松 (ワープロ)
| 日本語ワードプロセッサ 松 ver.6 | |
| 開発元 | 管理工学研究所 |
|---|---|
| 最新版 | 松 ver.6 |
| 対応OS | MS-DOS |
| 種別 | ワードプロセッサ |
| ライセンス | プロプライエタリ |
| 公式サイト | 管理工学研究所 |
松(まつ)は、管理工学研究所が開発したMS-DOS用の日本語ワープロソフトウェア。名前の由来は松竹梅の上等な方から。パソコン普及期の初期にジャストシステムの一太郎と人気を二分した。一太郎のシェアが大きくなっても、キビキビとした動作のため愛用し続ける熱狂的なファンがおり、ファンブックが作られたほどである。しかし、Windowsに対応しなかったためにシェアを失った。
その後シェアウェアとしてエディタ的な「松風」(仮称)が発表されたが、「松」との互換性はなく大きなシェアを取ることには成功しないまま、また(仮称)のまま、松風のライセンス販売は2006年11月30日をもって終了している。
目次 |
[編集] 「松」の歴史
1983年、PC-9801用の日本語ワードプロセッサを発売。商品名そのものも「日本語ワードプロセッサ」であった。これが松の前身である。社内でのコードネームは「竹」だった。その後、同年末「日本語ワードプロセッサ」をバージョンアップし、あらたに「松」と名づけて発売する。また、廉価版として「梅」(価格6万8000円)を発売する。「松」は、価格が12万8000円(8インチフロッピーディスク版)と高価であったにも関わらず好調な売れ行きを博した。
当時のNECのパソコンPC-9801(初代)が、メインメモリを128Kバイトしか実装していなかったのにもかかわらず、印刷スプーリング機能などを備えていることなど、操作性の良さは高く評価された。128Kバイトのメモリを最大限利用するため、半分の64Kバイトを文書のデータエリアとして、残り半分の64KバイトをOS (N88-DISK BASIC(86)) も含むプログラム本体で使う設計にした。発売以前には、CP/M-86上のアセンブリ言語で開発し、プログラムのほとんどをアセンブリ言語で書いたことで、その性能は評判となった。管理工学研究所は、1970年代にかけて、日本語組版システムの構築を手がけており、ノウハウが蓄積されていた。松は発売後半年経った頃に最盛期を迎えた。PC-9801の出荷台数の25%に相当するほど導入されたという。「松」の発売前は、「ソフト情報」等の雑誌の順位表では日本コンピュータ設計の「漢神」がトップだったが、「松」はあっという間にトップを抜き去った。なお、「梅」は管理工学研究所の予想に反し売れず、ラインアップから早々に消える。1984年- 「松」は日経最優秀賞を受賞した。
この時期はOSとして、MS-DOSではなくN88-DISK BASIC(86)の上で動くソフトウェアであった。また「松」が登場するまで、BASICで組まれたワープロソフトが主流だった。[要出典]
- 管理工学研究所がビジネスシヨウで「松」のデモンストレーションを行った際、あまりの高速性にPC-9801を開発したNECからも驚かれたという。
- その後、言語工学研究所を設立して独立することになる国分芳宏らがメインとなってかな漢字変換部分などが開発された。なお、当時同社の技術的リーダーは、仁科尚が担っていた。
- 当時のアプリケーションソフトウェアの多くと同様、ユーザによるコピーを不可能にするコピープロテクトが掛けられていた。特に本製品のものは比較的強力なプロテクトとして知られ、プロテクトの是非をめぐって「ソフト情報」誌で議論が交わされた。「ソフト情報」誌での、管理工学研究所の反論は、「ソフトウェアは壊れやすく、壊れたらその間業務が停止する。だからバックアップをというが、ハードウェアは大丈夫なのか。ソフトウェアだけバックアップを付けるという主張は、ソフトウェア軽視であり、本当に大事な業務なら、ハードウェアもバックアップ機器をもう1セット用意して運用するもの。それほど大事な業務であればソフトをもう1本買うことをなぜ惜しむのか。こちらからは直ちに代替品を送る体制がある。それではなぜダメなのか。ハードウェアが壊れたときと同等の保守体制を敷いても、なぜソフトウェアだけは、こういう要求をされるのかわからない」というものだった。これを批判する者も多かった。
- アスキーマイクロソフトに出向していた古川享が、MS-DOS対応の「松」を開発するよう依頼したものの、当初は断っている。MS-DOSを利用すると、OSのメモリ占有量が、BASIC ROMを利用するN88-DISK BASIC(86)に比べておおよそ50 - 60Kバイト多くなるなどの事情があった[1]。後述する「松85」でMS-DOSへ対応することになる。
1985年- MS-DOS上で稼動する「松85」を発売。BASIC版も併売する。しかし、まだ高価であったことなどから、DOS用ワープロとして地位を確保しつつあった「jx-WORD太郎」および「一太郎」にシェアを明け渡すことになる。また、PC-98XA(ハイレゾモード専用機)向けに「松XA」を発売する。1986年- マイナチェンジ版の「松86」を若干値下げして発売。このときから日本語入力システムが独立し、「松茸86」となる。しかし、市場では「一太郎」のシェア拡大が進む。
1987年- 一から再設計した「新松」を発売。このバージョンから、ユーザから不評だったコピープロテクトを廃止した。操作体系が見直され、カットアンドペーストを基本とした。また、高速化のためアセンブリ言語で記述する開発環境は変わっておらず[2]、ライバルの「一太郎」に比べて軽く動作するソフトになった[2](なお、同梱のグラフィックソフト「鶴」等はC言語で開発)。文字修飾などの見栄えよりも長大な文書を効率よく入力することを目指しており、エディタとしての機能も他のワープロソフトに比べ充実していた。また、カスタマイズ機能が豊富なのも特徴で、キーアサインや画面上のインターフェースの色などが好みに合わせ変更できた。日本語入力システムは「松茸V2」として添付されたが[2]、こちらも辞書の基本登録語も削除・変更できるなど自由度が高かった。このため作家や翻訳家などの間で本製品を熱心に支持する例が見られた(「関係書籍」の欄を参照)。その他、β版をパソコン通信「日経MIX」などを通じて希望者に無償配布し、バグや使用感などをフィードバックするという試みは当時の大手ソフトウェアベンダとしては例外的であった。
- 当時のワープロソフトは、自社の日本語入力システム決めうちで設計されていたが、「新松」は「松茸」だけでなく、他社のATOKやVJE等も利用できるよう仕様が改められている[2]。ただし、多くの機能は「松茸」に密接に依存しているため、「松茸」以外の日本語入力システムでは使い勝手が悪かった。
- 「軽さ」を売りにしており(要求メインメモリは512Kバイト)、中村正三郎は「『松』FESです」(エディタの「MIFES」のもじり)と説明していた。
- カスタマイズ機能は表のメニューに出ておらず、サンプルファイル(SAMPLE.K3ファイル)を読んで理解してから作成せねばならずハードルが高かった。カスタマイズファイルについては通常「新松」起動時にCONFIG.K3ファイルを読みに行く。なお、CONFIG.K3ファイルでマクロの記述も可能であった。なおヘルプファイルの冒頭には「見たなー」とあった。
- カスタマイズ機能は、日経MIXのword/matu会議室の100番目の書き込み「ユーザに自由を!」というメッセージが発端になって作られた。このメッセージでは、エディタにカスタマイズ機能を備えたものが多いのに対し、ワープロソフトは自由度に欠ける」ことを訴えたもので、開発者たちも共感したが、サポートのことを考えると躊躇した。しかし、「清水の舞台から飛び降りる決心」でカスタマイズ機能を整備したという(『The BASIC』1988年4月号)。その後、わずか数日でカスタマイズ機能の実装が完了したという。
- 「新松」は、管理工学研究所にしては不具合が多く、また、正規のマニュアルも発売日までに間に合わず、経典のような簡略化したマニュアルが添付された。「お経マニュアル」と呼称されたが、その後、登録ユーザには正規のマニュアルや修正版のディスク「新松パワーアップディスク」が配布された。このディスクの中にはカスタマイズファイルの例が入ったフロッピィディスクが配布され、WordStar風、emacs風、MIFES風、一太郎風(『松太郎』と呼称)等にすることができた。
- 縮小文字(8ドット)による編集モードも追加された。
- グラフィックソフト「鶴」は、Macintoshのユーザインターフェイスに近い。Macintoshにハマった開発者によるものとされている。
- 「索引作成」機能や「マクロ」などをこのバージョンで追加した。当時の他社製ワープロソフトで実装しているものは少なかった。
- 「松」の高精細モードが、他社のワープロソフトに比べ高速である理由として、PC-9800シリーズの白黒グラフィックモードで動作していたことが大きい。なお、見た目がカラーになるのは、白黒グラフィックにテキスト属性(色など)を加えると、カラーになるPC-9800シリーズの機能によっている。なお、白黒グラフィックモードが削除されたPC-9821Xa/WやRaシリーズでは、意図した表示にはならない。
- 柳瀬尚紀が邦訳した「フィネガンズ・ウェイク」(著:ジェイムズ・ジョイス)の翻訳作業では「新松」を用いたとされる。
- ユーティリティディスクには、MS-DOS版N88-BASIC(86)から「松茸」を制御するサンプルプログラムが公開されていた(当時のMS-DOS版N88-BASIC(86)は、NEC製の日本語入力システムしかサポートしていなかった)
- 1988年- メガソフトから、「新松」をパワーアップする「新松ターボキット」が発売される。また、「新松」が日経新製品賞を受賞する。
- 1989年- 「98NOTE」が発売されたため、「新松」のカスタマイズ機能によりノートパソコンの液晶でも視認性を高めた「n松」を98NOTE発売日に同時発売(3万8000円)。初回版のキャンペーンとして、名刺管理ソフトの「桐アドレス」「ゴルフゲーム」が付属した。なお、「鶴」・ファイル管理・辞書管理・ロゴ編集など、補助機能の一部は、「新松」から削除されており、「n松システムUPキット」として別売(2万円)された。
1991年に 「新松」の改良版を「松ver.5」として発売。カットアンドペーストが不評であったため、「移動」コマンドが復活する。カスタマイズ機能がメニューで指定できるようになった。また、索引・目次作成機能の使い勝手を改善したほか、線画描画機能・表計算機能が追加された。
1992年には「松ver.6」を発売。大幅な機能強化ではなく、松ver.5の使い勝手などをかなり改善したものとなった。表計算機能では、Lotus 1-2-3形式のデータファイルを直接取り込めるよう改善された。その後Windows 3.xへの対応は行われず、後継バージョンも発売されなかった。実質的にはこれが松の最後のバージョンとなった(2008年現在)。
その後1993年に「松ver.6」のDOS/V版が発売される。「V-Text」環境(800×600ドットのみ)をサポートした(要:IBM DOS/V Extension)。V-Text環境を実現するためには、空きコンベンショナル・メモリに570 - 600Kバイト程度要求する。IBM DOS/V ExtensionのDSPXSVGA.EXEによりV-Text環境が利用できるが、互換ドライバでも動作することがある。
1997年に「松風」(仮称)をWindows版軽量ワープロソフトとして月刊アスキーにてβ版を配布。その後オンライン配布開始。のちにシェアウェアとなった。データはテキストファイルで、マークアップ言語はHTMLに極めて近い。この製品はDOS版の「松」シリーズとは文書レベルの互換性に乏しく、また機能も限定されたものであるため、ごくマイナーなソフトウェアにとどまり、ワープロソフト市場に影響を与えることはなかった。最新版としては2003年11月にver.4がリリースされている。ただし2006年11月30日には松風のライセンスも販売終了(ver.4.09が最終版)した。
[編集] 他社のワードプロセッサソフトとの違い
管理工学研究所が、初代PC-9801の開発に関わっていたため、PC-9801をターゲットに開発していた。PC-98アーキテクチャに熟知していたため、同業他社に比べキビキビと動作した。のちに他社製ワープロソフトではC言語で開発されるものも増えるが、「松」は一貫してアセンブリ言語で開発された点もこれに寄与している。これには同社の開発者がスピード狂であったことも要因として挙げられる。
- 多くのワープロソフトでは、起動直後に編集画面に遷移するが、「松」は起動すると初期起動メニュー(ワープロ機器と同様の初期メニュー)に遷移する。
- ファンクション・キーを使って機能を選択する。PC-9801のキーボードはファンクションキーが5個連続して1ブロックになっており、この5個という数が端と中央のキーを覚えやすくできていた。ファンクションキーで機能を選択するという方法は、管理工学研究所のソフトウェア「桐」などに踏襲されていった。
- プリンタにネイティブに対応するため、プリンタドライバが充実していた。ただし飾り文字などもプリンタの能力に依存するため、別のプリンタで印刷すると意図した印字が出来ないことがある。
- 「新松」以降、「カスタマイズ」「目次・索引作成」「マクロ」など、他社製ワープロソフトに先んじて実装していた。
- 「新松」以降、松茸が無くても起動する。
- ある出版社では、「松」形式のファイルで入稿を行っていた。日本語組版システム「Edian」が管理工学研究所開発のため、「松」で編集作業すると作業効率も良かったとされている。
- 「松」の文書ファイルの拡張子は一貫して「BUN」である。
なお、「『超』整理法 - 情報検索と発想の新システム」(野口悠紀雄 中央公論社 1993年 ISBN 4121011597 )の中で「松」が大きく取り上げられていたが、これは文書の読込の際のファイラ画面に特徴があるためである。「松」ではファイル読込時のファイラ画面で、「松」の文書ファイル(表題を付けずに保存したもの)やテキストファイルの冒頭を表示することができたが、「超」整理法ではこの点を評価したものである。この機能は「松風」(仮称)にも引き継がれた。
[編集] 「松茸」
「松」のかな漢字変換機能を独立させた日本語入力フロントプロセッサが「松茸」である。独立させるきっかけとなったのは、管理工学研究所がLotus 1-2-3の日本語化を請け負うことになり、そのために「松」のかな漢字変換をMS-DOSのデバイスドライバ化することにした。なお、デバイスドライバ化作業自体は1週間程度で完了したという。
「松茸」は、その他の日本語入力システムと大きく違う点として、文法解析などを最低限にしていた。構文解析の高度化よりも人的な判断に任せる方針で、文法解析を一切せずに名詞だけで変換する「複合語変換」を採用した。また、ビジネスでよく使われる言葉を例外的に変換するようにした。複雑な文法解析をあえてやめた理由として「文章はクセが出るので、よく使う単語は決まってくる。名詞だけの羅列として変換する方が、複雑な解析で変な文章に変換されてしまうよりは速く入力できる」ことからだった。この意図を理解したユーザの一部は、「辞書を鍛える」「辞書を調教する」ことがあった。なお、ATOKなどでは「スペースバー」は「変換」に割り当てられ、これがその後一般的になったが、「松茸」は「文節を切る」意図を示す「空白」が割り当てられており、「XFER(変換)」キーで変換する。後期バージョンでは、スペースバーで変換することも可能になっている。
なお、開発元の管理工学研究所非公認ではあったが、ユーザで文法ファイル等を改造し、日経MIXなどで公開することがあった。 また、メガソフトのエディタMIFESに「松茸」のサブセットがバンドルされている時期があった。
松茸は松のみならず桐にも付属したため、松の開発終了後も生き延び、Windows対応版も出て、Windows 98/NT4.0までには対応した版が出された。
- 1986年 - 「松86」開発の際、「松」の日本語入力システムを松から分離しデバイスドライバ化する。「松茸86」と名付けられる。「松」のほか「Lotus 1-2-3」の日本語版にもバンドルされた。
- 1987年 - 松が「新松」にバージョンアップされるとともに、松茸も ver.2にバージョンアップされる。
- 1991年 - 松が「松ver.5」にバージョンアップされるとともに、松茸も ver.3にバージョンアップされる。拡張ドライバが用意され、「部首引き」「コード表」「実数電卓」「ローマ字カスタマイズ」などが提供された。
- 1995年 - 「桐ver.5」発売に伴い、DOS/V版についてはPC-DOS/Vだけでなく、MS-DOS/Vでの動作にも対応するため、「$IAS.SYS」対応版に加えて「KKCFUNC.SYS」対応版が追加されている。
- 1997年 - 5月「桐ver.6」の開発途上版「七夕版」で、「松茸ver.4 七夕版」が配布される。同年「桐ver.6」発売とともに「松茸ver.4」を桐にバンドルする。
- 1998年 - 夏に「桐ver.7」が発売される。「松茸ver.4」からは変更はない。
- 「桐ver.7」のCD-ROMに、「一括登録用辞書データ『松茸の素』第3版」(シェアウェア)が同梱された。
- 1998年 - 11月「松茸ver.4.1」をシェアウェアで発売開始。
- 1999年 -「桐ver.8」で、「松茸ver.4.1 SP1」が提供される。Windows版はこれが最終版。従って、正式に「Windows 2000」以降はサポートされていない。
- 増田忠士による「チョイ入力法」をローマ字カスタマイズでサポートした。テンキーを携帯電話に見立てたカスタマイズファイルも同梱。
- 2000年 - 増田式キーボード学習法準拠練習ソフト「松打」を発売。「松茸ver.4.1 SP1」を同梱した。
- 2002年 - Symbian OS に関する業務提携に伴い、Symbian OSへの「松茸」移植開始。
- 2006年 - 6月NTTドコモのビジネス向け端末「FOMA M1000」用Bluetoothキーボード「RBK-1000BT」で「モバイル松茸」がバンドルされる。
- 2008年 - 海外邦人向けにノキア製携帯電話の日本語化プラグイン「+J for S60」を発売。「松茸 for S60」をバンドルしている。
[編集] 関係書籍
- bit別冊『ワープロと日本語処理』 石田晴久/木村泉/安田寿明編 共立出版 1985年
- 管理工学研究所も「松」について投稿している。
- 『松が好きっ! K3ソフトウェア大研究』 酒井昭伸/K3ユーザーズグループ編 早川書房 1989年 ISBN 4152033924
- 『やっぱり松が好きっ!楽しいワープロ便利帖 松Ver.5』 酒井昭伸/K3ユーザーズグループ編 技術評論社 1991年 ISBN 4874084737
- ThinPad 220:220研究会著:エーアイ出版 (1994):IBMのノートパソコンThinkPad 220の活用本だが松Ver.6体験版が付属、書籍中では松の使い方解説がかなりの項を占める。
[編集] 名前の由来
松という名はいわゆる松竹梅の上のものと言うことから。なお、「松」の前身の「日本語ワードプロセッサ」のコードネームは「竹」だった。「松」発売以降、管理工学研究所のソフトはこれと花札がらみの名を持つことが多かった。 たとえば新松以降、鶴というペイント系のグラフィック作成ソフトが付属していた。この名は、花札の絵柄にもある「松に鶴」の意匠に基づく。また、同社のもう一つのヒット作である桐は松桐坊主からの名である。松の日本語変換部分は松茸で、これは松の根元に出てくることからの命名である。
[編集] その他
- 「松」全盛期のころ、日本ソフトバンク(現・ソフトバンク)が流通として取り扱うべく孫正義が管理工学研究所を訪れた。日本ソフトバンク側の提示した中間マージンが極めて高かったため、同社は取り合わなかったという。「松」の販路となることに失敗した日本ソフトバンクは、同社の流通としてワープロソフトを売り出すため、ジャストシステムの「一太郎」を発掘し、全面的に売り出した。
- 一般には公開されなかったが、J-3100版の松もあった。
- 一般には公開されなかったが、音声対応の松もあった。
- 松ver.5は「ちょっとDTP気分」が宣伝文句であった。
- 松ver.6は「むずかしいこと さらさらと!!」が宣伝文句であった。
- ThinkPad 220の解説本(エーアイ出版)には「松 ver.6 DOS/V版」の体験版が付属していた。ちゃんと仕事に使えた。
- NECのUNIXワークステーションEWS4800上で動作する松もあった。但しこれは松そのものを移植したのではなく、バイナリコンパイルという技術で、松のバイナリコードをEWS4800のネイティブコードに変換したものである。
- 松ver.5には付録として風呂敷が付いていた。
- 桐 ver.5では、チャイルドプロセスとして「松ver.6」を起動することができる。なお、「新松」もチャイルドプロセスとして「蘭」(通信ソフト)を起動することができた。
- 「松 ver.6」を現在のWindowsマシンで使う場合は、PC-98版は、シェアウェアのエミュレータ「Anex86」上でのみ正常動作する(その他のエミュレータでは精細モードで正常動作しない)。DOS/V版は「Microsoft Virtual PC」により動作することができる。