桑田慎一朗

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本来の表記は「桒田慎一朗」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
桒田 慎一朗
名前
愛称 クワシン
カタカナ クワダ シンイチロウ
ラテン文字 KUWADA Shinichiro
基本情報
国籍 日本
生年月日 1986年12月6日(22歳)
出身地 広島県福山市
身長 176cm
体重 67kg
血液型 O型
選手情報
在籍チーム 日本の旗 サンフレッチェ広島
ポジション MF
背番号 20
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ App (G)
2005-現在 日本の旗 サンフレッチェ広島 043 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月13日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

桒田 慎一朗(くわだ しんいちろう、1986年12月6日 - )は、日本サッカー選手広島県福山市西深津出身。Jリーグサンフレッチェ広島所属。ポジションはミッドフィールダー広島県立吉田高等学校卒業

目次

[編集] プレースタイル

味方を活かす事に長け、中盤からの飛び出しやミドルシュートが得意なトップ下。ユーティリティー能力が高く、ボランチやFWもプレーできる。

[編集] 来歴

みろくの里ジュニアユース時代はFWとして活躍。2002年に広島ユースに昇格[1]後トップ下やボランチにコンバートされる。転機となったのは、2003年の高萩洋次郎のトップ昇格。空いた中盤でレギュラーをつかみ、2004年3年次にはトップ下としてチームの中心的な選手となり、JFAプリンスリーグU-18中国ではMVPを獲得。前田俊介柏木陽介平繁龍一らと日本クラブユースサッカー選手権連覇など日本一に4度輝く。

2005年にトップ昇格[2]。みろくの里(現・常石)ジュニアユースから初のトップ昇格選手。同年のナビスコカップでは初ゴールも決めた。2006年序盤はなかなか主力に絡めなかったが、終盤には持ち前のユーティリティーな能力をミハイロ・ペトロヴィッチ監督に評価され、MFだけではなくFWとしても出場した。

貴重なバックアッパーとして2008年10月でリーグ戦初ゴール、2009年も活躍が期待されていたが、リーグ戦開幕前の3月5日練習中に左膝前十字靭帯断裂と内側側副靭帯損傷、長期離脱することとなった[3]

[編集] 所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴
  • 2005年 - 現 在 : サンフレッチェ広島 

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2003 広島Y 20 - - - 1 0 1 0
2005 広島 32 J1 8 0 2 1 1 0 11 1
2006 広島 32 J1 9 0 3 0 0 0 12 0
2007 広島 20 J1 12 0 7 1 1 0 20 1
2008 広島 20 J2 14 1 - 2 0 16 1
2009 広島 20 J1
通算 日本 J1 29 0 12 2 2 0 43 2
日本 J2 14 1 - 2 0 16 1
日本 - - 1 0 1 0
総通算 43 1 12 2 5 0 60 3
  • 2008年 : Jリーグスーパーカップ1試合0得点

[編集] 出場歴・タイトル

[編集] クラブチーム

個人タイトル
  • JFAプリンスリーグU-18中国MVP(2004年)
アンダーカテゴリー
  • 日本クラブユース選手権(2004年優勝)
  • 高円宮杯全日本ユース選手権(2003年・3位、2004年優勝)
  • Jユースカップ(2003年優勝、2004年準優勝)
  • 天皇杯全日本選手権(2003年、1回戦敗退)
  • 国民体育大会広島県代表(2004年、1回戦敗退)
トップチーム

[編集] 代表

アンダーカテゴリー
  • U-20日本代表(ベトナム遠征:Agri Bank Cup)(2005年)
  • U-22日本選抜(カタール国際)(2007年)

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ 同級生は前田俊介佐藤昭大高萩洋次郎高柳一誠森脇良太藤井大輔大屋翼冨成慎司
  2. ^ 同期入団は前田、佐藤、高柳、森脇、入船和真中尾真那西河翔吾
  3. ^ 広島公式 (2009-03-05). "桑田慎一朗選手の負傷について". 2009-03-05 閲覧。

[編集] 外部リンク

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