桐生第一高等学校
| 桐生第一高等学校 | |
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| 過去の名称 | 桐生裁縫専門女学館 桐生高等家政女学校 桐ヶ丘高等女学校 桐ヶ丘高等学校 |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人桐丘学園 |
| 設立年月日 | 1901年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 設置学科 | 普通科・調理科 |
| 高校コード | 10502D |
| 所在地 | 〒376-0043 |
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群馬県桐生市小曽根町1-5
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| 外部リンク | 公式サイト |
桐生第一高等学校(きりゅうだいいちこうとうがっこう)は群馬県桐生市小曾根町にある私立高等学校。通称は「第一」(だいいち)、市内では「一高」。最寄り駅は上毛電鉄の西桐生駅、JR東日本両毛線・わたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線の桐生駅。系列校に、同校に隣接している桐生短期大学附属幼稚園やみどり市笠懸町にある桐生大学がある。
目次 |
[編集] 概要
桐生市内からだけでなく、生徒の多くが県内の前橋市・伊勢崎市・太田市・館林市・みどり市、栃木県足利市・佐野市、埼玉県羽生市などの他市から通学している。生徒数は約1380人。
[編集] 学科・コース
特別進学系・進学系・スポーツ系・保育心理系・情報ビジネス系・デザイン美術系・福祉教養系、生活教養系、調理科がある。
[編集] 歴史
その起源は、1901年に桐生裁縫専門女学館にさかのぼる。1946年に桐ヶ丘学園と名称を変更し、1989年に現在の名称である桐生第一高等学校となる。
[編集] 年表
- 1901年(明治34年) - 桐生裁縫専門女学館として開校。
- 1934年(昭和9年) - 財団法人に改組、桐生高等家政女学校と改称。
- 1946年(昭和21年) - 桐ヶ丘高等女学校と改称。
- 1951年(昭和26年) - 学校法人に改組。
- 1968年(昭和43年) - 男子部設立。桐ヶ丘高等学校と改称。
- 1989年(平成元年) - 桐生第一高等学校と改称。
- 1991年(平成3年) - 選抜高校野球大会出場 初出場。
- 1993年(平成5年) - 全国高校野球選手権大会 初出場。
- 1999年(平成11年) - 完全共学化。
[編集] 学校周辺
[編集] 硬式野球部
桐生市は古くから高校野球の盛んな土地であり1989年に設立された同校野球部は、福田治男監督の指導の下で1999年の第81回全国高等学校野球選手権大会では正田樹を擁して甲子園優勝を果たした。ちなみに、群馬県勢として念願の甲子園大会初優勝であった。
チームカラーは新興には珍しい古風な守りの野球である。140キロ近いストレートとカーブを投げる投手を複数育成し、鍛え上げた守備力で守り抜く。投手に関しては中学時代の実績は全く考慮せず、高校入学以降の成長力を重視している。また埼玉県の強豪浦和学院と親密な関係にあり、多くの練習試合が組まれることも強さに繋がっている。
甲子園での戦績にも優れ、上位進出が多いことから、群馬県内、特に桐生市内の高校のモチベーションアップ、ひいては レベルアップにも貢献している。平成以降、県の高校野球は同校を中心に回っているとも言われ、多くの強豪校の選手・監督が「桐一に勝ちたい」と公言し、群馬テレビの中継でも「桐一は王者」「一校だけ違うレベルの野球をやっている」などと評される事も少なくない。また投手力育成に定評があり、正田樹・一場靖弘・小林正人・藤岡貴裕ら、プロ・アマでの一流選手、ドラフト1位指名選手を多く輩出している。
しかし、2008年の第90回全国高等学校野球選手権記念大会に2年ぶり9回目の夏の甲子園出場を決めた直後、部員の不祥事が発覚。高野連は同校の甲子園出場を認めたものの、結局初戦敗退。この不祥事の責任を取り、福田監督や高橋昇校長らが揃って辞任。これを最後に、同校野球部は甲子園大会出場から遠ざかったままの状況である。
[編集] 主な出身者
- 篠原涼子(女優)
- 小林正人(プロ野球・中日ドラゴンズ投手)
- 正田樹(プロ野球・東京ヤクルトスワローズ投手)
- 一場靖弘(プロ野球・東京ヤクルトスワローズ投手)
- 大廣翔治(元プロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルス内野手)
- 久米勇紀(プロ野球・福岡ソフトバンクホークス投手)
- 松井雅人(プロ野球・中日ドラゴンズ捕手)
- 藤岡貴裕(プロ野球・千葉ロッテマリーンズ投手)
- 滝沢乃南(タレント)
- 伊藤毅(俳優)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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