栄叡
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榮叡(ようえい、生年不詳 - 749年)は、奈良時代の僧。美濃国の出身。
[編集] 経歴・人物
興福寺に住して法相教学を学び、733年(天平5年)出家者に正式な戒を授けるための伝戒師を招請するため、普照とともに唐へ渡った。唐では洛陽大福先寺で具足戒を受け、道璿に来日を要請した。唐にとどまること10年目にして揚州大明寺の鑑眞に拝謁し、改めて日本へ渡ることを要請した。鑑眞は渡航することを決意し、数次にわたり渡航を決行したが失敗し、6度目にしてようやく日本へ渡ることができた。しかし、この間に榮叡は、749年に病を得て端州龍興寺で死去した。苦楽を共にした普照とは親友同士であり、榮叡の最期を看取ったのも普照であるが、榮叡が亡くなった際に普照は我を忘れて、号泣したと伝わる。
[編集] 名前の読み
「えいえい」と読む文献が多く散見されるが、正しい名前の読みは「ようえい」である。