栃木サッカークラブ
| 栃木サッカークラブ | |
|---|---|
| 原語表記 | 栃木サッカークラブ |
| 呼称 | 栃木SC |
| クラブカラー | 黄[1] |
| 創設年 | 1953年 |
| 所属リーグ | 日本プロサッカーリーグ |
| 所属ディビジョン | Jリーグ ディビジョン2 |
| クラブライセンス | J1・J2 |
| ホームタウン | 栃木県宇都宮市[1] |
| ホームスタジアム | 栃木県グリーンスタジアム[1] |
| 収容人数 | 15,589人[1] |
| 運営法人 | 株式会社栃木サッカークラブ[1] |
| 代表者 | 中津正修[1] |
| 監督 | |
| 公式サイト | 公式サイト |
| ■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒320-0024[1] 栃木県宇都宮市栄町1-15 栃木県開発センター4F[1] |
| 設立 | 2006年6月15日[2] |
| 業種 | サービス業 |
| 事業内容 | サッカークラブの運営 |
| 代表者 | 中津正修[1] |
| 資本金 | 2億8,505万円(平成25年1月30日時点)[2] |
| 売上高 | 7億4,800万円 (2012年1月期)[3] |
| 経常利益 | ▲5,600万円 (2012年1月期)[3] |
| 営業利益 | ▲5,600万円 (2012年1月期)[3] |
| 純利益 | ▲5,700万円 (2012年1月期)[3] |
| 純資産 | 500万円 (2012年1月期)[3] |
| 総資産 | 1億1,900万円 (2012年1月期)[3] |
| 決算期 | 1月期 |
| 外部リンク | http://www.tochigisc.jp |
栃木サッカークラブ(とちぎサッカークラブ)は、日本の栃木県宇都宮市をホームタウンとする[1]、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。呼称は「栃木SC」である。
目次 |
概要 [編集]
1953年創部の栃木教員サッカークラブが前身[1]。2007年にJリーグ準加盟が承認され[4]、2009年よりJリーグへ加盟している[1]。ホームタウンは栃木県宇都宮市[1]。ホームスタジアムは栃木県グリーンスタジアム[1]、練習場は宇都宮市サッカー場(栃木SC宇都宮フィールド)[1]である(詳細は#スタジアム・練習場を参照)。運営会社は株式会社栃木サッカークラブ[1]、マスコットはサルをモチーフとして、2011年に誕生したトッキーである[1]。
歴史 [編集]
前史 [編集]
- 1953年:栃木県教育委員会傘下の教職員サッカーチーム「栃木教員サッカークラブ」が創部[1]
- 1980年:国民体育大会で教員の部が廃止
- 1994年:アマチュアのままでクラブチーム化、栃木サッカークラブに改称[1]
- 1999年:関東サッカーリーグに昇格し、同年優勝[1]。全国地域サッカーリーグ決勝大会で準優勝。
- 2000年:日本フットボールリーグ(JFL)へ昇格[1]。
- 2005年3月13日:Jリーグ加盟を表明[5]
- 2006年
2007年 - 2008年(JFL) [編集]
2007年 [編集]
2月20日、ガイナーレ鳥取と共にJリーグ準加盟が承認された[4]。JFLリーグ戦は6月19日に成績不振(前期第16節終了時点で7位)を理由に高橋高が監督を辞任、柱谷幸一が監督に就任したが8位に終わる。12月、これまでのプロ・アマ混合のチームからオールプロのチームとするため、プロ契約選手のほとんどを放出。高安亮介を除く全員とプロ契約を結んだが、その他のアマチュア選手は全員退団となった。
2008年 [編集]
新加入19名、残留8名、レンタル1名の計28名でスタート。11月16日のアルテ高崎戦に勝利してJリーグ加盟条件となるJFL4位以内を確定。12月1日のJリーグ臨時理事会にて、2009年度からのJリーグ ディビジョン2(J2)への加盟(昇格)が決定した[1]。これにより北関東で鹿島、水戸、草津に次ぐJリーグ加盟クラブとなり、関東地方全都県にJリーグチームが揃った。また、教員チームを前身とした初のJリーグクラブとなった。なお、シーズン終了後に柱谷が監督を退任した。
2009年 - (J2) [編集]
2009年 [編集]
- チームスローガン : 一枚岩
福岡や神戸元監督の松田浩が監督に就任。また、選手の大幅な入れ替えを行い、13人の選手を解雇。新たに甲府から井上雄幾を、千葉から川上典洋、伊藤淳嗣を、山形から本橋卓巳を、神戸から栗原圭介を、京都から大久保裕樹を、大宮から4年半ぶりの復帰になる若林学を、名古屋から元日本代表の米山篤志を完全移籍で、新潟から河原和寿を期限付き移籍で獲得。シーズン途中に宮本亨、レオナルドを期限付き移籍で獲得したが、シーズン成績は18クラブ中の17位。
2010年 [編集]
- チームスローガン : 前新
松田体制2年目。レンタル移籍者を含め16人の選手が退団。前年より期限付き移籍中の宮本、飯田健巳(横浜FC)、高木和正(岐阜)、林祐征(徳島)、廣瀬浩二(鳥栖)を完全移籍で獲得。那須川将大、橋本真人、リカルド・ロボ、余孝珍を期限付き移籍で獲得。宇佐美宏和、杉本真、小野寺達也、船山貴之が新加入した。レオナルドのレンタル期間も延長した。シーズン途中には横浜FMから水沼宏太を期限付き移籍で獲得した。第14節で4位につけ、最終的な順位も10位となり前年を上回った。
2011年 [編集]
- チームスローガン : J1へ
松田体制3年目。水戸から大和田真史を、草津から西澤代志也を、東京から鈴木智幸を、アルセナルFCからトリポジを完全移籍で獲得(6月7日に契約を解除)。柏から渡部博文を、鹿島から鈴木修人を、新潟から河原和寿を期限付き移籍で獲得した。河原は2009年にも期限付き移籍で所属しており、2シーズンぶりの復帰となる。また、東京Vから期限付き移籍していた那須川将大が完全移籍となった。7月には、FCファドゥースからサビアを完全移籍で、浦和から堤俊輔を期限付き移籍で獲得した。
この年栃木グリーンスタジアムのバックスタンド座席化完了。しかし、3月11日に東日本大震災が発生したことにより観客の客席通路となっている橋の結合部分が破損した[7]。そのため改修工事を行い、工事中は別の安全な場所に仮ゲートを設置した[8]。
リーグ戦は第9節(3試合目)、第10節、第11節、第17節(11試合目)、第18節(12試合目)で首位に立ち、9月4日の第4節FC東京戦も勝利したが、その試合でパウリーニョが右腓骨骨折で戦線離脱すると順位が下降し、最終順位は10位。Jリーグ ディビジョン1(J1)昇格は成らなかったのの、北関東ダービーで初優勝した。
2012年 [編集]
- チームスローガン : J1へ
松田体制4年目。鴨志田誉、崔根植(熊本へ移籍)、入江利和、落合正幸が退団、リカルド・ロボが柏へ、那須川将大、大久保裕樹が徳島へ完全移籍、堤俊輔(福岡へ移籍)、渡部博文(柏へ復帰)、水沼宏太(横浜FMに復帰⇒鳥栖へレンタル移籍)がレンタル移籍期間満了となったが、神戸から柳川雅樹を、横浜FCから荒堀謙次を、FC岐阜から菅和範を、鹿島から當間建文を、湘南から臼井幸平を、東京Vから菊岡拓朗を、川崎から久木野聡を、福岡から山形辰徳を完全移籍で、川崎から棗佑喜をレンタル移籍で獲得、河原和寿、鈴木修人が完全移籍に移行、柳大鉉が新加入、ホーム開幕戦を前に車永煥が途中加入した。(それに伴い、外国人枠の関係で今シーズンメトロポリターノからレンタル移籍で獲得したジャイロが登録抹消となった[9])。シーズン途中臼井幸平が退団し、期限付き移籍で6月に鹿島から佐々木竜太が、8月には川崎から田中雄大が加入した。
キャプテンにはパウリーニョが選ばれ、チーム初の外国人キャプテンとなった。
シーズン開幕から2連敗するものの、第3節アウェー徳島戦での勝利以降7節連続負けなしで、第8節終了時に7位へ浮上したが、第10節山形戦から3連敗で13位まで後退。第21節アウェー松本戦から6連勝し一時は8位に順位を上げたが、最終10試合で2勝2分6敗と低迷し、11位でシーズンを終えた。天皇杯は、2回戦で横浜FCに敗北。
9月28日、Jリーグクラブライセンス制度の審査の結果、2013シーズンのJ1ライセンスが交付された[10]。
また、3月10日にオフィシャルストアの「TOCKEY SQUARE(トッキースクエア)」がオープンした[11][12]。
2013年 [編集]
- チームスローガン : 感動!
松田体制5年目。武田博行、河原和寿ら7人が退団、棗佑喜ら3人の期限付き移籍が満了した。栃木県日光市出身の湯澤洋介(駒澤大学)、榎本達也(徳島)、中野洋司(横浜FC)、勝又慶典(町田)、近藤祐介(札幌)、元日本代表の三都主アレサンドロ(名古屋)が完全移籍、クリスティアーノ(レッドブル・ザルツブルク)、西岡大輝(広島)、原田圭輔(仙台)が期限付き移籍で加わり、27人体制でチームがスタートした。また、宇都宮市出身で鳥栖元監督・GMの松本育夫が、シニアアドバイザーに就任し、4月25日には取締役に就任した[13]。
名称について [編集]
Jリーグ加盟以前より、主に商標登録の兼ね合いから[注 2]チーム名の変更が検討され、新名称の公募も行われたが、Jリーグ加盟にあたり、チーム名を変更せず、「栃木SC」のままで活動を継続している。
2013年2月、栃木SCのシニアアドバイザーに就任した松本育夫は、(宇都宮名物の雷にちなんだ)「栃木サンダーズ」など地域を連想しやすい愛称を取り入れることを、私案として考えているとコメントした[15]。
成績 [編集]
詳細は「栃木サッカークラブの年度別成績一覧」を参照
タイトル [編集]
リーグ戦 [編集]
- 関東サッカーリーグ1部:1回
- 1999年
- 栃木県社会人サッカーリーグ1部:10回
- 1978年、1979年、1981年、1984年、1987年、1988年、1993年(93年まで栃木教員サッカークラブ)、1994年、1996年、1998年
その他 [編集]
- 栃木県サッカー選手権大会(兼天皇杯栃木県予選):9回
- 1998年-2004年、2006年、2007年
- 北関東ダービー:1回
- 2011年
個人 [編集]
- 日本フットボールリーグ
- 敢闘賞
- 2007年 : 堀田利明
スタジアム・練習場 [編集]
開催スタジアムと練習場 [編集]
2009年はホームスタジアムの栃木県グリーンスタジアム(以下「栃木グ」)の改修工事(ナイター試合対応のための照明設備整備、バックスタンドの改修)のため、第4節(3月25日・福岡戦、国立霞ヶ丘陸上競技場、第8節(4月15日・徳島戦、国立西が丘サッカー場)、第19節(6月3日・札幌戦、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場)を栃木県外で開催した。なお、第23節(6月24日・仙台戦)も県外開催を予定していたが、照明設備が整い、栃木グで開催した。なお、第43節(10月3日・愛媛戦)は足利市総合運動公園陸上競技場(以下「足利陸」)でホームゲームを開催した。
2010年以降はJリーグの開催基準(特に夜間照明、ピッチサイズ)やアクセス整備の問題でホームゲーム開催を栃木グに一本化している。
練習場は宇都宮市サッカー場(栃木SC宇都宮フィールド)以外に、栃木県総合運動公園や栃木市総合運動公園陸上競技場、河内総合運動公園なども使用している[16]。
観客動員上位 [編集]
※試合会場は全て栃木県グリーンスタジアム
| 順位 | 日時 | 所属 | 時期 | 対戦相手 | 観客数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2009年6月14日 | J2 | 第21節 | サガン鳥栖 | 15,857 | 「県民の日スペシャルマッチ」 |
| 2 | 2008年11月30日 | JFL | 後期第17節 | FC刈谷 | 13,821 | JFL歴代最多 |
| 3 | 2007年3月18日 | JFL | 前期第1節 | FC琉球 | 12,539 | |
| 4 | 2011年2月27日 | プレシーズンマッチ | 浦和レッドダイヤモンズ | 10,271 | ||
| 5 | 2011年8月21日 | J2 | 第25節 | FC東京 | 9,953 | |
| 6 | 2013年3月3日 | J2 | 第1節 | 松本山雅FC | 8,686 | |
| 7 | 2009年7月19日 | J2 | 第28節 | 東京ヴェルディ | 7,456 | |
| 8 | 2008年6月15日 | JFL | 前期第16節 | ファジアーノ岡山 | 7,253 | |
| 9 | 2010年4月29日 | J2 | 第9節 | ジェフユナイテッド市原・千葉 | 6,933 | |
| 10 | 2009年7月8日 | J2 | 第26節 | セレッソ大阪 | 6,875 | |
足利劇場 [編集]
足利陸で行われた試合は劇的な展開をすることが多かったため、「足利劇場」と呼ばれた[17]。
- 後半38分まで0-3であったが、その後に3点を返し3-3の引き分け。
- 前半終了時点で1-2。また退場で一人少なかったが、シュート2本で2点を決め逆転勝利。
- 2005年JFL前期第7節(10月2日)、流通経済大学サッカー部戦 ○2-1[18]
- 1-1で迎えた後半アディショナルタイムに決勝ゴールを決め、ホイッスルと同時に試合終了。
- 2009年10月3日、J2第43節愛媛戦 △1-1
- Jリーグ加盟後、初の足利陸でのホームゲーム。「足利劇場」をテーマにイベントが行われた[18]。
下部組織 [編集]
2002年に小学生年代のジュニア(U-12、U-11)および中学生年代のジュニアユース(U-15、U-14、U-13)、2006年に高校生年代のユース(U-18、U-17、U-16)を、2007年2月には栃木県女子サッカーリーグ1部所属(当時)のブランカFCを母体として、女子チームの栃木SCブランカを発足させた。
- 栃木SCアカデミーセンター
- ユース
- ジュニアユース
- ジュニア
- 栃木SCブランカ (栃木SCレディース)
ユニフォーム [編集]
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チームカラー [編集]
- 黄[1]、 青
ユニフォームについて [編集]
県リーグ時代は緑と紺を基調としたユニフォームだったが、2000年のJFL昇格を機にシャツを黄色、パンツを青、ストッキングを赤に変更した。 これは当時のコロンビア代表と同じ配色で、当時の選手達にコロンビア代表が人気があったためその配色を模倣した。 2008年にストッキングの色が青に変更された。
ユニフォームスポンサー [編集]
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 | 掲出年 | 備考 |
| 胸 | TKC | TKC | 2008年〜 | |
| 背中 | カワチ薬品 | カワチ薬品 | 2008年〜 | |
| 袖 | 北関東綜合警備保障 | まもるくん 北関東綜合警備 | 2010年〜 | |
| パンツ | コジマ | (「コジ坊」マーク) | 2008年〜 |
ユニフォームサプライの遍歴 [編集]
- 2008年 - 現在 ミズノ
歴代ユニフォームスポンサー年表 [編集]
| 年度 | 胸 | 袖 | 背中 | パンツ | サプライヤー |
| 2008 | TKC | アイライン | カワチ薬品 | コジマ | Mizuno |
| 2009 | もったいない運動 | ||||
| 2010 | まもるくん 北関東総合警備 |
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| 2011 | |||||
| 2012 | |||||
| 2013 |
スポンサー [編集]
スポンサーについては、パートナー・サポートカンパニー紹介を参照
応援について [編集]
県民の歌 [編集]
試合開始前にはチームの応援歌ではなく「県民の歌」を歌い、本拠地の栃木GSの電光掲示板には、県民の歌の歌詞が表示される。2011年からは勝利試合の後にも歌われるようになった。
公式応援ソング [編集]
- 2009年 - 2012年 LITTLE WIDE ORCHESTRA 『Fly to the sky player』
- 2013年 - DIRTY OLD MEN 『呼吸』
メディア [編集]
テレビ [編集]
- とちぎテレビ
- スカパー!Jリーグ中継(Jリーグから製作を委託され、ホームゲーム全試合をスカチャンで生中継、不定期で県内向けに地上波生中継、J SPORTSで録画中継。実況は主に篠田和之、ピッチレポーターは2011年まで萬代裕子、2012年からは針谷衣織里が担当。2011年から佐藤悠介がプレイヤー解説(ピッチレベルでプレイヤー視点での解説)をほぼ毎試合担当)
- TOCHIGI FIGHTING!!SC一枚岩 毎週月曜22:00~22:30
(再放送 毎週火曜日19:30~20:00) - Go to J!!~SC一枚岩~ (2007年は独立した番組として放送、2008年はイブニング6月曜日のコーナーとして放送)
- 年末年始の「栃木SC祭~年末年始もKeep on Fighting!!興奮をもう一度~」から
- 栃木SCホームゲームプレイバック
- 2008年12月29日 前期第1節 FC琉球戦
- 2008年12月31日 前期第5節 TDK SC戦 ・ 前期第14節 SAGAWA SHIGA FC戦 ・ 後期第15節 アルテ高崎戦
- 2009年1月2日 前期第16節 ファジアーノ岡山戦
- JAグループ栃木presents Go to J!! 栃木SC J2への軌跡 (2008年12月30日放送)
- 栃木SCホームゲームプレイバック
ラジオ [編集]
地域貢献活動 [編集]
- ゆめプロジェクト
- 日本サッカー協会の「DREAM~夢があるから強くなる」というスローガンの下に、栃木SCのスタッフ及び選手が県内の小中学校を訪問し、講話や実技を行って子供の心身の健全な発達に対し積極的に関与・貢献していくプロジェクト。2008年4月1日に概要が発表され[19]、2008年5月12日に第一回が開催された[20]。
- キッズスマイルキャラバン
- 栃木SCアカデミーセンターのスタッフが幼稚園や保育園を訪問し、「サッカーを通して子供たちに身体を動かすこと(スポーツ)の楽しさを伝えること」を目的としたサッカー教室を開催している[21]。2009年6月8日に第一回が開催された[22]。
- いきいき健康サッカー教室
- 宇都宮市からの受託事業として、高齢者を対象に栃木SCの監督や選手、スタッフと共に簡単な運動を行い、健康の維持増進や介護予防を目的するイベントを開催している。2011年6月24日に第一回が開催された[23]。
- 栃木県農産物リポート
- 2011年3月の福島第一原子力発電所事故による栃木県産農産物への風評被害を払拭するため、栃木県農政部農政課と共同で農産物のPRや生産者を励ます活動を行っており、その模様を栃木SCオフィシャルサイトにて発表している。2011年8月5日に第一回目のリポートが掲載された[24]。
そのほか県サッカー協会主催のサッカークリニックへの参加、高齢者を対象とした「栃木SC健康教室」や「栃木SC介護予防教室」の開催、中学校での「総合的な学習の時間」講演、栃木県中学校体育連盟と協力してのサッカー部の指導、栃木県サッカー協会と協力しての小学校訪問事業、企業経営者を対象とした監督による講演会、清掃活動や緑化活動への参加などを行っている。
注釈 [編集]
出典 [編集]
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y クラブガイド:栃木SC Jリーグ公式サイト
- ^ a b c “クラブ情報・会社概要”. 栃木サッカークラブ公式サイト. 2013年3月13日閲覧。
- ^ a b c d e f 2011年度Jクラブ情報開示 資料 (PDF) Jリーグ公式サイト
- ^ a b “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2007年2月20日) 2013年3月13日閲覧。
- ^ a b “夢を現実に!! 栃木SC Jリーグへの道(上)”. 読売新聞. 2013年3月23日閲覧。
- ^ “Jリーグ準加盟審査結果について”. J's GOAL (2006年8月15日). 2013年3月13日閲覧。
- ^ 練習試合で募金、被災者にエール J2栃木SCと水戸、17日に 栃asahi.com2011年4月15日
- ^ 【お知らせ】栃木SCホームゲーム試合会場について 栃木SC公式サイト2011年4月27日
- ^ “チャ ヨンファン選手 加入のお知らせ”. 栃木SC公式サイト (2012年3月9日). 2012年3月9日閲覧。
- ^ クラブライセンス交付第一審査機関(FIB)による 2013シーズン Jリーグクラブライセンスの交付について Jリーグ公式サイト 2012年9月28日
- ^ “栃木SCオフィシャルストア「TOCKEY SQUARE」情報” (プレスリリース), 栃木サッカークラブ公式サイト, (2012年3月21日) 2013年3月13日閲覧。
- ^ 栃木SC「情報発信拠点に」 宇都宮きょう 初の公式ショップオープン東京新聞
- ^ 第7期決算概要及び役員人事について 栃木サッカークラブ公式サイト 2013年4月25日
- ^ “来季も『栃木SC』選考、商標登録に時間”. 東京新聞. (2006年12月26日)
- ^ 東京新聞 2013年2月4日
- ^ “スケジュール”. 栃木サッカークラブ公式サイト. 2013年3月13日閲覧。
- ^ “2009 J2第43節 栃木vs愛媛”. J's GOAL. 2013年3月13日閲覧。
- ^ a b c d “【2009J2第43節:愛媛FC戦】「ミズノサンクスマッチ」イベント企画実施のお知らせ”. J's GOAL (2009年9月30日). 2013年3月13日閲覧。
- ^ ゆめプロジェクト栃木SC公式サイト
- ^ 【フォトリポート】5月12日(月)「ゆめプロジェクト」に選手が参加しました。栃木SC公式サイト
- ^ スマイルキャラバンのご案内栃木SC公式サイト
- ^ <フォトリポート>キッズスマイルキャラバン始動!!(東浦保育園)栃木SC公式サイト
- ^ 【フォトレポート】宇都宮市受託事業「いきいき健康サッカー教室」。栃木SC公式サイト
- ^ 【フォトリポート】第1回 佐藤悠介栃木SCドリームアンバサダー 栃木県農産物リポート栃木SC公式サイト
関連項目 [編集]
- 栃木SCの選手一覧
- 北関東ダービー
- 栃木SCレジェンド:栃木SCのOBによるアマチュアクラブ。栃木県社会人サッカーリーグ3部所属
- 大中足球會(en):サッカー香港リーグに所属するチーム。栃木SCそっくりのエンブレムを使用している。
外部リンク [編集]
- 公式ウェブサイト
- 栃木サッカークラブ後援会
- 栃木サッカークラブ宇都宮地区後援会 (tsc_kouenkai) - Twitter
- 栃木SC - 下野新聞
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