森裕子
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もり ゆうこ
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| 生年月日 | 1956年4月20日(55歳) |
| 出生地 | 新潟県新津市 (現:新潟市秋葉区) |
| 出身校 | 新潟大学人文学部 |
| 前職 | 横越町議会議員 |
| 所属政党 | (自由党→) 民主党 (小沢グループ) |
| 称号 | 文学士 |
| 公式サイト | 民主党 森ゆうこ公式サイト |
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| 選挙区 | 新潟県選挙区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 2001年 - 現職 |
| 所属委員会 | 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会 厚生労働委員会 少子高齢社会に関する調査会 |
| 議員会館 | 参・議員会館524号室 |
森 ゆうこ(森 裕子、もり ゆうこ、1956年4月20日 ‐ )は、日本の政治家。参議院議員(2期)。文部科学副大臣。
目次 |
[編集] 人物
- 新潟県新津市(現新潟市秋葉区)出身。新津市立新津第五中学校、新潟県立新津高等学校、新潟大学人文学部英文科卒業。大学在学中よりディスカウントストアチェーン創業に参画、子育てをしながら英語塾を経営。
- 公民館に勤務しながら介護ボランティアグループの組織作りに努め、町おこし塾「阿賀の里づくり・よこごし」会長、ミニコミ誌「夢がっと」初代編集長。
- 新潟県女性海外派遣事業(主催・新潟県女性センター)や、全国農業会議所主催の西欧農業女性事情調査団などに加わって北欧や西欧を視察後、新潟県女性財団で企画委員、企画部長を務めた。
- 1999年、中蒲原郡横越町の町議会議員選挙に初当選。横越町議会初の女性議員。
- 2000年の衆議院議員選挙で自由党・菊田真紀子(現・衆議院議員)の選挙を手伝った縁で翌年3月、自由党からの出馬要請を受け、家族の後押しにより立候補し参議院議員選挙で初当選。
- 夫との間に二女一男あり。
- 議員活動の際は主に白色のスーツを着用している。
- 外国人参政権の積極的賛成派であるのみならず、被選挙権まで認めるべきとの立場をとっている[1]。
- 2003年、静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わっている[2]。
- 小沢議員の無実を主張し続けている。
- 小沢議員のフラワーロック隊の一員とも言われている。
- 2011年、野田内閣で文部科学副大臣に就任。
[編集] 国会での主だった活動
[編集] 本会議、委員会質問
2001年の初当選以来、国会での本会議代表質問は計10回、委員会質問は計135回にのぼっており、これは同期議員の中で最も多い。
[編集] 乱闘
2003年7月25日、参議院外交防衛委員会におけるイラク特措法案(イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法案)の採決(反対した党派とマスコミは強行採決と表現)で、森は短めのスカート・ハイヒールを身につけたまま委員長席のテーブルに登って松村龍二委員長に詰め寄り、スリットから太股を大胆に露出し 、めくれあがったブラウスの下の肌着まで見えそうになる艶姿で[3]、護衛役となっていた大仁田厚の髪をつかみ頭を殴りつけた。
マスコミが、この実力行動シーンを写真で大きく報道したため、当時与党の自由民主党側は「パフォーマンスだ」「売名行為だ」などと批判。被害にあった大仁田もマスコミを通して森に猛抗議した。これに対し森は「多数決の原理だけで強行採決するのは、民主主義を無視したやり方だ。これでは民主主義ではない」と応酬した。自由党の小沢一郎党首も森を「我々の闘士」と持ち上げるなど、院内外で話題となった。
この日の採決について社会民主党の福島瑞穂議員は「討論も採決も読み上げておらず無効だ」と述べたが、松村委員長は記者会見で「(採決の)手続きに瑕疵はなかった」と語り、翌7月26日未明の参議院本会議で成立、8月1日に公布され即日施行となった。なお、この乱闘の話題は法案施行後に一気に沈静した。
[編集] 本会議での戦後最長演説(フィリバスター)
2004年6月4日の参議院本会議では、年金制度改革関連法案の成立を阻止するため、国井正幸厚生労働委員長解任決議案の提案趣旨説明に立ち、3時間1分にわたるフィリバスター(長時間演説による議事引き延ばし抵抗戦術)を行って、現憲法下の国会における最長演説記録を大きく更新した。その内容は「身の上話や議事録の棒読みで時間を稼ぐなど中身の薄いもの(6月5日 朝日新聞社説)」で、倉田寛之議長から何度も「簡潔に常識の範囲でやってください」と注意された。終了後、記者団の質問に「これから本題に入るところだった。まだ数時間やるつもりでした」「選挙で一日マイクを握ってても大丈夫ですから」と答えている。野党側はフィリバスターのみならず、牛歩戦術なども利用して議事妨害したため、同日に与党が予定していた年金関連法案の可決、成立は、翌日の2004年6月5日にずれ込んだ。それまでの最長記録は、1999年8月11日の参議院本会議で民主党の参議院議員・円より子が通信傍受法案採決に抵抗するため行った2時間8分だった(ただし、日本の憲政史上の最長フィリバスターは1929年(昭和4年)、武富濟の5時間30分)。
[編集] 拉致議連活動
- 参議院 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会の委員長。
- 北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟(拉致議連)副幹事長。
- 2005年6月25日、拉致被害者家族連絡会と拉致議連の合同訪韓において、1997年に北朝鮮から亡命した黄長ヨプ(ファン・ジャンヨプ)・元朝鮮労働党書記と面会した。このとき森ゆうこは途中退席し、当時拉致議連幹事長であった西村眞悟の許可をえて、「個別の具体的なことは知らないが、(死亡とされた被害者は)非常に重要な機密を知っているがために、北朝鮮側が『死んだ』という発表を行った可能性が強い。全員が死んでいるとは考えられない」とのファン・ジャンヨプの発言をマスコミに公開した(この会談の内容はその後、内閣政府に提出されている)。なおこの森発言は、当時拉致議連の事務局長であった平沢勝栄によって訂正されているが、この平沢発言に対して「平沢氏が会談の内容を独占してメディアに取材させるために行った虚偽の発言」と主張する救う会関係者もいる。後日、混乱を起こしたことにより平沢は、拉致議連総会において森に謝罪した(ファン・ジャンヨプが発言した内容が真実であることは内閣・政府に提出した会談の内容を読めば確認できる)。
- 2006年10月11日、参院予算委員会における森の質問で、北朝鮮拉致被害者支援の立場から、拉致被害者が、北朝鮮の国民と家族に向けてメッセージを放送する短波ラジオ「しおかぜ」を支援するように参議院で提案した。この提案は了承され、政府よりNHKに「しおかぜ」への援助要請が行われる事となった。
- しかし先の提案の直後に、質問当日に初めて目にした週刊現代の「安倍晋三は拉致問題を食い物にしている」という記事を「私は非常に不愉快な記事だとおもう」「さっき貰ったばかりなのでよくわかっていない」と言いながらも、わざわざ委員会で紹介し質問した。[4]安倍からは「私はそういう記事はいちいち読んでいません。拉致を食い物にしているとか、そういうことをこの委員会で言うのは失礼じゃありませんか?」と反論され、また一部議員からも批判され、同年2月より起こったいわゆる堀江メール問題における永田寿康の言動とも絡めて「まだ民主党は情報の正誤の確認もろくにできないのか(週刊誌を情報源にしているのか)」と批判する声も出た。この発言に対して、自民・公明両党は同月13日、懲罰動議を参議院議長に提出した。
[編集] 参議院厚生労働委員会
2010年10月21日の参議院厚生労働委員会において、子宮頸がんの予防ワクチンと子宮頸がん検診の無料化を訴える三原じゅん子議員の発言を批判。三原議員が自身の子宮頸がんの影響による子宮摘出経験を踏まえ「女性にとって最も大切な、子供を産むという機能を失ってしまった」と述べたことに対し、「女性は子供を産むためにあるような表現で不適切だ」と批判した。[5]
[編集] 司法問題
- 2010年1月に石川知裕衆議院議員が政治資金規正法違反で逮捕されると、「検察をトップとする官僚機構と、国民の代表である民主党政権との全面的な戦争。一致団結して最後まで戦う」と検察の姿勢を批判した。
- 2010年1月19日、円より子と一緒に「検察は、取り調べの録画・録音など、自分たちに不都合な制度を推し進めようとしている民主党政権をつぶそうと強引な捜査をしている」など、検察当局の捜査を批判し、千葉法務大臣に適正な捜査を求める申し入れを行うことや、逮捕された石川知裕議員の釈放を求める活動を行うことを宣言。
- 2010年1月27日には、検察を批判するため「民主党衆参国会議員各位これを読めば石川議員逮捕の背景が分かります!!」と書かれたメモと日刊ゲンダイの検察批判記事のコピーを民主党議員に配布した。[6]
- 2004年に検察審査会に強制起訴権限を持たせる検察審査会法改正案に賛成票を投じたが[7]、2010年に検察審査会によって小沢一郎に対する起訴議決が行われて以降は、検察審査会の強制起訴機能を批判している。
- 2002年に鈴木宗男事件で鈴木宗男が逮捕された後で「(子供たちに)政治家はみんな悪いことをするんだね、結局みんな鈴木宗男になるんでしょうと言われ、私は言葉を失いました[8]」と鈴木宗男を「悪いことをすることの代表格」であることの前提の発言をしていたが、2009年に民主党が告発した議院証言法違反を含めた4つの罪で有罪が確定して鈴木宗男が失職した際には「無実の政治家が容易にバッジを奪われる[9]」と鈴木宗男を擁護するコメントをした。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 構想日本アンケート
- ^ 国会議員署名これまでと今後の展望 - 空港はいらない静岡県民の会
- ^ 夕刊フジ2003年7月26日
- ^ 安倍総理激怒
- ^ 三原じゅん子議員、森ゆうこ議員の批判「眼中にない」 - スポーツ報知 2010年10月23日
- ^ [1]
- ^ 参議院本会議2004年5月21日「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」投票結果
- ^ 参議院本会議2002年6月24日議事録
- ^ Twitter / 森ゆうこ
[編集] 外部リンク
- 森ゆうこ公式サイト(公式サイト)
- 参議院議員 森ゆうこ(公式ブログ)
- 森ゆうこ (moriyukogiin) - Twitter
- 民主党新潟県連ウェブサイト
| 官職 | ||
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| 先代: 笹木竜三・鈴木寛 |
奥村展三と共同 2011年 - |
次代: 現職 |
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