栃木サッカークラブ

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栃木サッカークラブ
原語表記 栃木サッカークラブ
呼称 栃木SC
クラブカラー    
創設年 1953年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン Jリーグ ディビジョン2
ホームタウン 栃木県宇都宮市
ホームスタジアム
Tochigigreeen20110417.JPG
栃木県グリーンスタジアム
収容人数 16,000人
運営法人 株式会社栃木サッカークラブ
代表者 中津正修
監督 日本の旗松田浩
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社栃木サッカークラブ
Tochigi Soccer Club Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 〒320-0024
栃木県宇都宮市栄町1-15 栃木県開発センター4F
設立 2006年6月15日
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 中津正修
資本金 2億4,305万円
売上高 6億6,100万円 (2011年1月期)
営業利益 500万円 (2011年1月期)
純利益 100万円 (2011年1月期)
純資産 6,200万円 (2011年1月期)
総資産 1億1,300万円 (2011年1月期)
決算期 1月期
外部リンク http://www.tochigisc.jp
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栃木サッカークラブ(とちぎサッカークラブ、通称:栃木SC)は、日本栃木県宇都宮市にホームを置く、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

目次

[編集] 概要

ホームタウンは栃木県宇都宮市。ホームスタジアムは栃木県グリーンスタジアムである(かつては栃木県総合運動公園陸上競技場栃木市栃木市総合運動公園陸上競技場足利市足利市総合運動公園陸上競技場を併用していたが、夜間照明やアクセス整備の問題で、2010年以降は栃木GS以外での開催は無い)。練習は宇都宮市サッカー場(栃木SC宇都宮フィールド)、栃木GSサブグラウンド他県内各地のグラウンドを使用している。

かつてはアマチュアクラブであったが、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)参入を目指し、2006年6月に運営会社として株式会社栃木サッカークラブが設立された。

2002年に設立された小学生年代のジュニアチームと中学生年代のジュニアユースチームに続いて、2006年には高校生年代のユースチームが、2007年には女子チームの栃木SCブランカが設立され、下部組織の充実が図られている。

かつて教員チームだったため、アマチュア時代の選手には教員が多かったとされる。そのため、国民体育大会予選期間はほとんどの選手が国体チームに選出され、選手層が薄くなるという特徴があった(現在、教員チームとして栃木教員フットボールクラブがあり、全国教員サッカー選手権大会などに参加している)。また、後述する2006年の天皇杯では、マスコミ各社に「教員集団ヴェルディ倒す」や「胸張れ教員軍団」などと報道された[1]

試合開始前にはチームの応援歌ではなく「栃木県民の歌」を歌い、本拠地の栃木GSの電光掲示板には、県民の歌の歌詞が表示される。

[編集] 歴史

[編集] Jリーグ準加盟まで

1953年創部の栃木県教育委員会傘下の教職員サッカーチーム栃木教員サッカークラブが前身であり、1980年に国体教員の部が廃止されると、1994年にアマチュアのままでクラブチーム化、栃木サッカークラブに改称する。1999年関東サッカーリーグに昇格し、同年優勝。全国地域サッカーリーグ決勝大会で2位に入り日本フットボールリーグ(JFL)へ昇格。

2005年3月13日にJリーグ入りを目指すプロジェクトチームを発足させることを発表したが、過去にHC日光アイスバックスへの出資で失敗している栃木県は、クラブに対して「チームには出資しない」と回答した。サッカーに限っては東日本JR古河サッカークラブ富士通サッカー部ワールドブリッツ小山に続き4度目の支援拒否となった。さらに、申請したJリーグへの準加盟は設備や運営形態が不十分として継続審議となった。

[編集] 2007年 - 2008年(JFL)

[編集] 2007年

ガイナーレ鳥取と共にJリーグ準加盟が承認されたが、6月19日に成績不振(前期第16節終了時点で7位)を理由に高橋高が監督を辞任、柱谷幸一が監督に就任したが8位に終わる。12月、これまでのプロ・アマ混合のチームからオールプロのチームとするため、プロ契約選手のほとんどを放出。高安亮介を除く全員とプロ契約を結んだが、その他のアマチュア選手は全員退団となった。

[編集] 2008年

新加入19名、残留8名、レンタル1名の計28名でスタート。11月16日アルテ高崎戦に勝利してJリーグ加盟条件となるJFL4位以内を確定。12月1日のJリーグ臨時理事会にて、2009年度からのJリーグ ディビジョン2(J2)への加盟(昇格)が決定した。これにより北関東鹿島水戸草津に次ぐJリーグチームになり、関東地方一都七県の全てにJリーグチームが揃った。また、教員チームを前身とした初のJリーグクラブとなった。一方で、来季へ向けたクラブ側との話し合いにて条件面で折り合いが付かず柱谷が監督を退任。福岡神戸で指揮を執った松田浩が監督に就任した。

[編集] 2009年 - 現在(J2)

[編集] 2009年

チームスローガン : 一枚岩

J2へ昇格した2009年は、選手の大幅な入れ替えを行い、13人の選手を解雇。新たに甲府から井上雄幾を、千葉から川上典洋伊藤淳嗣を、山形から本橋卓巳を、神戸から栗原圭介を、京都から大久保裕樹を、大宮から4年半ぶりの復帰になる若林学を、新潟から河原和寿(河原のみレンタル移籍)、1月には、名古屋から日本代表経験のある米山篤志を獲得した。しかし、J2初年度故にチーム戦力の乏しさが露呈し、17位と低迷した。

なお、栃木グリーンスタジアムの改修(ナイター試合対応のための照明設備整備、バックスタンドの改修)のため、第4節(3月25日・福岡戦)は国立霞ヶ丘陸上競技場、第8節(4月15日・徳島戦)は国立西が丘サッカー場、第19節(6月3日・札幌戦)は熊谷陸上競技場の3試合を県外で主催試合を開催。なお、第23節・6月24日の仙台戦も県外開催を予定していたが、照明設備が整い、グリーンスタジアムで開催した。

[編集] 2010年

チームスローガン : 前新

レンタル移籍者を含め16人の選手を解雇。前年度途中から、レンタル移籍で加入した宮本亨をはじめ、飯田健巳横浜FC)、高木和正岐阜)、林祐征徳島)、廣瀬浩二鳥栖)を完全移籍で、那須川将大橋本真人リカルド・ロボ余孝珍を期限付き移籍で獲得。宇佐美宏和杉本真小野寺達也船山貴之が新加入した。そして、レオナルドのレンタル期間も延長した。第14節には4位に付け、Jリーグ ディビジョン1(J1)昇格はならなかったが、前年の17位から10位へと躍進した。

[編集] 2011年

チームスローガン : J1へ

水戸から大和田真史を、草津から西澤代志也を、東京ヴェルディから鈴木智幸を、アルセナルFCからトリポジを完全移籍で獲得(6月7日に契約を解除)。から渡部博文を、鹿島から鈴木修人を、新潟から河原和寿を期限付き移籍で獲得した。河原は2009年にも期限付き移籍で所属しており、2シーズンぶりの復帰となる。また、東京Vから期限付き移籍していた那須川将大が完全移籍となった。7月には、FCファドゥースからサビアを完全移籍で、浦和から堤俊輔を期限付き移籍で獲得した。

この年栃木グリーンスタジアムのバックスタンド座席化完了。しかし、3月11日東日本大震災が発生したことにより観客の客席通路となっている橋の結合部分が破損した[2]。そのため改修工事を行い、工事中は別の安全な場所に仮ゲートを設置した[3]

また、チームスローガン「J1へ」の書を福田富一栃木県知事が書くなど、チームと行政との関係が良好であることをアピールした[4]

成績はシーズン開幕から好調で、3試合目の第9節に首位に立つと、続く第10~11節、11試合目の第17節と12試合目の第18節も首位になったが、9月4日の第4節FC東京戦でパウリーニョが右腓骨骨折で戦線離脱すると順位が下降し、最終的には10位で終わった。J1昇格は逃したものの、北関東ダービーを初優勝した。

[編集] 2012年

チームスローガン : J1へ

鴨志田誉崔根植熊本へ移籍)、入江利和落合正幸が退団、リカルド・ロボへ、那須川将大大久保裕樹が徳島へ完全移籍、堤俊輔(福岡へ移籍)、渡部博文(柏へ復帰)、水沼宏太がレンタル移籍期間満了となったが、(横浜FMに復帰⇒鳥栖へレンタル移籍)神戸から柳川雅樹を、横浜FCから荒堀謙次を、FC岐阜から菅和範を完全移籍で、鹿島から當間建文を、湘南から臼井幸平を、東京Vから菊岡拓朗を、川崎から久木野聡を、福岡から山形辰徳を完全移籍で、川崎から棗佑喜を、メトロポリターノからジャイロをレンタル移籍で獲得、河原和寿鈴木修人か完全移籍に移行、柳大鉉が新加入した。

キャプテンにはパウリーニョが選ばれ、チームとしては初の外国人キャプテンとなった。

[編集] チーム名について

Jリーグ加盟以前より、主に商標登録の兼ね合いから[5]チーム名の変更が検討され、新名称の公募も行われたが、Jリーグ加盟にあたり、チーム名を変更しないことが発表された。

[編集] 成績

[編集] タイトル

[編集] 足利劇場

足利市総合運動公園陸上競技場で行われた試合は劇的な展開をすることが多かったため、ファンの間で「足利劇場」と呼ばれる[1]

2004年6月6日 対ザスパ草津 △3-3
最終的に日本フットボールリーグ(JFL)シーズンを3位で終え翌年J2に入会した草津に、後半30分を過ぎて0-3と大差をつけられていたが、その後に3点を返し3-3のドロー。試合後にサポーターにより栃木県民の歌が歌われた。
2005年5月8日愛媛FC ○3-2
最終的にJFLを優勝し翌年J2に入会した愛媛に対し、前半終了時点で1-2とビハインド、また退場で一人少ない劣勢から、後半圧倒的に攻められつつも、シュート2本で2点を決め逆転勝利。
2005年10月2日流通経済大学 ○2-1
チーム戦術の核であったFW若林が大宮アルディージャに移籍し、チーム全体が新しい戦術に戸惑う中、1-1のスコアで迎えた後半ロスタイム最後のワンプレーで決勝ゴールを決め、ホイッスルと同時に試合終了。
2009年10月3日にJリーグ昇格後初めて足利市総合運動公園陸上競技場で公式戦(J2第43節、対愛媛FC △1-1)が行われた際には、「足利劇場」をテーマに様々なチーム公式イベントが行われた。チーム公式サイトのイベント告知ページにも「足利劇場」の異名の由来として上述のエピソードが記載された。[2]

[編集] 観客数

過去最多観客数は、2009年6月14日(日)に栃木県グリーンスタジアムで行われたJ2 2009年第21節、サガン鳥栖戦(デーゲーム)での15,857人である。この日は「県民の日スペシャルマッチ」として招待券も多く配布された。
なお、JFL時代の最多動員数は2008年11月30日(日)に栃木県グリーンスタジアムで開催された第10回JFL後期第17節・FC刈谷戦(デーゲーム)での13,821人である。これは、JFL過去最多の観客数である。

2010年度のJ2リーグでの平均観客動員数は19チーム中17位と低迷している。一方で、入場料収入は2009年度で1億1,300万円となるが、これは先にJ2へ参入した同じ北関東にホームタウンを置く草津や水戸を上回っている。

[編集] 観客数の多かったホームゲーム

※試合会場は全て栃木県グリーンスタジアム

順位 日時 所属 時期 対戦相手 観客数
1 2009年6月14日 J2 第21節 サガン鳥栖 15,857
2 2008年11月30日 JFL 後期第17節 FC刈谷 13,821
3 2007年3月18日 JFL 前期第1節 FC琉球 12,539
4 2011年2月27日 プレシーズンマッチ 浦和レッドダイヤモンズ 10,271
5 2011年8月21日 J2 第25節 FC東京 9,953
6 2009年7月19日 J2 第28節 東京ヴェルディ 7,456
7 2008年6月15日 JFL 前期第16節 ファジアーノ岡山 7,253
8 2010年4月29日 J2 第9節 ジェフユナイテッド市原・千葉 6,933
9 2009年7月8日 J2 第26節 セレッソ大阪 6,875
10 2008年10月19日 JFL 後期第11節 ニューウェーブ北九州 6,533

[編集] 下部組織

栃木SCアカデミーセンター
  • ユース
  • ジュニアユース
  • ジュニア
  • 栃木SCブランカ(栃木SCレディース 2007年2月設立 県女子サッカーリーグ1部所属ブランカFCが母体)

[編集] ユニフォーム

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd)
GK(1st)
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

[編集] チームカラー

  •     黄、   

[編集] ユニフォームについて

県リーグ時代は緑と紺を基調としたユニフォームだったが、JFL昇格を機にシャツを黄色、パンツを青、ストッキングを赤に変更した。 これは当時のコロンビア代表と同じ配色で、当時の選手達にコロンビア代表が人気があったためその配色を模倣した。 2008年にストッキングの色が青に変更された。

[編集] ユニフォームスポンサー

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
TKC TKC 2008年〜
背中 カワチ薬品 カワチ薬品 2008年〜
北関東綜合警備保障 まもるくん 北関東綜合警備 2010年〜
パンツ コジマ コジマ 2008年〜

[編集] ユニフォームサプライの遍歴

[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表

年度 背中 パンツ サプライヤー
2008 TKC アイライン カワチ薬品 コジマ Mizuno
2009 もったいない運動
2010 まもるくん
北関東総合警備
2011
2012

[編集] スポンサー

[編集] メディア

[編集] テレビ

  • とちぎテレビ
    • スカパー!Jリーグ中継(Jリーグから製作を委託され、ホームゲーム全試合をスカチャンで生中継、不定期で県内向け地上波生中継、J SPORTS録画中継がある 実況は主に篠田和之アナウンサー、ピッチレポーターは萬代裕子。2011年から佐藤悠介がプレイヤー解説(ピッチレベルでプレイヤー視点での解説)をほぼ毎試合担当)
    • TOCHIGI FIGHTING!!SC一枚岩 毎週月曜22:00~22:30
      (再放送 毎週金曜日22:00~22:30)
    • Go to J!!~SC一枚岩~ (2007年は独立した番組として放送、2008年はイブニング6月曜日のコーナーとして放送)
    • 年末年始の「栃木SC祭~年末年始もKeep on Fighting!!興奮をもう一度~」から
      • 栃木SCホームゲームプレイバック
      • JAグループ栃木presents Go to J!! 栃木SC J2への軌跡 (2008年12月30日放送)

[編集] ラジオ

  • RADIO BERRY
    • 栃木SC ROCK THE GOAL (B-BOX18時台Sports Topics月曜日のコーナー)
    • SC_FM『ヨネラジ』(米山篤志がパーソナリティー。2010年8月3日~2011年1月25日終了、火曜日20:55~21:00)
    • SC_FM『マサラジ』(大和田真史がパーソナリティー。2011年3月1日~、火曜日20:55~21:00)
  • 栃木放送
    • 栃木SCホットウェイブ (月曜 17:05~)
    • 栃木SC実況生中継

[編集] マスコット

  • トッキー』:2011年誕生。くわしくは当該項目を参照。

[編集] 地域貢献活動

  • ゆめプロジェクト
日本サッカー協会の「DREAM~夢があるから強くなる」というスローガンの下に、栃木SCのスタッフ及び選手が県内の小中学校を訪問し、講話や実技を行って子供の心身の健全な発達に対し積極的に関与・貢献していくプロジェクト。2008年4月1日に概要が発表され[6]、2008年5月12日に第一回が開催された[7]
  • キッズスマイルキャラバン
栃木SCアカデミーセンターのスタッフが幼稚園や保育園を訪問し、「サッカーを通して子供たちに身体を動かすこと(スポーツ)の楽しさを伝えること」を目的としたサッカー教室を開催している[8]。2009年6月8日に第一回が開催された[9]
  • いきいき健康サッカー教室
宇都宮市からの受託事業として、高齢者を対象に栃木SCの監督や選手、スタッフと共に簡単な運動を行い、健康の維持増進や介護予防を目的するイベントを開催している。2011年6月24日に第一回が開催された[10]
  • 栃木県農産物リポート
2011年3月12日に発生した福島第一原子力発電所事故による栃木県産農産物への風評被害を払拭するため、栃木県農政部農政課と共同で農産物のPRや生産者を励ます活動を行っており、その模様を栃木SCオフィシャルサイトにて発表している。2011年8月5日に第一回目のリポートが掲載された[11]

そのほか県サッカー協会主催のサッカークリニックへの参加、高齢者を対象とした「栃木SC健康教室」や「栃木SC介護予防教室」の開催、中学校での「総合的な学習の時間」講演、栃木県中学校体育連盟と協力してのサッカー部の指導、栃木県サッカー協会と協力しての小学校訪問事業、企業経営者を対象とした監督による講演会、清掃活動や緑化活動への参加などを行っている。

[編集] 脚注

  1. ^ ただし、2006年のメンバーについては、高等学校教諭1名、養護学校(当時)期限付き講師3名、中学校期限付き講師1名(ここまで「教員」)、指導助手(期限付き)2名、公仕・校務員(期限付き)4名の計11名であり、当時の報道である「教員集団」「選手の約半数が教員」(サンケイスポーツ共同通信社他)とは程遠かった(栃木県連合教育会『平成18年栃木県学事関係職員録』他による)
  2. ^ 練習試合で募金、被災者にエール J2栃木SCと水戸、17日に 栃asahi.com2011年4月15日
  3. ^ 【お知らせ】栃木SCホームゲーム試合会場について 栃木SC公式サイト2011年4月27日
  4. ^ 下野新聞 2011年2月10日
  5. ^ 「栃木SC」での商標登録ができないことがわかったため(東京新聞2006.12.26)「栃木サッカークラブ」が商標登録できないため(下野新聞2006.12.27)
  6. ^ ゆめプロジェクト栃木SC公式サイト
  7. ^ 【フォトリポート】5月12日(月) 「ゆめプロジェクト」に選手が参加しました。栃木SC公式サイト
  8. ^ スマイルキャラバンのご案内栃木SC公式サイト
  9. ^ <フォトリポート>キッズスマイルキャラバン始動!!(東浦保育園)栃木SC公式サイト
  10. ^ 【フォトレポート】宇都宮市受託事業「いきいき健康サッカー教室」。栃木SC公式サイト
  11. ^ 【フォトリポート】第1回 佐藤悠介栃木SCドリームアンバサダー 栃木県農産物リポート栃木SC公式サイト

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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