東洋的専制主義

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東洋的専制主義(とうようてきせんせいしゅぎ、英:oriental despotism)とは近代ヨーロッパにおいて確立された社会構造及び政治形態の類型の一つ。アジア的専制主義(あじあてきせんせいしゅぎ)、あるいは英語オリエンタル・デスポティズムとも言う。

概要[編集]

ヨーロッパが先進的、アジアが後進的であるという世界認識を根底に形成された社会構造で神格化された専制君主による絶対的支配を特徴とし、中国の歴代王朝を始め古代オリエントインド、日本における律令制に至るまでアジア社会においては広く存在する社会構造であるとされている。もともとはアリストテレスが自著『政治学』において王制の一つの例として奴隷制を受容したアジアにおいて行われている法による支配を中心とした世襲制の王制を挙げた事に由来する物でギリシアに始まる古代民主制の対極的な概念として漠然と掲げられていただけであったが、18世紀になるとシャルル・ド・モンテスキューが『法の精神』において政体民主制君主制及び専制主義の三つに区分した際にこれについて言及し、専制主義下では国民は政治的にまったく無権利な状態であると指摘した上でこれを政治的奴隷制と呼んだ他、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルは『歴史哲学』において自由意識を軸とした原理の発展段階を叙述するものが世界史であるとした上で、自由意識が最初に芽生えたのは専制君主が唯一の自由人として現れたアジアでありそこに真の世界史の萌芽を見出せると指摘するなど次第に概念が確立され、更に19世紀に入るとヨーロッパ中心の世界認識に立ったアジア社会への理解の必要性が高まるに連れて重要な意味を持つようになった。だが、確固たる概念が確立されるのはカール・マルクスが『イギリスのインド支配』においてインドを素材としてこれを考察するに至ってからである。

マルクスによる東洋的専制主義の定義[編集]

やがてマルクスは『資本主義生産に先行する諸形態』において新たにこの東洋的専制主義について農業手工業が結合して自給自足的である労働主体が非自立的に共同体に埋没しており、土地所有は世襲的な物で共同体の総括的統一体である専制君主のみが唯一の所有者である社会構造であると定義した。この社会構造では剰余労働は貢納という形式をとり、専制君主の讃仰の為の共同労働として搾取される物であるとされ、マルクス自身はこの様な労働主体と専制君主の関係を総体的奴隷制と呼んだ。また専制の形態は一人の首長に代表される場合と家父長間の相互関係として代表される場合があるとされる。なお、マルクスはその後執筆した『経済学批判』や『資本論』においても同様の意味でこの概念を用いており、特に『資本論』においてはこの様な社会構造では労働主体と専制君主との関係は臣従関係以上に発展する事は無く、租税地代と等しい事から国家は最高の地主としての機能を持ち、主権は国家的規模で集中された土地の所有であるとも述べている。

参考資料[編集]

関連項目[編集]