松井勝法
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松井 勝法(まつい かつのりは、日本の漫画家。三重県いなべ市出身[1]。かつてのペンネームに松井かつのりとキユがある。
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[編集] 略歴
1997年、松井かつのり名義で『赤マルジャンプ』に掲載された「セピア」でデビュー[2]。同名義で1本の読切を発表後、ペンネームをキユに変更する[2]。
2000年に『週刊少年ジャンプ (WJ)』 誌上において『ロケットでつきぬけろ!』で連載デビューを果たすが、10週で打ち切りとなる。同作は奇想天外なストーリーと共にユニークな雑誌巻末コメントによって注目を集めた[2]。
2002年には『WJ』で「NUMBER10」の連載を開始するが、再び10週で連載が終了。『NUMBER10』の単行本において、次回作「邪道マサムネ」(読切「STRIPE」の焼き直し)の予告があったが、結局連載はされていない(実際の次回作は読切「ゲット☆ア☆ラック!」)。その後、栗原正尚(『怨み屋本舗』)のアシスタントなどをしながら、新連載の準備を始める[3]。
2006年、ペンネームをキユから本名に変更し、23号(11月1日発売号)より「ソムリエール」(原作:城アラキ、監修:堀賢一)を『ビジネスジャンプ』で連載開始。
同じく漫画家の河野慶と交流があり、ブログに頻繁にその名が登場する。
[編集] 人物
「ロケットでつきぬけろ」打ち切り間もない『週刊少年ジャンプ』2000年45号の巻末コメントでは武井からねぎらいの言葉を掛けられ、『重機人間ユンボル』ではワインボトルのラベルに「MATSUI-KATSUNORI」の表示が見られる[4]。また栗原からは漫画家としての力量だけでなく「真面目で礼儀正しくてユーモア溢れるさわやか好青年」と人格面でも高く評価されている[3]。
弟は地元三重のインディーズバンド「スプーン・タップ」のメンバーであった[1]。
[編集] 作品リスト
[編集] 松井かつのり 名義
- セピア(赤マルジャンプ 1997 WINTER)
- プラチナ -Hello! Fantastic Fomula-(赤マルジャンプ 1998 WINTER)
[編集] キユ 名義
- CandySprinter(赤マルジャンプ 1999 SPRING)
- ロケットでつきぬけろ!(週刊少年ジャンプ 2000年34 - 44号):全1巻
- STRIPE(週刊少年ジャンプ 2001年28号)
- NUMBER10(週刊少年ジャンプ 2002年25 - 34号):全1巻
- ゲット☆ア☆ラック!(赤マルジャンプ 2003 WINTER)
[編集] 松井勝法 名義
- ソムリエール(ビジネスジャンプ 2006年No.23 - 2011年No.21・22、グランドジャンプ公式サイトで継続予定):原作:城アラキ / 監修:堀賢一
- 心配怪盗 NO FACE(週刊ヤングジャンプ 2011年1号):原作:稲垣理一郎
[編集] 関連人物
- 河野慶
- 栗原正尚 - アシスタント従事[3]。
- しんがぎん - 急逝の際に、哀悼のコメントを残している[5]。
- 武井宏之 - アシスタント従事[6]。
- 冨樫義博 - アシスタント従事[7]。
- 尾田栄一郎 - アシスタント従事[8]。
- 山根和俊 - 山根の臨時アシスタントをしたことがある。
[編集] 脚注
- ^ a b 巻末コメント『週刊少年ジャンプ』(集英社)2001年28号
- ^ a b c まんがseek・日外アソシエーツ共著『漫画家人名事典』日外アソシエーツ、2003年2月25日初版発行、ISBN 4-8169-1760-8、127頁
- ^ a b c 栗原正尚 (2006年10月18日). “おめでとう松井勝法先生!”. 怨み屋本舗. 2009年4月25日閲覧。
- ^ 武井宏之「第一工程「生まれるユンボル」」『重機人間ユンボル』集英社〈ジャンプ・コミックス〉2007年5月7日初版発行、ISBN 978-4-08-874377-6、47頁
- ^ 巻末コメント『週刊少年ジャンプ』2002年28号 集英社
- ^ 巻末コメント『週刊少年ジャンプ』2000年45号 集英社
- ^ 巻末コメント『週刊少年ジャンプ』2000年42号 集英社
- ^ 巻末コメント『週刊少年ジャンプ』2000年46号 集英社
