柳澤紀子
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柳澤 紀子(やなぎさわ のりこ、俗に柳沢紀子とも。1940年-)は、日本の版画家、美術家、学者。武蔵野美術大学造形学部教授。
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[編集] 略歴
1940年、静岡県旧浜松市(現在は周辺市町村と合併し新制浜松市)にて誕生。浜松市立高等学校を経て、1965年、東京藝術大学大学院を修了。その後、アメリカ合衆国ニューヨーク州に渡り、デザイン、版画といった美術への造詣を深める。帰国後は静岡県掛川市に居を構えアーティストとして活躍し、精力的に作品を発表する。
[編集] 人物
渡米して美術を学んだ経験からイサム・ノグチらアメリカ合衆国のアーティストについても詳しい。
夫は自由民主党に所属する衆議院議員柳澤伯夫である。紀子が大学院生当時、大蔵省職員の伯夫と出会い交際が始まった。なお、知り合ったきっかけは知人の紹介である。伯夫の「女性は子供を産む機械」発言を知った際、紀子は「なんでこんなバカなこと言ったのよ」[1]と伯夫に向かって怒鳴ったため、伯夫が紀子に謝罪した。
[編集] 作品
東京藝術大学では油絵を学んでいたものの、後に版画に転向した。現在では、柳澤作品のその多くはエッチングなどの技法を用いた銅板版画である。しかし、稀に横幅50メートルを超える壁画などの作品も創作しており、作品の幅は広い。
[編集] 職歴
[編集] 受賞
数多くの賞を受賞している中で幾つかを記載した。なお、詳細は「MAU-油絵学科研究室」など他資料を参照されたい。
[編集] 評価
「日本には約5000人の版画家がいますが、彼女はそのトップ50に入る実力の持ち主」[2]と評され、「斬新かつユニーク、独創性溢れる作品を生み出すことで知られ」[3]ている。柳澤の作品は美術品であるため、その金銭的価値も市場評価に左右され一概には記述できないが、一例を挙げると、壁画の原画を手がけた際は「11万1111円」[4]が柳澤に支払われている。
太田川護岸に壁画を描くなどの活動が疑問視されることがあり、2002年7月9日の衆議院財務金融委員会の審議にて、衆議院議員五十嵐文彦から金融担当大臣柳澤伯夫に対し紀子の作品に関する質問がされる[5]など、国会でも話題を集めている。
[編集] 観覧
作品は各地の美術館などに収蔵されており、一般の観覧者が鑑賞できる作品も多い。
- ブルガリア国立美術館 - (ブルガリア共和国ソフィア市)
- サンフランシスコ美術館 - (アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ市)
- 太田川河川敷 - (静岡県磐田市)
- 財団法人池田20世紀美術館 - (静岡県伊東市)
- 静岡県浜松総合庁舎 - (静岡県浜松市)
- 浜松市立高等学校 - (静岡県浜松市)
- 福田健康福祉会館(リフレU) - (静岡県磐田市)
- 浜松市美術館 - (静岡県浜松市)
- 掛川市立中央図書館 - (静岡県掛川市)
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
- MAU-油絵学科研究室 - 武蔵野美術大学造形学部の公式ウェブサイト内の教員を紹介するページ。柳澤の代表作がカラーで閲覧できる。
- 銅版画、和紙をベースとしたミックストメディア - 武蔵野美術大学造形学部の公式ウェブサイト内の柳澤のプロフィールを紹介するPDF。
- 第154回国会 財務金融委員会 第23号(平成14年7月9日(火曜日)) - 衆議院の公式ウェブサイト内の会議録を掲載しているページ。柳澤の作品が審議で取り上げられている。

