOON』→市原真紀『夏、いただき!』。
[編集] 出演者
[編集] MC[編集] 出題 |
[編集] 当時出演の若手芸人
- アウトローズ/明石家のんき(クイズ解答者)/AZASあづき/アップスタート (片方は田中つよし)/WINNERS/大阪キッズ(クイズ解答者)/シンデレラエキスプレス(クイズ解答者)/DA-DA/ちゃいまんねんず/T・K・O/南米パラグアイ/のイズ/ブラッシュ/-4℃/やぶからボー (片方は構成作家のこうのきよし)/ゆんぼー/技ありーず ほか
[編集] 構成
番組開始当初はゲストを招いてバラエティ要素を取り入れた「大ボケクイズ」とそれに伴うトーク、視聴者からの投稿によって進行される「たく丸通信」(なお、題名のなかの「通信」は「ネットワーク」と読む)というコーナーといった二本立てで構成されていた。中期以降「大ボケウルトラクイズ」と題し、前出の「大ボケクイズ」を全ての放送枠で行うようになった。
[編集] クイズ
- ルール
- 番組開始当初
- 毎回一組のゲストを招きいれ、クイズを行う。ニュース番組(or政見放送?)風の別スタジオに待機したタレントが登場し、そこから出される映像クイズの内容によってトークを進めていく。番組後半は「たく丸通信」と称して視聴者からの投稿を元にトークを進めていく(補足ではあるが、企画当初は「たく丸通信」がメイン企画だった。元は同時期に放送していたラジオ番組青春ベジタブルの一コーナーをそのままテレビ番組にする予定だったが、あまりに内容が過激だったため無難なコーナーになってしまった。またこの頃は観客をスタジオ内に入れていた)。
- 番組中期以降
- 前半はクイズコーナーとなっており、3チーム(番組終期は4チーム)による対抗戦で、3問のクイズに挑戦(出題方法は番組開始当初のものと同じ)。優勝チームはボーナスステージの「レツゴースロット」に挑戦、レツゴー三匹(じゅん、長作、正児)それぞれの顔がそろえばハワイ旅行がプレゼントされる、というもの。
第1問は横山たかし、第2問は浜田由紀、最終問題(3問目)はいま寛大がそれぞれ出題。
なお最終問題(3問目)については当初、いま寛大と暁照夫が週交代で出題を担当していた。
出題VTRにはオセロなど若手芸人がリポーターとして出演することもあった。
- チーム構成
- リニューアル前
- リニューアル後
- 松竹芸能大御所チーム
- 逢坂じゅん、酒井くにお
- 君らその席に座るの100万年早いわ!!チーム
- よゐこ、ますだおかだ(週交代制)
- 番組末期の1994年4月より新設された。非常に長いチーム名である。
- (このため通常は「100万年早いわ!!チーム」と縮めて紹介されていた)
- 七光チーム
- AZAS ありさ、堀みやこ
- 堀みやこは堀ちえみの実妹。
- 松竹芸能若手チーム
- シンデレラエキスプレス
- よゐこ(orますだおかだ)の席の新設に伴い、番組終期に「副音声!?チーム」に改称された。
[編集] 営業争奪ギャグバトル(ネタ対決)
番組後期に用意されたコーナー。松竹芸能所属の若手芸人2組がネタで対決をし、面白かった方が勝者となる対決。勝者には、毎回松竹芸能が指定した、スーパーや企業の会合などでの余興、即ち「営業」の仕事に出演できる権利が与えられた。審査員は、宇治のおばちゃん、浜田由紀、松竹芸能広報宣伝部長(氏名不明)の3名。後に、逢坂じゅん・横山たかし・いま寛大・酒井くにおの4人と宣伝部長の計5名で審査したこともある。
[編集] 備考
- この頃より松竹芸能は『ざまぁKANKAN!』(よみうりテレビ)等で常にセットで行動していた山田雅人と森脇健児を別に売り出していくようになる(山田は当番組とほぼ同じ時期に、関西テレビで「山田雅人の失恋レストラン」という冠番組を持った)。
- 田中広子はもともとモデル出身で、番組内でもよく「トップモデル」と紹介されていた。当番組で唯一の純然たる「東京のタレント」でもあった。やはりこの頃から活動範囲を広げ、当番組出演中の1993年10月、よみうりテレビ製作のドラマ「嘘でもいいから」で女優デビューを果たしている。
- とある回(放送日不明)で、全チームが全問不正解のため「極悪司会者 森脇・田中チーム 優勝!」となったことがある。
- 番組そのものは若年層向けの構成になっていたが、そんななかでもベテラン勢が、レギュラーメンバーもしくはゲスト(乱入という形もあり)として大挙出演した。
特に、横山たかしの「大金持ちのおぼっちゃま」というキャラクター(「ホラ吹き漫才」というネタのうえでの)などが世間に浸透かつ認知されたのは、この番組へのレギュラー出演が、きっかけのひとつである。
(番組では「すまんの~」「つらいの~」「生きぃ~よ~」といった、たかしの「ホラ吹き漫才」での定番のフレーズをあしらったステッカーをノベルティグッズとして作成。投稿採用者に贈っていた)
- 番組内でのベテランレギュラー勢の「お約束」としては、こんなものがあった(定番ギャグは除く)。
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- 紹介される度に「おまたせーっ!!」と言いつつ2人揃ってポーズを決める。(中性おかまチーム)
- 「藤山直美さんから電話がありまして、これをやってくれと…」(真偽は不明)と前置きして、一発ギャグを披露。(いま寛大)
- MCの田中広子に対して、なぜかブチ切れる。(いま寛大)
- 後期レギュラーの『逢坂じゅん』は、レツゴーじゅんの俳優活動時の芸名だが、「逢坂」の発音は、地名などでいう「大阪」とは若干アクセントが異なるため(番組初登場時に逢坂じゅん本人が指摘)、田中広子はもっぱら『レツゴーじゅんさん』と紹介していた。
[編集] 脚注
[編集] 前後番組の変遷
| ABCテレビ 土曜深夜0:50 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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森脇健児の切磋たく丸!!
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キスした?SMAP
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