林雄二郎
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林 雄二郎(はやし ゆうじろう、1916年(大正5年)7月27日 - )は、東京生まれの、官僚、未来学者、財団運営者。
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[編集] 来歴・人物
1940年に東京工業大学電気化学科卒。1942年に技術院に入職後、戦後は経済安定本部、経済企画庁で長期計画に関わる。同庁在籍1959-1960年に、フランス留学。
帰国後の1965年に、同じ経済企画庁・当時総合開発局の下河辺淳(現:東京海上研究所理事長)、同じく当時総合計画局の宮崎勇(現:大和総研特別顧問)らとともに「1985年の日本人のライフスタイルを検討する会議」を通じ、各界に大きな影響を与え、「林リポート」となるものをまとめる。日本社会を発展させるためのガイドラインとなった。1967年、東京工業大学に社会工学科が新設される際に教授就任。
1969年、在籍していた経済企画庁時代、情報化社会を予見した 情報化社会(講談社現代新書)を発刊。本書の発行により、情報化社会という言葉が社会的に認知されることになった。また、同著は著者が大阪万博の仕事の帰りの新幹線の中でテープレコーダーに吹き込んだものを起こしたものを基本として作成したものである。当時、林雄二郎は京都の梅棹忠夫、小松左京、加藤秀俊、川添登らと「貝食う会」というグループを結成し、未来学について議論を重ねていた。
1971年、財団法人未来工学研究所所長を経て、1974年10月15日、トヨタ自動車が自動車事業創業四十周年を記念したトヨタ財団を設立するのと同時に、専務理事に就任、13年間務める。就任時、同財団豊田英二理事長より、「自分はよくわからないから任せるよ」と言われ、財団業務を全て任される。人事も自由に任され、リベラルで専門意識の強い山岡義典らをプログラムオフィサーとして連れてくる。日本の財団業務の礎を築く。
1988年より東京情報大学初代総長を1994年まで努め、1994年日本財団顧問、現在も同財団の活動理念・指針となる「フィランソロピー実践のための七つの鍵」を作成。現在、日本フィランソロピー協会前会長、日本未来学会会長などを努めている。フィランソロピー実践のための七つの鍵
2007年6月、1969年に講談社現代新書より発刊された『情報化社会』であるが絶版となっていた。橘川幸夫は、現在になっても衰えない本著の先見性に感銘し、自身が運営するオンブックで 情報化社会(講談社現代新書)を復刻。[1]
なお、林雄二郎の実兄は元東京大学総長の林健太郎。長男は元博報堂生活総合研究所所長の林光。次男は作家の林望である。
[編集] 家族・親族
[編集] 略歴
- 1940年(昭和15年) 東京工業大学電気化学学科卒業
- 1940年(昭和15年) 同大助手
- 1942年(昭和17年) 技術院 参技官補
- 1947年(昭和22年) 総理府 技官
- 1957年(昭和32年) 経済企画庁総合計画局 計画官
- 1958年(昭和33年) 経済企画庁調査局 海外調査課長
- 1962年(昭和37年) 経済企画庁総合計画局 参事官
- 1964年(昭和39年) 経済企画庁経済研究所 所長
- 1967年(昭和42年) 東京工業大学社会工学科 教授
- 1971年(昭和46年) 財団法人未来工学研究所 所長
- 1974年(昭和49年) 財団法人トヨタ財団 専務理事
- 1978年(昭和53年) 財団法人未来工学研究所 副理事長
- 1982年(昭和57年) 日本未来学会 会長
- 1988年(昭和63年) 東京情報大学 学長
- 1989年(平成元年) テュービンゲン大学(独)名誉評議員
- 1989年(平成元年) 財団法人労働科学研究所 理事長
- 1994年(平成 6年) 日本船舶振興会通称:日本財団顧問
- 1999年(平成11年) 日本NPO学会 会長
- 2000年(平成12年) フランス国立ポンゼショセ(土木学校)
- 2000年(平成12年) 国際経営大学院 名誉学長
- 2005年(平成17年) 社団法人日本フィランソロピー協会 顧問
- 2005年(平成17年) 社団法人福祉社会研究所 会長
[編集] 著作・関連書籍
- 1966年『資本主義と技術』 筑摩書房
- 1967年『フランス経済の現実と展望』
- 1969年『情報化社会』 講談社現代新書
- 1969年『断絶の時代―来たるべき知識社会の構想』林雄二郎 (翻訳)
- 1970年『情報化社会〈第2〉働く』林雄二郎 (編集)、片方善治 (編集)、白根礼吉(編集)
- 1973年『成熟社会―新しい文明の選択』デニス・ガボール (著)、林雄二郎 (翻訳)
- 1974年『予測学―未来を展望し創造する新しい科学の提唱』高榎堯 (著)、林雄二郎(翻訳) ダイヤモンド社
- 1975年『日本型成熟社会』中央経済社
- 1977年『資本主義の文化的矛盾(上)(中)(下)』ダニエル・ベル(翻訳) 講談社
- 1978年『知識の時代から知恵の時代へ』 産業能率大学出版部
- 1980年『成熟社会・日本の選択』 中央経済社
- 1980年『私の成熟社会論 』産業能率大学出版部
- 1984年『アメリカの大型財団―企業と社会』ワルデマー・A・ニールセンと共著 河出書房新社
- 1984年『日本の財団』中公新書 山岡義典と共著
- 1988年『先端技術と文化の変容―日本とフランスからの提言』 日本放送出版協会
- 1993年『フィランソロピーと社会-その日本的課題-』山岡義典(編著)
- 1995年『知識社会の衝撃』ダニエル・ベル(原著)、山崎正和 (翻訳)、林 雄二郎 (翻訳)
- 1995年『日本の繁栄とは何であったのか―私の大正昭和史』 PHP研究所
- 1997年『新しい社会セクターの可能性──NPOと労働組合』財団法人 連合総合生活開発研究所 (編集)
- 1997年『日本の経済計画―戦後の歴史と問題点』宮崎勇氏、田中誠一郎氏、矢野誠也氏、新藤稔白氏らの共著を編集
- 1997年『生活情報論』山岡義典氏、橘川幸夫氏らと共著 光生館
- 2000年『フィランソロピーの思想 : NPOとボランティア』日本経済評論社 今田忠編
- 2000年『フィランソロピーの橋―こころ豊かな社会を築くために』加藤秀俊と共著 阪急コミュニケーションズ
- 2007年『情報化社会復刻版』 オンブック

