松山区 (台北市)
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| 別称: 錫口 | |
| 地理 | |
|---|---|
| 位置 | 北緯25°02" 東経121°34" |
| 面積: | 9.78 km² |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 松山區 |
| 日本語読み: | しょうざんく まつやまく[1](慣用読み) |
| 漢語拼音: | Sōngshān |
| 通用拼音: | Sōngshān |
| 注音符号: | ㄙㄨㄥ ㄕㄢ |
| 片仮名転写: | ソンシャン |
| 行政 | |
| 行政区分: | 市轄市 |
| 上位行政区画: | 台北市 |
| 下位行政区画: | 33里756鄰 |
| 松山区長: | 余淑媗 |
| 公式サイト: | 松山区政府 |
| 情報 | |
| 総人口: | 209,948人 人(2011年12月) |
| 戸数: | 78,741 戸(2011年12月) |
| 郵便番号: | 105 |
| 市外局番: | 02 |
松山区(しょうざんく)は、台北市の市轄区。
目次 |
地理 [編集]
台北市の中心部に位置し、区内は住宅地を中心に構成されているが、八徳路及び南京東路周辺は商業地となっている。また台湾国内最大の松山空港を擁し、台北の空の玄関口としての地位を占めている。
歴史 [編集]
元来は原住民語で「河の湾曲した場所」を意味するMalysyakkawから麻里錫口社と称されていた。ここで表す河とは基隆河を指している。
1709年、陳頼章による入植が進み、泉州同安人の漢人集落が形成されると、錫口と称されるようになった。日本統治時代の1920年に「附近の丘岡には、島内稀に見る松林を有す」ることに因み内地風地名の「松山(まつやま)」と改稱され[2]現在に至る。松山改名当初は台北州七星郡に属していたが、1938年に台北市に編入される。戦後は松山区として改編された。「松山」は、日本語では戦前からの慣例で「まつやま」と読むのが一般的だったが、近年は「しょうざん」と読むことも多くなっている。
1990年に区南部が信義区として独立し現在に至る。
下部行政区域 [編集]
| 地区名 | 里数 | 里名称 |
|---|---|---|
| 三民 | 8 | 荘敬里 東栄里 三民里 新益里 富錦里 新東里 富泰里 介寿里 |
| 東社 | 9 | 精忠里 東光里 龍田里 東昌里 東勢里 中華里 民有里 民生里 松基里 |
| 本鎮 | 7 | 慈祐里 安平里 鵬程里 自強里 吉祥里 新聚里 復盛里 |
| 中崙 | 9 | 中正里 中崙里 美仁里 吉仁里 敦化里 復源里 復建里 復勢里 福成里 |
教育 [編集]
大学 [編集]
高級専業学校 [編集]
高級中学 [編集]
国民中学 [編集]
国民小学 [編集]
幼稚園 [編集]
- 台北市立松山国民小学付属幼稚園
- 台北市立西松国民小学付属幼稚園
- 台北市立敦化国民小学付属幼稚園
- 台北市立民権国民小学付属幼稚園
- 台北市立三民国民小学付属幼稚園
- 台北市立民族国民小学付属幼稚園
- 台北市立健康国民小学付属幼稚園
- 三民幼稚園
- 童欣幼稚園
- 郁欣幼稚園
- 正欣幼稚園
- 育華幼稚園
- 立徳幼稚園
- 心安幼稚園
- 方元幼稚園
- 育達附幼
- 延吉幼稚園
- 維多利亜幼稚園
- 恵元幼稚園
- 光華幼稚園
- 旭光幼稚園
- 民權幼稚園
- 民族幼稚園
- 家幼稚園
- 白鹿洞幼稚園
- 小華幼稚園
- 英童幼稚園
- 思高幼稚園
交通 [編集]
| 種類 | 路線名 | 駅又はIC等設備名称 |
|---|---|---|
| 航空 | 国内線 | 松山空港 |
| 鉄道 | 縦貫線 | 松山駅 |
| 鉄道 | 台湾高速鉄道 | 松山駅 (2015年開業予定) |
| 台北捷運 | 松山線 | 松山駅 南京三民駅 市立体育場駅 南京東路駅 |
| 台北捷運 | 内湖線 文山線 | 松山機場駅 中山国中駅 南京東路駅 |
観光 [編集]
出典 [編集]
外部リンク [編集]
- 松山区公所 (繁体字中国語)
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