松浦栄 (写真家)

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松浦 栄(まつら さかえ、フランク・マツーラ、1873年 - 1913年)は、明治時代アメリカ合衆国に渡って同地で写真家となった日本人である。

松浦は1873年(明治6年)、東京・向島に旧与力の子として生まれた[1]。父母を早く亡くし、その後は親類の下で育てられた。15歳のとき、牧師木村熊二によって洗礼を受け、27歳となった1901年明治34年)に単身でアメリカ合衆国に渡った[1]

アメリカではワシントン州アラスカ州などですごした後、アメリカ北西部の田舎町・オカノガンに写真館を構えた。オカノガンは、シアトルから更に500キロメートル離れた、川を汽船で2日遡った渓谷にあったが、松浦はここを拠点に何千枚ともいわれる写真を撮影した[1]。撮影の対象は、白人カウボーイアメリカ先住民といった人物のほか、草創期の野球自動車など多岐に渡るが、いずれも写真技術に優れ、自然で上品な作風であると評される[1]

品性とユーモアを併せ持った松浦は、現地では親しみを込めて「フランク(裏表のない)・マツーラ」と呼ばれていた[1]。松浦は生涯一度も日本に戻ることなく、1913年大正2年)、39歳で客死した[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 栗原達男 「素顔の米国写した開拓者 100年前の日本人写真家・松浦栄の足跡を追う」 『日本経済新聞』 平成23年11月10日朝刊文化面