松原正
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松原 正 (まつばら ただし、1929年12月22日 - ) は、日本の評論家、劇作家。早稲田大学名誉教授。自らも保守派でありながら、西部邁や西尾幹二ら保守派の論客への激しい批判で知られる。
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[編集] 経歴
東京都生まれ。1952年、早稲田大学第一文学部卒業。学生時代より福田恆存に師事し、正字体、歴史的仮名遣で文章を書く。
早い時期から文藝評論家を目指し、高田保を通して福田の知遇を得た。のち英米演劇を専門にして翻訳のみならず幾つかの戯曲を発表、早稲田大学で教鞭をとることになる。
かつて「中央公論」などにも文章を発表、産経新聞にも寄稿したことがあるが、1980年代以降は主に「月曜評論」などのミニコミ誌に執筆していた。2004年8月号で同誌が廃刊となり、現在は連載を持たない。大手誌への執筆が殆ど無いため、評論家としての知名度は低い。
早大教授時代の教え子に評論家の坪内祐三がいる。
[編集] 評価・エピソード
- 激しいものの書き方をし、批評対象をばっさり「斬る」ことが多く、「論壇の人斬り以藏」と自称する。このため評価が大きく分かれる傾向があり、少数だが熱心な愛読者を持つ。1990年代以降は執筆の場が限られ、一般の読者に直接読まれる機会が少ない。
- 坪内祐三には「(福田恆存の)思想の一番の後継者」と評価される一方、西尾幹二には「(福田恆存の)文章の癖の強い悪い面だけを猿真似したエピゴーネン」とウェブ上で批判されている。
- 演劇では、「サイゴンから來た男」「脆きもの、汝の名は日本」「花田博士の療法」などの創作があり、上演されたことがある。雑誌「悲劇喜劇」の演劇時評を担当(1970年1月~6月)。現代演劇協会理事を務める。評論を書き始めてからは演劇の現場から遠ざかり、新作の発表や、過去の作品の上演機会がない。
- 日本文学の評論では、既存の文芸評論を「作家に対する先入観に基いた批評」が見られるとして批判。文章に沿って作家の主張を検討する態度を取る。政治的な三島由紀夫や大江健三郎に対して批判的な意見を述べる一方、中野重治の文章を高く評価した。最近は夏目漱石論に専念。
- 大手誌には1980年代半ば頃から執筆が無い。「論壇から干されたため」という。
- 日経BP社発行の雑誌「日経ビズテック」(2005年11月で休刊)に休刊号まで6回にわたって「パソコンとハムレット」を連載した。また「月曜評論」休刊後、ネット上では「ウェブ柵」というサイトで「政治・好色・花鳥風月」と題した連載を続けているが、2005年10月を最後に更新が途絶えている。
[編集] 著作
- 『知的怠惰の時代』(PHP研究所、1980年)
- 『人間通になる読書術 賢者の毒を飲め、愚者の蜜を吐け』(徳間書店、1982年)
- 『道義不在の時代』(ダイヤモンド社、1982年)
- 『暖簾に腕押し』(地球社、1983年)
- 『戰争は無くならない』(地球社、1984年)
- 『續・暖簾に腕押し』(地球社、1985年)
- 『自衞隊よ胸を張れ』(地球社、1986年)
- 『天皇を戴く商人國家』(地球社、1989年)
- 『我々だけの自衞隊』(展転社、1991年)
- 『文學と政治主義』(地球社、1993年)
- 『夏目漱石〈上卷〉』(地球社、1995年)
- 『夏目漱石〈中卷〉』(地球社、1999年)
- (奥原唯弘との共著)『猪木正道の大敗北-ソ連を愛し続けた前防大校長の言論抑圧裁判の真相』(日新報道、1983年)

