森功至

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もり かつじ
森 功至
プロフィール
本名 同じ(旧名:森 深雪〈もり みゆき〉)
出生地 日本の旗 日本東京都
生年月日 1945年7月10日(69歳)
血液型 B型
身長 175 cm
所属 オフィスもり
活動
活動時期 1950年代 -
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

森 功至(もり かつじ、本名同じ(旧名:森 深雪〈もり みゆき〉)、1945年7月10日[1] - )は、日本声優俳優ナレーター。所属事務所は自らが代表を務めるオフィスもり。かつては、俳協劇団河青二プロダクション[2]に所属していた。東京都生まれ。血液型はB型。

略歴[編集]

日本大学豊山高等学校出身。

10歳の時にラジオドラマ『少年猿飛佐助』の主役の一般公募に親が応募するが、面接通知が届いたのが面接翌日で、ひどく落胆した。それを見た親に連れられて児童劇団の入団試験を受け、 児童劇団こじかに所属。子役として活動した。3年後、俳協の前身である太平洋テレビジョンに移る。15-6歳のころにNHKの時代劇にレギュラー出演から俳優活動の始めるが、大人に言われるがままスタジオに行って演技の繰り返しから「この世界にいてもいいんだろうか」と不安になり、壁にぶち当たったりした。それが原因で、何回か役者を辞めた時期があり、俳協でデスクやマネージャーをやっていた経験がある[3]

顔出しの仕事も並行しながら『マッハGoGoGo』で主人公・三船剛を演じる。共演した大宮悌二富山敬愛川欽也らに影響を受け、「声の仕事を優先的にやりたい」と思い、富山が所属していて愛川が移籍した事もあって所属事務所を河の会に移す[4][2]

1970年 - 80年代のヒーローものに多数出演している。

元々は、当時の本名である森 深雪(もり みゆき)で活動していた。その後、田中 深雪田中 雪弥(たなか せつや)の芸名も用いた。森深雪という名が「森の中で深い雪に閉ざされ、一生陽の目を見ない名前」と姓名判断で言われ、本名自体を森功至に改名した[5]

40歳を過ぎてナレーターとしての活動も開始。どうやって自分を生かしていけばいいんだろうかと考えていたが、企業プロモーションビデオのナレーションから、当時ワイドショーなどが放映され始めた時期で、生ナレーションをやらせてもらうようなった。初めて生ナレーションしたときはすごいプレッシャーで、全身の筋肉が硬直して原稿を持つ手が震えからペーパーノイズがマイクに乗るんじゃないかと思うような状態で、何を読んだのかまったく記憶に無いという[6]

50歳後半になって、所属していた青二プロダクションを飛び出し自らが代表を務めるオフィスもりを設立[2]。オフィスもりの声優研究所であるVoice-1 アカデミーで講師を努め、後進の指導にあたっている[7]

2013年の第7回声優アワードで、タツノコプロ50周年としてシナジー賞を受賞[8]

特色[編集]

若い頃は『マッハGoGoGo』の三船剛、『サイボーグ009』の009/島村ジョー、『科学忍者隊ガッチャマン』の大鷲の健、『宇宙の騎士テッカマン』の南城二、『柔道讃歌』の巴突進太といったヒーロー役が多かったが、『アタックNo.1』の湯島二郎、『キューティーハニー』の早見青児、『エースをねらえ!』の藤堂貴之、『機動戦士ガンダム』のガルマ・ザビ、『J9シリーズ』、『美少女戦士セーラームーン』のネフライト、『銀河英雄伝説』のウォルフガング・ミッターマイヤーなど、善悪問わず優しい美形キャラを担当する事が多い。近年は老人役も多いが、2008年に放送された『RD 潜脳調査室』では、60代でありながら主人公に抜擢された。

人物[編集]

マッハGoGoGo』出演当時、軽自動車の免許が16歳で取得可能だったため、免許取得当日に購入した軽自動車をディーラーから受け取り、そのまま東京まで仕事に行った事がある[9]

1985年には未だ黎明期で非常にマイナーな時期のパソコン通信に参加(ハンドル名:Makonosuke)[10]。ネットワーク活動を開始している。この彼の進取性は特筆に値する。やや遅れて参加した古谷徹(ハンドル名:PEGASUS)が、当初からカリスマ的存在だったのに対し、彼はその気取らない親しみのあるキャラクターで「気さくなオヤジ」的存在として、参加者の大きなウエイトを占める技術集団からの信望も厚かった。

2008年4月6日の『大胆MAP』(顔を見てみたいアニメキャラクター30人全部見せちゃうよ! 春の撮れたて新作SP)に『機動戦士ガンダム』のガルマ・ザビ役、『科学忍者隊ガッチャマン』の大鷲の健役として紹介されたが、調査員の品川祐の「カメラの前で顔出しをして欲しい」との交渉に対して森本人が顔を出すことに難色を示し、横顔を出した状態で顔出しを行った。同日に更新された「旧もりもり日記」によると、「一家団欒の中で見るテレビではあのアニメの役をやっている森功至は出るべきではない。それが私の考え方であり拘りなのである」と述べていることから、森本人の「(テレビに顔を出すことによって)子供の夢を壊したくない」という考え方が垣間見える。[注 1]

ただし、ナレーターを務めていた『マジカル頭脳パワー!!』で顔出しをしたことがあった。[注 1]クイズコーナー「いじわる実験室」において、「私は赤い眼鏡と黄色い眼鏡と青い眼鏡をしています。さて私は誰でしょう?」という問題が出された。ほとんどの回答者は「信号機」と答えた。しかし、答えは赤・黄・青の眼鏡をかけた森本人であり(収録スタジオである日本テレビ麹町Gスタジオ(現:日本テレビ麹町分室Gスタジオ)内で回答者から見える位置からナレーションしていた)、なかなか正解が出ないため森が説明した。また、2001年の復活スペシャルの直前番組では所ジョージ打倒の鉢巻きをしながら問題を出題している映像が流された。

2011年1月11日放送のフジテレビFNNスーパーニュース』やテレビ朝日スーパーJチャンネル」などのニュース番組で、「全国の児童養護施設等に“伊達直人”名義でランドセルや現金等の寄付が送られているニュース」に関連し、「伊達直人の声を担当した事もある声優」との紹介でインタビュー形式で顔出しでコメントをしている姿が放映された[11]。また、1月13日のフジテレビとくダネ!』にはスタジオに生出演。各地の寄付品に添えられていた「伊達直人からの手紙」の一部を朗読した[12]。この騒動で、本来の担当声優が富山敬が既に故人で代役を担当した自分にコメントを求める取材が集中したことに対して恐縮し困惑したとの心境がブログで語られた[13]。悩みに悩んだ結果、取材を受けたが、東京キー局すべてから取材を受けたことに対して「思ってもみなかったこと」との感想や、改めて「声のドリームセーラーマンだから今後もバラエティ番組に顔出ししないつもり」との心境を語った[14]

出演作品[編集]

太字はメインキャラクター

テレビアニメ[編集]

1967年

1968年

1969年

  • アタックNo.1一ノ瀬努、竜二、湯島二郎、予告ナレーション)

1970年

1971年

1972年

1973年

1974年

1975年

1976年

1977年

1978年

1979年

1980年

1981年

1982年

1983年

1984年

1985年

1986年

1987年

1988年

1989年

1990年

1991年

1992年

1993年

1995年

2002年

2003年

2004年

2005年

2008年

2009年

  • ゴルゴ13(デビッド・ロックフォード)
  • 名探偵コナン(鍋井永貴)

2010年

2011年

2013年

2014年

OVA[編集]

1988年

1989年

1990年

1991年

1992年

1993年

1996年

2010年

2012年

劇場アニメ[編集]

1970年

1971年

  • アタックNo.1 涙の不死鳥

1975年

1978年

1979年

1980年

1981年

1982年

1983年

1985年 

1986年

1987年

1988年

1989年

1990年

1993年 

2004年

ゲーム[編集]

1989年

1993年

1994年

1996年

1997年

1998年

1999年

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

  • 機動劇団はろ一座 ガンダム麻雀DS 親父にもアガられたことないのに!(ガルマ・ザビ)
  • 魁!!男塾(赤石剛次)
  • ドラゴンボールZ3(ネイル)

2006年

2007年

2008年

2009年

2011年

2012年

  • SDガンダム GGENERATION OVERWORLD(ガルマ・ザビ)
  • 機動戦士ガンダム 木馬の軌跡(ガルマ・ザビ)

2013年

吹き替え[編集]

バラエティ[編集]

1999年5月頃と9月末に放送された最終回でも数秒だが顔出しで出演したことがある。

特撮[編集]

ラジオ[編集]

  • TOYOTA SUPER COUNTDOWN 50(集計ルームでのレポート担当)
  • ラジオドラマ・エメラルドドラゴン(ティリダテス)
  • 日曜バラエティ体当たり大放送(1979年-1980年 九州朝日放送)※メインパーソナリティ

CD[編集]

ナレーション[編集]

など

CM[編集]

テレビドラマ(俳優)[編集]

  • まぼろし探偵 第23話「海王星から来た少年」(1959年、海王星の少年) ※田中深雪名義
  • 快傑ハリマオ 第4部「南蒙の虎」(1961年、少年カサル) ※田中深雪名義 
  • 黒百合城の兄弟 (1961 - 1962年)[17] ※田中雪弥名義
  • 月曜日の男 「ある殺し屋の死」(1964年)[18] ※田中雪弥名義
  • 特別機動捜査隊  第293話「飛び散る青春」(1967年、草間)

その他[編集]

「全国の児童養護施設等に“伊達直人”名義の匿名寄付が続くニュース」について顔出しコメント(テレビ朝日では「初代タイガーマスク」として書かれているが、前述のとおり富山敬の代役出演だった)。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b 他に日記では「ナレーションとしての括りでこんな顔でも良ければ顔を出す」(自分自身だから)「アニメキャラであっても雑誌媒体なら顔を出す」(その情報を知りたくてお金を払って買っているから)「深夜放送ならアニメ宣伝でも顔を出す」(子供が眠っている時間帯だから)と綴られていた。

出典[編集]

  1. ^ 峰岸純夫 『声優名鑑』 成美堂出版、1999年7月、655頁。ISBN 978-4415008783
  2. ^ a b c 先輩から学ぼう!森功至の声優道 2”. 声優グランプリweb. 2014年5月28日閲覧。
  3. ^ 先輩から学ぼう!森功至の声優道 1”. 声優グランプリweb. 2014年5月28日閲覧。
  4. ^ 『マッハGoGoGo』放送開始40周年記念企画 - 主人公・三船剛を演じた声優の森功至氏 (3) 先輩たちが僕の人生に大きな影響を与えてくれた”. マイナビニュース. 2014年5月28日閲覧。
  5. ^ 神谷明「森功至 CHARACTER VOICE Q&A」『みんな声優になりたかった 神谷明と25人の声優たち』主婦の友社、1994年1月6日、ISBN 4-07-214333-2、165頁。
  6. ^ 先輩から学ぼう!森功至の声優道 3”. 声優グランプリweb. 2014年5月28日閲覧。
  7. ^ 講師紹介”. オフィスもり 声優研究所 Voice-1 アカデミー. 2014年5月28日閲覧。
  8. ^ 第七回声優アワード受賞者一覧”. 声優アワード. 2014年5月29日閲覧。
  9. ^ 『マッハGoGoGo』放送開始40周年記念企画 - 主人公・三船剛を演じた声優の森功至氏 (2) 役作りは画を見ながら変えていく”. マイナビニュース. 2014年5月28日閲覧。
  10. ^ 【アニメ】「RD 潜脳調査室」一挙放映決定!(日刊テラフォー)”. エキサイトニュース. 2014年5月28日閲覧。
  11. ^ 『スーパーJチャンネル』(2011年1月11日放送)の番組概要ページ”. goo TVトピック検索. 2014年5月28日閲覧。
  12. ^ 『情報プレゼンター とくダネ!』(2011年1月13日放送)の番組概要ページ”. goo TVトピック検索. 2014年5月28日閲覧。
  13. ^ タイガーマスク”. もりもり日記. 2014年5月29日閲覧。
  14. ^ 伊達直人と森功至”. もりもり日記. 2014年5月29日閲覧。
  15. ^ キャスト/スタッフ”. ガッチャマン クラウズ. 2013年6月14日閲覧。
  16. ^ 【ニュース】10月2日(水)放送のオリジナルアニメ『ポケットモンスター ジ・オリジン』の声優情報を発表!”. ポケモン公式ツイッター. 2013年8月30日閲覧。
  17. ^ 毎日新聞 縮刷版
  18. ^ 毎日新聞 1964年6月1日

外部リンク[編集]