東武伊勢崎線

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東武鉄道 伊勢崎線
東京スカイツリーをバックに走る100系「スペーシア」
東京スカイツリーをバックに走る100系「スペーシア」
路線総延長 114.5 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V(直流
特急「りょうもう」に使用される250系
特急「りょうもう」に使用される250系
東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線に乗り入れる50050系 (一ノ割付近)
東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線に乗り入れる50050系一ノ割付近)
区間急行や区間準急、普通に広く使用される10000系列(10030系)(西新井付近)
区間急行や区間準急、普通に広く使用される10000系列(10030系)西新井付近)

伊勢崎線(いせさきせん)は、東京都台東区浅草駅から群馬県伊勢崎市伊勢崎駅を結ぶ東武鉄道鉄道路線である。2012年3月17日より、浅草駅 - 東武動物公園駅間・押上駅 - 曳舟駅間には「東武スカイツリーライン」という愛称がつけられた[1][2]

概要[編集]

東武鉄道として最初に開業した北千住 - 久喜間を含む創業路線で、東京都区部東部の浅草駅から埼玉県東部を経て両毛地域を結ぶ。もともと同区間は日光街道の沿線であり、杉戸駅(現在の東武動物公園駅) - 東武日光駅間を結ぶ東武日光線の完成後は日光線の一部区間としての機能も担っている。日光線や東上線とともに東武鉄道の基幹路線であり、関東地方における主要幹線の一つである。ラインカラーについては、東武スカイツリーライン区間が青、東武動物公園駅以西が赤となっており、各駅の駅名標には浅草駅 - 東武動物公園駅間がオレンジと青(;東武スカイツリーラインのラインカラー)、東武動物公園駅 - 伊勢崎駅間が赤と黒(;伊勢崎線ラインカラー)が使われている。なお、押上駅は東京地下鉄(東京メトロ)の管理駅のため、東武鉄道のラインカラーは駅番号のシンボルマークにとどまっている。

東京地下鉄(東京メトロ)日比谷線半蔵門線東京急行電鉄田園都市線との相互直通運転を行っている。

浅草 - 北千住間は隅田川に、北千住 - 東武動物公園間は国道4号(日光街道)にほぼ並行している。大正期の荒川放水路開削によって、北千住 - 西新井間は葛飾区小菅をかすめるルートに付け替えられた。浅草 - 北千住間は曲線半径の小さいカーブ区間が多いため優等列車でも速度規制がかかり、さらに浅草駅は基本的に6両編成(例外として1番線のみ8両編成、ただし曳舟方7・8号車はドアカット)以下の列車しか入線できないため、特に通勤輸送では列車本数や編成長が制限されてきた。しかし、2003年に半蔵門線との直通運転を開始し、2012年に東京スカイツリータウンが開業した事に伴い、この区間の重要性は向上している。

北千住 - 北越谷間はJR以外の日本の鉄道では最長の複々線区間が続き、緩急分離による高密度運転と優等列車の高速運転が可能である。また、沿線から北千住駅までを利用して、その先は他社線に乗り換えて東京都心部へ向かう乗客も多いため、同駅を境にした輸送量の段差が生じている。複々線区間で緩急双方にホームがあるのは西新井駅、草加駅、新越谷駅、越谷駅の4駅のみである。

北千住 - 館林間は関東平野の直中で直線区間が多く線路条件に恵まれている。一方、同区間を走行する列車の種別・行先・使用車種は多岐に亘りこれらが高頻度で運行されるため、ダイヤグラムには余裕時分が多めに盛られており、長距離列車の遅延やそれによる他列車への影響を極力防ぐダイヤとなっている。

西新井駅では大師線新越谷駅では東日本旅客鉄道(JR東日本)の武蔵野線春日部駅では野田線久喜駅ではJR東日本の宇都宮線東北本線)と接続する。東武動物公園駅は、東武日光線との分岐駅である。久喜駅は東京メトロ半蔵門線との相互直通乗り入れ区間の終端となる。南栗橋駅(日光線)は、東京メトロ日比谷線との相互直通乗り入れ区間の終端であり、かつ、東京メトロ半蔵門線との相互直通乗り入れ区間の終端ともなっている。かつての浅草駅発着の準急は館林以北・新栃木駅以北着発の長距離列車が多数存在していたが、2006年3月以降、浅草駅・半蔵門線方面からそれらの駅まで直通するのは特急、快速・区間快速(新栃木方面発着)、ラッシュ時の区間急行、土休日の区間準急(館林方面発着)等のみとなったため、日中を中心に久喜駅や南栗橋駅での乗り継ぎが必要となる場合が多い。

久喜 - 太田間では国道122号にほぼ並行している。羽生駅では秩父鉄道秩父本線と、館林駅では佐野線小泉線と、太田駅では桐生線・小泉線と、そして伊勢崎駅JR両毛線と接続する。館林 - 伊勢崎間は単線区間となっているが、東武和泉駅をのぞく各駅で上下列車の交換が可能となっている。また、この単線区間では簡易委託駅が存在し、太田 - 伊勢崎間で導入されたワンマン運転と共に合理化施策が実施されている。

館林 - 太田間においては、1994年10月に沿線自治体が「東武鉄道複線化促進期成同盟会」を結成し、毎年複線化の要望を行ってきた。2006年9月に東武鉄道は上毛新聞の取材に対して、10年間で3割近く利用者が減少しており、複線化は実現の見通しがないことを明らかにした。また、同区間では小泉線経由の方が距離が短いが(伊勢崎線経由は20.1km、小泉線経由の実キロは16.2km)、両駅間を結ぶ直通列車の運行は伊勢崎線経由に限られ、営業キロ数も伊勢崎線に合わせる形で小泉線が割増されている。

1962年5月31日には、北千住駅から東京メトロ日比谷線との相互直通運転を開始した。2003年3月19日には曳舟駅から分岐して押上駅までの連絡線が完成し、東京メトロ半蔵門線との相互直通運転を開始した。連絡線は正式には伊勢崎線業平橋(現・とうきょうスカイツリー) - 曳舟間の別線(伊勢崎線の複々線部分)という扱いで建設され、とうきょうスカイツリー駅と押上駅は運賃計算上同一駅の扱いとなっている。

日比谷線・半蔵門線の2ルートによる地下鉄との相互直通運転が開始され、2006年3月18日からは半蔵門線直通列車が大増発された。その結果、現在では、北千住 - 東武動物公園間の運行本数の80%強が浅草駅に向かわない地下鉄直通列車で占められるまでになった。東向島 - 牛田間の各駅は半蔵門線に直通するすべての列車が通過するため、浅草 - 北千住間を折り返し運転する各駅停車(同区間を各駅に停車する区間急行・区間準急を含む)が曳舟で半蔵門線直通列車に接続することで半蔵門線方面への利便性を保っている。

参考 浅草駅伊勢崎線平日下り時刻表 北千住駅伊勢崎線平日下り時刻表

路線データ[編集]

  • 路線距離:114.5km
    • 旧国鉄・JRおよびこれらから継承された第三セクター鉄道をのぞけば一路線の営業キロとして日本最長。これに近鉄大阪線の108.9kmが続いており、全線が複線以上の路線としては近鉄大阪線が最長となる。
  • 軌間:1067mm
  • 複線区間(合計54.4km):
    • 浅草 - とうきょうスカイツリー間
    • 曳舟 - 北千住間
    • 北越谷 - 館林間
  • 複々線区間(合計20.2km):
    • とうきょうスカイツリー(押上) - 曳舟間 (1.3km)
      • 押上 - 曳舟間はとうきょうスカイツリー - 曳舟間の線増扱いで建設された(京王新線と同じ)
    • 北千住 - 北越谷間 (18.9km)
      • JR以外の日本の鉄道路線では最長の複々線区間。内側が緩行線、外側が急行線(区間準急以上の種別)として運用されている。
  • 単線区間:館林 - 伊勢崎間 (39.9km)
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 保安装置:TSP(東武形ATS
  • 最高速度:120km/h(100系使用の特急。200系・300系は110km/h)、105km/h(快速・区間快速)、100km/h(浅草 - 館林間は2003年3月19日、館林 - 伊勢崎間は2006年3月18日以降。現在の種別では急行以下が該当)
  • 最長編成及びホーム有効長(20m車)
    • 10両:押上・曳舟(1 - 4番線) - 北千住(1階ホーム1 - 4番線)間・西新井・草加・新越谷 - 館林(2・5番線)間(東向島 - 牛田間は半蔵門線直通車は通過のため通常ダイヤでは8両編成まで、春日部は1 - 4番線)
    • 8両:浅草(1番線)・とうきょうスカイツリー・北千住(3階ホーム5 - 7番線・18m車)・小菅 - 梅島間・竹ノ塚 - 谷塚間・松原団地 - 蒲生間
    • 6両:浅草(2 - 5番線)・北千住(特急専用ホーム)・春日部(7・8番線:野田線ホーム)・館林(3番線) - 伊勢崎間(太田は1 - 4番線、太田 - 伊勢崎間はワンマン運転のため、特急りょうもう以外は800系よる3両編成で運転)
    • 4両:館林(1番線:佐野線ホーム、以前は4両編成での運転であったが、現在は3両編成で運転)
    • 3両:太田(7 - 10番線:ワンマン運転ホーム)
    • 2両:曳舟(5番線:亀戸線ホーム)・西新井(1・2番線:大師線ホーム)・館林(4番線:小泉線ホーム)・太田(5・6番線:桐生線、小泉線ホーム)

ちなみに、1990年から2003年までとうきょうスカイツリー駅(当時は業平橋駅)にあった地上ホーム(3 - 5番線)は10両対応だった。このホームの跡地に東京スカイツリーが建設された。

歴史[編集]

明治[編集]

当路線は1899年(明治32年)に北千住 - 久喜間を開業したことに端を発する。開業当初は、2時間間隔で1日7往復の旅客・貨物混合列車の運転だった。その後も北へ路線を延伸し、1903年(明治36年)に利根川の南岸に位置していた川俣駅(足利町駅への延伸により北岸に移転)まで開業したが、この当時、東武鉄道は経営難に陥っていた。その後、1905年(昭和38年)に根津嘉一郎が東武鉄道の社長に就任した後は、彼の経営手腕によって利根川を架橋することが断行され、1907年(明治40年)に足利町駅(現・足利市駅)まで開業した。これ以降は貨物輸送によって経営難から逃れ、1910年(明治43年)に伊勢崎駅までの全線開業に辿り着いた。

一方で都心側のターミナル駅選定には難航し、1902年(明治35年)に吾妻橋駅(現・とうきょうスカイツリー駅)へ延伸したものの、亀戸線が開業し、総武鉄道両国橋駅(現・両国駅)への乗り入れを果たした1904年(明治37年)に曳舟 - 吾妻橋間を廃止した。これによって一時は両国橋駅がターミナル駅となったが、1907年(明治40年)に総武鉄道が国有化されると状況は急変し、東武鉄道は自社のターミナル駅を保有することを迫られた。そこで、廃止していた曳舟 - 吾妻橋間を1908年(明治41年)に再開業し、1910年(明治43年)に吾妻橋駅を浅草駅に改称した。これが、伊勢崎線の駅で初めての駅名改称となる。

  • 1899年明治32年)
    • 8月27日 北千住 - 久喜間開業。開業時の途中駅は西新井駅、草加駅、越ヶ谷駅(現・北越谷駅)、粕壁駅(現・春日部駅)、杉戸駅(現・東武動物公園駅)[3]
    • 12月20日 蒲生駅、新田駅、武里駅、和戸駅開業[4]
  • 1900年(明治33年)3月21日 竹ノ塚駅開業[5]
  • 1902年(明治35年)
    • 4月1日 吾妻橋(現・とうきょうスカイツリー) - 北千住間開業[6]
    • 9月6日 久喜 - 加須間開業[7]
  • 1903年(明治36年)
    • 4月23日 加須 - 川俣間開業[8]。当時の川俣駅は利根川南岸にあった。
    • 9月13日 須影駅(現・南羽生駅)開業[9]
  • 1904年(明治37年)4月5日 曳舟 - 亀戸間(現亀戸線)開業により、総武鉄道(現・JR総武本線)両国橋駅(現・両国駅)まで直通運転開始。吾妻橋 - 曳舟間廃止。
  • 1905年(明治38年)7月16日 白鬚駅(現・東向島駅)、堀切駅休止。
  • 1907年(明治40年)8月27日 川俣 - 足利町(現・足利市)間開業、川俣駅移転。
  • 1908年(明治41年)
  • 1909年(明治42年)2月17日 足利町 - 太田間開業。
  • 1910年(明治43年)
    • 3月1日 吾妻橋駅を浅草駅に改称。
    • 3月27日 太田 - 新伊勢崎間開業。浅草(現・とうきょうスカイツリー) - 曳舟間旅客営業開始。総武本線亀戸 - 両国橋間への乗り入れ廃止。
    • 7月13日 新伊勢崎 - 伊勢崎間開業(伊勢崎線全通)。
  • 1912年(明治45年)
    • 2月13日 浅草 - 鐘ヶ淵間複線化。
    • 7月3日 北千住 - 西新井間複線化。

大正[編集]

大正に入ると、輸送量の増加により都心側の随所で複線化、および電化が行われるようになった。1912年(明治45年)に浅草 - 鐘ヶ淵間が複線化されたのを皮切りに、1920年(大正9年)には東京市内の全区間が、1922年(大正11年)には北千住 - 久喜間が複線化された。また、1924年(大正13年)に浅草 - 西新井間が電化されたことを機に、東武鉄道初の電車としてデハ1形が製造、運行された。

1923年(大正12年)には荒川放水路の工事により、鐘ヶ淵 - 西新井間の線形が変更された。この線形変更に際し、北千住 - 西新井間は開業当初のルートよりも北方に線形を取り、北千住 - 小菅間で荒川を架橋することとなった。堀切 - 鐘ヶ淵間は直線になって区間距離が短縮されたものの、両駅の構内で急カーブを生じるようになった。なお、鐘ヶ淵付近の旧線は荒川放水路の中となっているため痕跡は残っていないが、西新井駅付近は西新井工場の構内線路に流用され、小菅付近 - 西新井の旧線は大部分が道路に転用された。そのため、梅島駅の南方(梅田六丁目付近)には「東武鉄道旧線路跡」の碑がある。

  • 1912年(大正元年)12月18日 鐘ヶ淵 - 北千住間複線化。
  • 1918年(大正7年)3月27日 全線を軽便鉄道法による軽便鉄道に指定[10]
  • 1919年(大正8年)11月20日 越ヶ谷駅を武州大沢駅に改称[11]
  • 1920年(大正9年)
  • 1921年(大正10年)
    • 4月16日 武里 - 杉戸間複線化。
    • 10月20日 草加 - 越ヶ谷(現・越谷)間、武州大沢(現・北越谷) - 武里間複線化。
  • 1922年(大正11年)5月1日 越ヶ谷 - 武州大沢間複線化。
  • 1923年(大正12年)7月1日 荒川放水路開削により鐘ヶ淵 - 西新井間でルートを変更[13]。それまでは鐘ヶ淵 - 牛田間は現ルートより東側を、北千住 - 西新井間は現ルートより西側を通っていた。
  • 1924年(大正13年)
    • 8月25日 足利町駅を足利市駅に改称[14]
    • 10月1日 浅草 - 西新井間電化。白鬚駅が玉ノ井駅(現・東向島駅)として再開業。堀切駅、千住駅(後の中千住駅)、小菅駅、五反野駅、梅島駅開業。
  • 1925年(大正14年)
    • 7月20日 野州山辺駅開業。
    • 10月1日 西新井 - 越ヶ谷間電化。谷塚駅開業。
    • 11月10日 新田駅開業。
  • 1926年(大正15年)
    • 6月6日 川俣 - 館林間複線化。
    • 10月1日 越ヶ谷 - 粕壁(現・春日部)間電化。大袋駅、一ノ割駅開業[15]
    • 12月16日 粕壁 - 久喜間電化。

昭和[編集]

昭和に入ると、当時としては東京一の繁華街であった浅草への乗り入れで京成押上線と競合し、京成電気軌道(現・京成電鉄)と激しく争った。その結果、京成は1928年京成電車疑獄事件が起きて乗り入れを断念し、当路線が1931年(昭和6年)に浅草雷門駅(現・浅草駅)への乗り入れを果たした。

しかし、戦後の復興によって都市機能の拠点が山手線上に分布していくと、山手線と接続しない当路線は沿線開発で不利な状況に追い込まれた。1955年(昭和30年)頃には北千住から新橋東京八重洲を結ぶ地下鉄道建設を運輸省(現・国土交通省)へ数回に渡って出願した。だが、それらの出願はすべて却下され、東京都を走る大手私鉄の基幹路線でありながら、当路線は唯一山手線に接続できなかった。

そのような中で、当路線は1962年(昭和37年)に北千住駅を介して営団地下鉄日比谷線(現・東京メトロ日比谷線)との直通運転を開始した。東京の地下鉄と郊外電車で直通運転を開始したのは、京成押上線・都営地下鉄浅草線の直通運転に次いで2例目であった。日比谷線との直通運転により北千住 - 浅草間の利用客が激減し、一時的な減収は避けられなかったものの、それを上回る勢いで沿線開発が進み、利用客が瞬く間に増加していった。マンモス団地と謳われた草加松原団地武里団地などの入居が開始されたのも、当路線が日比谷線との直通運転を果たした直後である。1966年(昭和41年)には乗り入れ区間が北春日部駅まで延長され、日比谷線直通列車が6両編成になった。さらに1981年(昭和56年)には東武動物公園駅まで延長され、同年に開園した東武動物公園の宣伝にも一役買った。

沿線開発が進むにつれてラッシュ時は激しく混雑するようになり、特に北千住駅では準急列車と日比谷線との乗換客の列でホームが埋め尽くされる事もあった。1969年(昭和44年)度の秋季交通量調査では、朝ラッシュの最混雑区間である小菅 → 北千住間の混雑率は248%を記録し、当該年度では大手私鉄の路線で最高値を計上した[16]。輸送量を増強すべく、1971年(昭和46年)には日比谷線直通列車が8両編成になり、1972年(昭和47年)には地上車の8両編成が営業運転を開始したものの、これ以上の長編成化は浅草駅の制約により困難であった。当時の朝ラッシュ時の上りダイヤはせんげん台駅から北千住駅が平行ダイヤで、増発の余地もなかった。10両編成の列車が営業運転を開始したのは1986年(昭和61年)であり、これは東武鉄道の主要幹線の一つである東上本線と比較しても10年ほど遅い時期である。

そこで運転本数の増加に努めるべく、1974年(昭和49年)に関東私鉄初の複々線が北千住 - 竹ノ塚間で竣工し、供用を開始した。同区間ではラッシュ時の本数が大幅に増加しただけでなく、準急のスピードアップにも貢献した。複々線は1988年(昭和63年)に草加駅まで延ばされ、その際のダイヤ改正で日中の準急が毎時6本に増発された。

  • 1927年昭和2年)
    • 4月1日 久喜 - 羽生間複線化。久喜 - 館林間電化。花崎駅、須影駅(再開業)、茂林寺前駅開業。
    • 9月1日 姫宮駅開業。
    • 10月1日 館林 - 伊勢崎間電化、全線(浅草 - 伊勢崎間)電化完成。細谷駅、世良田駅開業。
  • 1928年(昭和3年)5月1日 県駅開業。
  • 1930年(昭和5年)2月28日 千住駅を中千住駅に改称。
  • 1931年(昭和6年)
    • 3月13日 草加荷扱所(草加 - 新田間)開業。
    • 5月25日 浅草雷門(現・浅草) - 業平橋(現・とうきょうスカイツリー)間開業[17]。同時に浅草駅を業平橋駅に改称。
    • 6月1日 請地駅(業平橋 - 曳舟間)開業。
  • 1932年(昭和7年)
    • 4月17日 競馬場前駅(臨時駅、野州山辺 - 韮川間)開業。
    • 9月1日 牛田駅開業。
    • 10月25日 韮川駅開業。
  • 1935年(昭和10年)
  • 1937年(昭和12年)4月1日 中野駅を多々良駅に改称。
  • 1939年(昭和14年)2月1日 競馬場前駅廃止。
  • 1943年(昭和18年)12月31日 隅田公園駅(浅草雷門 - 業平橋間)休止。
  • 1945年(昭和20年)
    • 4月15日 中千住駅休止。
    • 5月20日 玉ノ井駅休止。
    • 10月1日 浅草雷門駅を浅草駅に改称。
  • 1946年(昭和21年)9月11日 請地駅休止。
  • 1949年(昭和24年)
    • 9月1日 粕壁駅を春日部駅に改称。
    • 10月1日 玉ノ井駅営業再開。
    • 10月20日 休止中の請地駅廃止。
  • 1953年(昭和28年)4月1日 中千住駅(牛田 - 北千住間)を廃止し中千住信号所とする。
  • 1955年(昭和30年)1月1日 鷲ノ宮駅を鷲宮駅に改称。
  • 1956年(昭和31年)12月1日 越ヶ谷駅を越谷駅に、武州大沢駅を北越谷駅に改称。
  • 1958年(昭和33年)10月22日 休止中の隅田公園駅廃止認可。
  • 1962年(昭和37年)
    • 3月23日 中千住信号所を廃止し千住分岐点とする。
    • 5月31日 北越谷駅から営団(現・東京メトロ)日比谷線人形町駅までの相互直通運転開始。
    • 12月1日 松原団地駅開業。
  • 1963年(昭和38年)2月28日 営団日比谷線との相互直通運転区間を東銀座駅まで延長。
  • 1964年(昭和39年)8月29日 営団日比谷線との相互直通運転区間を中目黒駅まで延長。
  • 1966年(昭和41年)9月1日 北春日部駅開業。同時に営団日比谷線との相互直通運転区間を同駅まで延長し、日比谷線直通列車を6両編成化。
  • 1967年(昭和42年)
    • 2月22日 曳舟 - 鐘ヶ淵間高架化。
    • 4月15日 せんげん台駅開業。
  • 1968年(昭和43年)
    • 3月30日 五反野 - 梅島間高架化。
    • 9月1日 須影駅を南羽生駅に改称。
  • 1971年(昭和46年)5月31日 日比谷線直通列車を8両編成化。
  • 1972年(昭和47年)12月18日 地上車の8両編成運転開始。
  • 1973年(昭和48年)4月10日 草加荷扱所廃止。
  • 1974年(昭和49年)
    • 7月2日 北千住 - 竹ノ塚間複々線化。この区間が関東私鉄初の複々線となる。
    • 7月23日 新越谷駅開業。
  • 1979年(昭和54年)
    • 8月30日 竹ノ塚 - 谷塚間の一部区間高架化。
    • 10月31日 ダイヤ改正を実施。
  • 1980年(昭和55年)
    • 7月23日 東武和泉 - 韮川間高架化。
    • 8月5日 ダイヤ改正を実施。
  • 1981年(昭和56年)3月16日 杉戸駅を東武動物公園駅に改称。ダイヤ改正を実施し、営団日比谷線との相互直通運転区間を同駅まで延長。
  • 1986年(昭和61年)8月26日 ダイヤ改正を実施し、曳舟 - 東武動物公園間で朝ラッシュ時に上り準急列車の10両編成運転開始。下りはホーム未延伸の関係で回送の措置がとられる。
  • 1987年(昭和62年)
    • 5月1日 千住線 千住分岐点 - 千住間廃止。
    • 7月21日 ダイヤ改正を実施。
    • 12月21日 玉ノ井駅を東向島駅に改称。
  • 1988年(昭和63年)
    • 8月9日 竹ノ塚 - 草加間複々線化。ダイヤ改正を以下の内容で実施。
      • 日中の準急を毎時4本から毎時6本に増発。
      • 日中に毎時4本運転していた浅草発着の普通を毎時2本に減便。
      • 日中の日比谷線直通列車が毎時4本から毎時6本に増発。
    • 11月21日 浅草う回乗車制度を導入。
    • 12月1日 草加 - 綾瀬川(新田 - 蒲生間の橋梁)間高架化。草加市内の全踏切を除却。

平成[編集]

平成に入ると輸送人員が減少傾向に入ったが、ラッシュ時の北千住駅は乗換客により混雑を極め、依然として危険な状態が続いていた。そこで北千住駅での乗換客を減らすべく、1988年(昭和63年)に浅草う回制度が、1990年(平成2年)に押上う回乗車制度が導入された。これにより、北千住駅を経由する定期券を所持していれば、浅草駅・業平橋駅を経由しても都心に行き来できるようになった。

たが、それだけで対応しきれるようなものではなく、更なる輸送力の増加と北千住駅の抜本的改造が求められた。これが一段落したのが1997年(平成9年)であり、北千住駅の立体化と越谷駅までの複々線化が完工し、私鉄最長の複々線を持つ路線となった。複々線は2001年(平成13年)に北越谷駅まで延ばされ、その距離は18.9kmに及ぶ。これらの事業は特定都市鉄道整備事業計画に認定されたもので、総事業費は840億円であった。複々線が完成した2001年のダイヤ改正では、朝ラッシュ時における竹ノ塚 - 北千住間の上り列車で毎時45本が運行されるようになった。これは、私鉄一路線が一時間で運行される本数では最大であった。

また、2003年(平成15年)には押上駅を介して営団地下鉄半蔵門線(現・東京メトロ半蔵門線)・東急田園都市線との直通運転を開始し、10両編成の優等列車が初めて都心へ直通するようになった。この直通運転に際して曳舟 - 押上間が新規に建設されたが、正式には曳舟 - 業平橋(現・とうきょうスカイツリー)間の複々線化として扱われており、押上駅は業平橋駅と同一駅扱いとしてみなされるようになった。この事業も特定都市鉄道整備事業計画に認定されたもので、総事業費は843億円であった。それまで当路線は浅草駅の制約により編成長が制限され、輸送力は本数を増加することで賄っていたが、ここに来て初めて安定した輸送力を手に入れることができた。しかし、直通開始時は浅草駅発着の準急を基本とした旧来からのダイヤを受け継いだため、半蔵門線直通列車は少数に抑えられた。

そして、2006年(平成18年)のダイヤ改正は種別名変更が伴うほどの大規模な白紙改正となり、半蔵門線直通列車が終日に渡って増発され、ラッシュ時の輸送力も増強された。代わりに、日中の浅草駅発着の準急が廃止され、太田 - 伊勢崎間の普通列車が終日3両編成のワンマン運転になるなど、運行系統が主要駅で分断されるようになった。

しばらく大きな動きはなかったが、2013年(平成25年)のダイヤ改正で再び転機が訪れた。東急東横線東京メトロ副都心線が直通運転を開始したことに伴い、東横線と日比谷線の直通運転が廃止された。日比谷線の車両運用に余裕が生じることになっため、日比谷線との相互直通区間が日光線南栗橋まで延長された。輸送人員や混雑率もピーク時と比較すると落ち着いてきたため、朝ラッシュ時に行っていた増解結を廃止し、運転本数も最大で毎時40本に減便された。そのため伊勢崎線の車両にも余裕が生じ、10000系の一部車両が野田線に転用された。また、太田 - 伊勢崎間で運用されていた3両のワンマン編成が、館林まで直通するようになり、太田駅を直通する普通列車が復活した。一方、この普通列車と接続する昼間の浅草方面からの普通・区間急行・区間準急列車が館林止まりとなったため、全線を直通する普通列車は依然として存在しない。

  • 1990年平成2年)9月25日 業平橋駅地上ホーム運用開始。押上う回乗車制度を導入。ダイヤ改正により、朝ラッシュ時運転の上り準急列車の10両編成運転区間を業平橋 - 曳舟間と東武動物公園 - 館林間に拡大。下りは回送の措置が継続される。
  • 1991年(平成3年)
    • 浅草駅に当路線内で初めて発車メロディが導入。曲名は「Passenger」。
    • 12月9日 ダイヤ改正を実施し、終電車を延長。
  • 1992年(平成4年)9月21日 羽生 - 川俣間複線化。これにより、浅草 - 館林間がすべて複線化。ダイヤ改正により、羽生折り返しの準急がすべて館林折り返しとなる。
  • 1994年(平成6年)
    • 8月2日 土曜日の8両・10両編成を6両編成に短縮(当時、土曜日は平日ダイヤで運行)。
    • 11月2日 綾瀬川 - 元荒川間(越谷 - 北越谷間の橋梁)高架化。
  • 1995年(平成7年)2月16日 ダイヤ改正を実施。
  • 1996年(平成8年)7月23日 北千住駅の日比谷線ホームが高架化。ダイヤ改正を実施。
  • 1997年(平成9年)
    • 3月25日 草加 - 越谷間複々線化[18]。北千住駅が4面7線に立体化される[18]。ダイヤ改正を以下の内容で実施[18]
      • 準急が新越谷駅に停車[18]
      • 区間準急を新設[18]
      • 日中の浅草発着の普通を廃止。
      • 日中の日比谷線直通列車が毎時8本に増発。
      • 北春日部 - 大袋間の上り初電を約7分繰り上げて、北春日部5:00発とする。
      • 業平橋 - 館林間で下り準急列車と区間準急列車の10両編成運転開始。同時に夕ラッシュ時の運転開始。
      • 土曜日を平日ダイヤから日曜日・休日ダイヤへ変更[18]
    • 3月31日 浅草う回乗車制度・押上う回乗車制度を廃止。
  • 1999年(平成11年)3月16日 ダイヤ改正を実施[19]。りょうもう号の最高速度が110km/hに向上し、種別を特急に変更[19]
  • 2001年(平成13年)3月28日 越谷 - 北越谷間高架複々線化[20]。ダイヤ改正を実施し、10両編成の運転を日中時間帯や土休日に拡大。
  • 2003年(平成15年)3月19日 押上 - 曳舟間開業(正式な扱いは業平橋 - 曳舟間の複々線化完成)[21]。ダイヤ改正を以下の内容で実施。
    • 日光線南栗橋駅から営団(現・東京メトロ)半蔵門線・東急田園都市線中央林間駅までの相互直通運転開始。
    • 通勤準急を新設。
    • 区間準急は曳舟 - 北千住間が通過となり、半蔵門線直通の種別に変更される。ただし深夜に設定された浅草発に限り、この区間の各駅に停車する。
    • 準急Aが廃止され、一般列車が東武動物公園以北各駅停車で統一される。
    • 日中の日比谷線直通列車が毎時6本に減便。
    • 業平橋発着列車が廃止。
    • 5000系が館林以南から撤退、浅草 - 館林間での通勤型車両による列車の最高速度が従来の95km/hから100km/hに向上。
  • 2005年(平成17年)5月9日 女性専用車両を館林 - 押上間で導入。
  • 2006年(平成18年)3月18日 ダイヤ改正を以下の内容で実施[22]。運転系統や種別体系が大きく変化した。
    • 東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線との相互直通運転区間を久喜駅まで延長[22]
    • 種別名を変更。浅草発着は、有料の急行が特急に、準急が区間急行になる。半蔵門線直通は、通勤準急が急行に、区間準急が準急になる[22]
    • すべての区間準急が浅草 - 北千住間の各駅に停車するようになり、浅草発着の種別に変更される[22]
    • 区間快速を新設。日中の快速が区間快速に格下げ[22]
    • 日中の半蔵門線直通列車が毎時3本から毎時6本に増発[22]
    • 日中の浅草発着の普通が復活。
    • 日中の浅草発着の普通・区間準急がすべて曳舟駅で急行に接続するようになる。
    • 日中の久喜駅での分断ダイヤを開始。一般列車で同駅を跨ぐ際には対面乗り換えとなる[22]
    • 太田 - 伊勢崎間の普通列車でワンマン運転を開始し、3両編成に短縮。これに伴い、1日1往復の特急「りょうもう」をのぞき浅草 - 伊勢崎間直通列車が消滅。
    • 館林 - 伊勢崎間において5000系完全撤退、全線での通勤車最高速度100km/h化。
    • 東武動物公園 - 館林間の下り終電を約32分繰り下げて、浅草23:02発とする[22]
  • 2009年(平成21年)6月6日 ダイヤ改正を実施[23]。北越谷 - 北春日部間の土休日の下り最終準急列車を約20分繰り下げて、押上駅0:12発とする。一般列車の4両編成運用が廃止。
  • 2010年(平成22年)
    • 1月 8000系通勤型車両が太田以南のツーマン運転列車[24]から撤退[25]
    • 3月17日 西新井駅に当路線内の中間駅で初めて発車メロディを導入。
  • 2011年(平成23年)
    • 3月11日 東北地方太平洋沖地震東日本大震災)発生。地震発生以降、東京メトロ日比谷線・東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線・野岩鉄道会津鬼怒川線・会津鉄道会津線との相互直通運転および特急列車を含む、すべての列車が運休。
    • 3月12日 8:50頃に全線で運転再開。
    • 3月14日 東北地方太平洋沖地震による発電所の停止に伴う電力供給逼迫のため、東京電力輪番停電(計画停電)を実施。これに伴い、この日から曳舟 - 押上間で運休し、東京メトロ日比谷線・東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線・野岩鉄道会津鬼怒川線・会津鉄道会津線との相互直通運転および特急の運転が休止。
    • 3月20日 野岩鉄道会津鬼怒川線・会津鉄道会津線との相互直通運転が再開。
    • 3月22日 特急スペーシア「きぬ」の運転が再開。
    • 3月28日 東京メトロ日比谷線との相互直通運転が再開。
    • 4月2日 曳舟 - 押上間で運転再開し、東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線との相互直通運転が再開される。特急「りょうもう」の運転が再開される。
    • 4月11日 東北地方太平洋沖地震の余震とみられる巨大地震が発生したため、曳舟 - 押上間で運休し、東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線・野岩鉄道会津鬼怒川線・会津鉄道会津線との相互直通運転および特急の運転を休止。
  • 2012年(平成24年)
    • 3月17日 業平橋駅をとうきょうスカイツリー駅に改称。同時に、浅草・押上 - 東武動物公園間に「東武スカイツリーライン」の路線愛称を付け、伊勢崎線を含む全路線全駅に駅ナンバリングを導入[1]。ダイヤ改正を実施し、一部の特急がとうきょうスカイツリー駅に停車するようになる。
    • 5月22日 押上駅に「スカイツリー前」の副駅名を導入[26]
  • 2013年(平成25年)
    • 3月16日 ダイヤ改正を以下の内容で実施。
      • 快速・区間快速がとうきょうスカイツリー駅に停車。
      • 館林 - 太田間の一部列車でワンマン運転を開始。
      • 朝ラッシュ時の区間急行を8両編成に短縮。これに伴い、館林・北千住での増解結作業と久喜 - 館林間の10両編成運用廃止。
      • 日中の浅草 - 久喜間の区間準急を浅草 - 竹ノ塚間の普通に格下げ。
      • 夕ラッシュ時の日光線方面の区間急行を浅草 - 東武動物公園間の区間準急に格下げ。
      • 土休日の浅草 - 北千住間の下り終電を約14分繰り上げて、浅草0:09発とする。
      • 東京メトロ日比谷線との相互直通運転区間を、日光線南栗橋駅まで延長。
    • 3月26日 浅草 - 館林間の全駅に発車メロディを導入。
    • 10月19日 新伊勢崎 - 伊勢崎間高架化。

運行概況[編集]

当線は東京都埼玉県栃木県群馬県を結ぶ路線である。運転時間帯は5時00分 - 翌1時16分[27]

運行本数[編集]

日中1時間あたりの運行本数は以下のようになっている(2013年3月16日現在)。

日中の運行パターン
種別\駅名 浅草 押上 北千住 竹ノ塚 東武動物公園 久喜 館林 太田 伊勢崎
運行範囲 特急 1-2本 →鬼怒川温泉
1-2本 →赤城
区間快速 0-1本 →東武日光・会津田島
急行 中央林間← 4本
中央林間← 2本 →南栗橋
普通 3本
3本
中目黒← 4本
中目黒← 2本 →南栗橋
3本
1本
1本

列車種別[編集]

特急[編集]

特急専用車両を使用し、特別料金を徴収する座席指定制列車として運行される。以下の列車がある。詳細は各記事を参照。

このうち、特急「りょうもう」については主な運行区間が浅草 - 太田 - 桐生線赤城間であり、浅草 - 伊勢崎間全線を運行する列車もある。特急「スカイツリートレイン」は上り1本のみ太田駅から発車し、その他は野田線(上り1本のみ)・日光線鬼怒川線に直通する。その他の列車は、運行系統としては日光線・鬼怒川線・宇都宮線に直通する列車である。

快速・区間快速[編集]

快速・区間快速日光線鬼怒川線野岩鉄道会津鬼怒川線会津鉄道会津線を経由して、栃木県東武日光駅および福島県会津田島駅に至る長距離列車である。シンボルカラーは、快速が青、区間快速が水色。伊勢崎線内の停車駅は急行列車より少ない[28]。詳細は「東武日光線快速・区間快速」を参照のこと。

後述の同じ「区間」のつく「区間急行」と「区間準急」は浅草 - 北千住間は各駅に停車するが、「区間快速」は浅草駅、とうきょうスカイツリー駅と北千住駅しか停車しない。当初は2012年3月17日に業平橋駅から改称したとうきょうスカイツリー駅にも同日から一部の特急が停車していたが区間快速は通過していた。2013年3月16日より停車駅となったが、日中の運転本数が1時間に1本のところ2時間に1本まで削減された。

急行[編集]

急行久喜駅・日光線南栗橋駅発着で、押上駅より東京メトロ半蔵門線に乗り入れ、渋谷駅を経由して東急田園都市線中央林間駅(一部長津田駅)まで運行される列車である。曳舟 - 東武動物公園間は主要駅のみ停車して速達輸送の役割を担う。

路線図上のシンボルカラーは濃ピンク。東急5000系の字幕車・フルカラーLED搭載車は赤色地に白文字で急行、東武30000系及び50050系(3色LED搭載車)は赤色地に黒抜き文字で急行、東急8500系の3色LED搭載車は無点灯地に赤文字で急行、東京メトロ8000系及び08系(3色LED搭載車)は緑枠の無点灯地に赤文字で急行と表記される。

当種別は2003年3月19日の半蔵門線直通開始と同時に通勤準急として運行開始した。しかし、平日は朝に上り4本・夕方に下り19本、土休日は上り1本・下り2本のみの設定だった。2006年3月18日ダイヤ改正からは現行の急行に名称が変更された上でほぼ終日運行されるようになった。なお、それまでの別途料金が必要な急行(「しもつけ」「きりふり」・「ゆのさと」など)は特急に種別変更された。

全列車が10両編成で終日約10分間隔で運行されている。日中は久喜発着が毎時4本、南栗橋発着が毎時2本運行され、草加駅せんげん台駅緩急接続を行う。夕方・深夜の一部の下り急行は、春日部駅で緩急接続を行う定期列車もある。また、ダイヤの乱れが発生した場合は、西新井駅新越谷駅越谷駅で緩急接続を行う場合もある。朝と夜には東武動物公園発着も数本設定されている。2006年3月18日から2013年3月15日まで日中は久喜・南栗橋発着が毎時3本ずつ交互に運行されていたが、後述する日比谷線直通区間が南栗橋まで延長されたことや、日中に毎時3本ずつ設定されていた久喜発着の区間準急列車の廃止に伴い現在の本数に変更された。2013年3月16日のダイヤ改正により、平日夜間の日光線方面の区間急行廃止に伴い運行時間帯が拡大された。

日中は1時間6本のうち4本が東急田園都市線 - 東京メトロ半蔵門線内各駅停車で運転され、残り2本(30分に1本)は中央林間駅まで全区間急行運転を行う。

2006年3月18日のダイヤ改正による半蔵門線直通列車の大増発で久喜駅および日光線の南栗橋駅での系統分割が強いられることとなった。このため、久喜駅では館林・太田方面の、南栗橋駅では新栃木方面の各駅停車列車に相互接続が考慮されている。また、北千住駅、曳舟駅では浅草発着列車との相互接続も考慮されている。なお、越谷駅では特急、快速、区間快速の通過待ちを行うことがある。

区間急行[編集]

区間急行は主に浅草・北千住 - 東武動物公園・館林・太田間、日光線南栗橋・新栃木間で運行される。北千住 - 東武動物公園間では主要駅のみ停車して速達輸送の役割を担い、その他の区間では各駅に停車する。中距離列車格の列車としての側面も有する。

路線図上のシンボルカラーは薄ピンクで、英文表記はSECTION EXPRESS。フルカラーLED搭載車は無点灯地に赤文字で区間急行、字幕車は赤色地に白文字で区間急行と表示される。

2013年3月16日現在、下り列車は浅草駅基準で平日が5 - 9・16 - 23時台、土休日が5 - 9・21 - 23時台、上り列車は東武動物公園駅基準で平日が5 - 9・22 - 23時台、土休日が5 - 9・23時台の運転となっている。基本的に6両編成であるが平日朝ラッシュ時の館林・南栗橋 - 浅草間、夕ラッシュ時に設定されている館林行きの一部列車では8両編成で運転される。なお、北千住発着も「区間急行」であり「急行」とはならない。

2006年3月17日までは準急として伊勢崎線・日光線・宇都宮線の全線で終日運転され、東武本線の無料優等列車として最も長い歴史があった。1936年当時の停車駅は、浅草雷門(現:浅草駅)・業平橋・請地(1949年廃止)・曳舟・玉ノ井(現:東向島駅)・北千住・西新井・草加・越ヶ谷(現:越谷駅)・粕壁(現:春日部駅)・杉戸(現:東武動物公園駅)以北の各駅であった。日比谷線との直通運転開始以降、浅草 - 北千住間の輸送力が激減したことに伴い、1963年から数回のダイヤ改正を経て、浅草 - 北千住間が全列車各駅停車となった。1967年4月15日にせんげん台駅が、1997年3月25日に新越谷駅が停車駅に加わった。2003年3月17日までは業平橋発着列車、2006年3月17日までは伊勢崎発着・東武宇都宮発着もあった。

しかし、2006年3月18日改正から現行の区間急行に名称が変更された上で運行本数・時間帯が削減された。区間急行となった後も2009年6月5日までは東武日光発着(および会津田島始発)の列車も存在していたが、いずれも館林・太田や新栃木の各駅で系統分割された。

準急時代の1986年8月26日から2013年3月15日までは館林・南栗橋 - 北千住・曳舟・業平橋(現:とうきょうスカイツリー)間を10両編成でも運転されており、その他の区間へ直通する場合は業平橋駅をのぞくそれぞれの駅で増解結作業を行っていた。2013年3月16日より朝ラッシュ時の10両編成が8両編成に変更となり、館林・南栗橋・北千住の各駅での増解結作業が廃止となり全車両浅草駅まで運行と変更された。

また、日光線の新栃木発着の区間急行は南栗橋 - 新栃木間の普通列車や浅草 -東武動物公園間の区間準急に置き換えられる形で大幅に削減され1日1往復のみとなった。残った1往復は6050系による運用(南栗橋車両管区新栃木出張所への入出庫を兼ねた運用で、早朝の新栃木始発・深夜の新栃木終電)となっており、10000系列や30000系による運用が廃止された。この他、平日の16時台の南栗橋始発1本、平日深夜の北春日部終着(本来は通過駅)1本が廃止され、土休日早朝の春日部始発1本は平日夜間に変更された。

平日朝の上りには地下鉄半蔵門線直通車両(30000系の直通対応車または50050系)が使用される列車が1本存在した[29]が、2013年3月16日より当該列車は急行となりこの運用は廃止された。

準急[編集]

準急は久喜駅・日光線南栗橋駅(一部北越谷駅・東武動物公園駅)発着で、押上駅より東京メトロ半蔵門線に乗り入れ、渋谷駅を経由して東急田園都市線の中央林間駅(一部鷺沼駅長津田駅)まで運行される列車である。東急田園都市線内では急行または各駅停車として運転され、逆に田園都市線において2013年3月現在平日朝に3本運行されている準急久喜行はいずれも伊勢崎線内急行として運転される。

シンボルカラーは緑で、英文表記はSEMI EXPRESSもしくはSEMI EXP.である。東急5000系のフルカラーLED搭載車及び字幕車は緑色地に白文字で準急、東京メトロ8000系・08系は緑枠の無点灯地に緑文字で準急、東急8500系・東武30000系及び50050系の3色LED表示は緑地に黒抜き文字で準急と表記される。

新越谷駅以南の停車駅は急行と同じで、同駅以北は各駅に停車する。通常10両編成で朝のラッシュ時と深夜に運行される。なお、平日上りの最終準急は半蔵門線に直通せず押上終着となる(押上で押上始発の半蔵門線列車に接続)。2003年3月19日の半蔵門線直通開始当初は区間準急として平日ラッシュ時以外に運行されていたが、2006年3月18日から現行の準急に名称が変更された上で朝と深夜のみの運行となった。かつては長津田 - 北越谷間で準急運転を行う下り列車があったが廃止となる。この当時、東急線内は上り(渋谷方面)かつ平日しか設定されなかった。その後、2014年6月21日のダイヤ改正で東急線の下り(中央林間方面)かつ土休日にも設定されたため、平日に東武動物公園 - 長津田間準急運転の上り列車が再設定される。

急行同様、曳舟駅で浅草方面発着列車との接続が考慮されている。越谷 - 東武動物公園間では準急は各駅に停車するが、区間急行はせんげん台駅と春日部駅のみに停車する。一方で区間急行が各駅に停車する曳舟 - 北千住間では準急がノンストップとなっている。そのため、下り列車の場合、曳舟駅で準急に抜かれた区間急行が、せんげん台駅または春日部駅で準急を抜き返し、東武動物公園駅以北には区間急行が先に到着するというダイヤになっている。したがって、区間急行と準急はその緩急順位が全区間で一定しないが、列車種別案内などでは「区間急行」が「準急」より上位側に記されている。

以前の朝夕のラッシュ時の一部の上り準急列車は、せんげん台駅で抜かれた区間急行を鐘ヶ淵駅で抜き返し、曳舟駅以南には準急のほうが先に到着するというダイヤが組まれていたが、煩雑さの解消と利便性の確保のため、曳舟駅まで区間急行を先行させるように改めた。

区間準急[編集]

区間準急は、主に浅草 - 東武動物公園・久喜間で運行され、一部は南栗橋発着・館林終着・太田始発が運行される。急行線としての機能を持つ北千住 - 新越谷間は急行と同じ停車駅に停車するが、それ以外の区間では各駅に停車する。朝夕ラッシュ時に運転されている北越谷発着の普通を補完する形で、該当する時間帯は約20分間隔で運行されている。また、ほとんどの上りの区間準急は東武動物公園駅で日光線南栗橋発着急行と接続する。平日は北越谷終着の区間準急も存在する。基本的に6両編成であるが8両編成で運転される場合もある。なお2013年3月15日までは平日朝の区間急行の折り返しと夜間の北千住発北春日部行の1本のみは10両編成で運転されていた。

路線図上のシンボルカラーは黄緑で、英文表記は「SECTION SEMI EXPRESS」もしくは「SECTION SEMI EXP.」。フルカラーLED搭載車(東急5000系含む)は無点灯地に緑文字で区間準急、字幕車は緑地に白文字で区間準急と表記される。現在は運用に入らないが、東急5000系の字幕車は白地に緑文字で区間準急と表記されていた。

区間準急は1997年3月25日より運行開始。北千住 - 南栗橋間で30分おきに運転され、浅草発北春日部行(北千住まで各駅に停車)の列車も深夜に1本のみ設定された。2003年3月19日から日中の北千住発着列車を延長・増発して曳舟 - 北千住間ノンストップの押上・半蔵門線方面直通列車(現在の準急)が設定されたが、朝夕を中心に北千住発着と浅草発北春日部行も残存した。準急の節で述べた停車駅の違いによる問題から、2006年3月18日から押上・半蔵門線方面への区間準急が準急に名称変更され、浅草・北千住発着専用種別となった。同時に浅草発着が主となり北千住発着は朝夕に限定され、北千住終着も2009年6月6日に廃止されたが2013年3月16日より平日の朝に2本(南栗橋・北春日部始発)再設定された。しかし朝夕の北千住始発が廃止され、夕方以降に関しては新栃木発着の区間急行を東武動物公園発着の区間準急に格下げ・系統統合、区間短縮されている。また、昼間時間帯の浅草 - 久喜間も廃止[30]となり浅草 - 竹ノ塚間の普通列車に格下げされた。区間急行同様に北千住発着も「区間準急」であり「準急」とはならない。

平日朝の下りに、前記の区間急行の折り返しとして地下鉄半蔵門線直通車両(30000系の直通対応車または50050系)が使用される列車が1本存在したが、2013年3月16日改正で当該列車は急行となりこの運用は廃止された。

普通[編集]

普通列車は主に以下の区間で運行される(送り込み運用などで例外あり)。車内や駅でのアナウンスでは、各駅停車と称される(ごく一部の駅アナウンスでは「普通」を使用)。路線図上のシンボルカラーはグレーで、英文表記は「LOCAL」。フルカラーLED搭載車及び字幕車では白地に黒抜き文字で普通、3色LED搭載車は無点灯地にオレンジ文字で普通と表記される。ただし日比谷線直通車両に関しては、東武車・東京メトロ車ともに列車種別の表記はない。

  1. 浅草 - 北千住・竹ノ塚間 … 北千住発着が毎時3本、竹ノ塚発着が毎時3本の運行で、あわせて10分間隔となる。いずれも曳舟駅で半蔵門線直通の急行と相互接続を行う。区間急行区間準急が運行される時間帯には運行されない。主に6両編成で運転される。
  2. (中目黒) - 北千住 - 東武動物公園間 … 北千住 - 北越谷間の複々線区間では緩行線を走行し、過半数の列車が北千住駅より東京メトロ日比谷線中目黒駅まで乗り入れている。日中は、東武動物公園発着が毎時4本、日光線南栗橋発着が毎時2本の運行で、あわせて10分間隔となる。ラッシュ時は北越谷発着列車も多い。草加駅せんげん台駅急行と緩急接続を行う。車両運用等の詳細は「日比谷線との直通運転」を参照のこと。18m車8両編成で運転される。
  3. 久喜 - 館林・太田間 … 急行の接続を受ける形で1時間に3本程度運行される。この区間の標準的な所要時間は28分であったが、2013年のダイヤ改正にて久喜 - 鷲宮間に余裕時分が盛り込まれ所要時間が4分→5分となったため29分となり速達性の面では2006年以前の旧準急(現在の区間急行に相当)並みまで後退した。久喜方面から館林発着の運行もあり、館林 - 太田間については1時間に2本程度となっている。また館林・太田駅発着の区間急行区間準急が運行される時間帯には運行されない。館林・太田駅では接続する各路線との接続が考慮されている。主に6両編成で運転される。
  4. 館林・太田 - 伊勢崎間 … ワンマン運転区間。1時間に1 - 2本程度運行される。特急「りょうもう」や3.との接続が図られたダイヤを組む。ワンマン車の3両編成で運転される。

前記の区間に含まれていない東武動物公園 - 久喜間は特急をのぞく全列車が各駅に停車し、それらが終日運行されるため普通列車の設定はごくわずかとなっている。

臨時列車[編集]

フラワーエクスプレス
群馬県立つつじヶ岡公園つつじザ・トレジャーガーデン芝桜あしかがフラワーパークフジの見頃であるゴールデンウィークに(東急線)長津田 - (押上経由) - 太田間で運行された。館林以北は10両編成非対応のため、館林で4両の切り離し/連結を行った。そのため、地下鉄対応で分割可能な唯一の形式である30000系で運転された。
停車駅
長津田駅 - (東急田園都市線内急行・半蔵門線内各駅停車) - 押上駅 - 曳舟駅 - 北千住駅 - 春日部駅 - 東武動物公園駅 - 久喜駅 - 加須駅* - 羽生駅* - 茂林寺前駅(太田行のみ) - 館林駅 - 足利市駅 - 太田駅
加須、羽生は2010年の運行では長津田行のみ停車。また、運行当初は中央林間発着のこともあった。
2011年・2012年は「フラワーリレー号」として運行された。2011年は久喜 - 太田間の普通列車に、2012年は浅草 - 太田間・久喜 - 太田間の列車にヘッドマークを装着する形での運行となった。2013年以降は運行されていない。
スカイツリートレイン
6050系を改造した634型電車「スカイツリートレイン」を使用し、東京スカイツリータウンと日光・鬼怒川方面、太田方面、大宮方面を結ぶ列車として2012年10月に登場した。全区間「スカイツリートレイン」の愛称が用いられる。当初は団体専用列車として運行されていたが、同年12月より土休日を中心に臨時特急として運行が開始された。土曜日と日曜日では運行区間が異なり、祝日はどちらかのダイヤで運行される。

かつて運行されていた列車種別[編集]

種別名変更された旧準急は「区間急行」、旧通勤準急は「急行」を参照。また、この節で単に『準急』と記したものは、2006年3月17日以前に設定されていた準急(2006年3月18日以降の区間急行)を示すこととする。

通勤快速[編集]

1987年7月のダイヤ改正で準急に格下げされ消滅した種別である。北千住 - 太田・新大平下間で快速運転を行う種別で、休日にも運転されていた。廃止時は東武日光・東武宇都宮(新栃木で東武宇都宮発着2両を分割併合)発着の上下1往復のみ設定されていたが、所要時間は北千住 - 春日部間で上り35分(休日は31分)、下り31分であり、準急を追い抜かすことはなかった。この影響で北千住 - 春日部間の休日上りダイヤでは、前後の準急が14分開いた。

当種別が廃止された後、伊勢崎線では1往復だけ不自然な時間に設定される準急A(後述)としてしばらく名残が見られ、日光線では東武日光・東武宇都宮発着の準急として2006年3月17日まで名残が見られた。

車両は、日光線方面発着列車であっても4扉通勤車が用いられ、種別表示に『通勤快速』がないため単に『快速』と表示されていた。かつて5000系が登場直後に充当された種別でもある。

停車駅
浅草駅 - (各駅停車) - 北千住駅 - 春日部駅 - 東武動物公園駅
(伊勢崎線) - 久喜駅 - 加須駅 - 羽生駅 - 館林駅 - 足利市駅 - 太田駅 - (各駅停車) - 伊勢崎駅
(日光線直通) - 幸手駅 - 新古河駅 - 藤岡駅 - 新大平下駅以北各駅停車

準急A、B[編集]

2003年3月18日までは、浅草 - 伊勢崎間で運行されていた準急の一部(廃止時は日中のみに上下6本ずつ・1時間ごと)が北千住 - 太田間を速達運転する「準急A」として設定されており、北千住 - 東武動物公園間のみを速達運転する「準急B」と区別していた。ただし、種別表示では単に『準急』と書かれ、放送などの旅客案内上もAやBという呼称は用いず、「東武動物公園 - 北千住間準急」「太田まで準急」などと、準急運転区間の駅名を用いて案内がなされていた。また、準急Aについては停車駅こそ優等であるものの、当時の通勤型車両の営業最高速度は95km/hであったため、実際の運転速度は停車駅間距離の比較的長いところでは100km/h運転が可能な現在の東武動物公園以北の各駅停車(区間急行の郊外区間や久喜以北でピストン運転している普通など)列車より必ずしも速かったとは限らなかった。準急Aの廃止により準急の速達運転区間が北千住 - 東武動物公園間に統一された。

北千住 - 太田間準急(「準急A」)停車駅(廃止直前のダイヤ)
浅草駅 - (各駅停車) - 北千住駅 - 西新井駅 - 草加駅 - 新越谷駅 - 越谷駅 - せんげん台駅 - 春日部駅 - 東武動物公園駅 - 久喜駅 - 加須駅 - 羽生駅 - 館林駅 - 足利市駅 - 太田駅 - (各駅停車) - 伊勢崎駅
北千住 - 東武動物公園間準急(「準急B」)停車駅(廃止直前のダイヤ)
浅草駅 - (各駅停車) - 北千住駅 - 西新井駅 - 草加駅 - 新越谷駅 - 越谷駅 - せんげん台駅 - 春日部駅 - 東武動物公園駅 - (各駅停車) - 伊勢崎駅

他社線との相互直通運転[編集]

以下の路線との相互直通運転が実施されている。

野岩鉄道会津鬼怒川線・会津鉄道会津線[編集]

鬼怒川線新藤原駅を介して快速・区間快速列車が浅草駅から野岩鉄道会津鬼怒川線経由会津鉄道会津線会津田島駅まで運行されている。おおむね1-2時間に1本の運転。観光シーズンには夜行列車(尾瀬夜行・スノーパル)も運行される。6050系が充当される。

東京メトロ日比谷線[編集]

北千住駅を介して、普通列車が竹ノ塚駅・北越谷駅・北春日部駅・東武動物公園駅および日光線南栗橋駅から東京メトロ日比谷線中目黒駅まで運行されている。同線は2013年3月15日まで東急東横線とも相互直通運転を行っていたが、当時から3社を直通する列車はなく、伊勢崎線方面からの列車は中目黒駅止まり(一部は南千住駅霞ケ関駅六本木駅折り返し)となっている。

日中の北千住 - 東武動物公園間の各駅停車は浅草 - 竹ノ塚間の普通列車をのぞきすべて日比谷線直通列車であるが、2013年3月16日のダイヤ改正までは、新越谷 - 東武動物公園間の各駅に停車する区間準急が運行されており、日比谷線直通列車の半数が北越谷発着となっていた。

戦前より、東武鉄道は独力で都心までの路線延伸を企図していた。戦前期には筑波高速度電気鉄道の免許を使って北千住 - 上野延伸を果たそうとしたが、買収価格を引き下げようとした結果京成電鉄に購入されてしまい失敗した。高度成長期には北千住駅から上野駅新橋駅方面までの延伸を計画したが、「都心乗り入れは地下鉄との相互直通運転で」という都市政策上計画を断念し、1962年5月31日北越谷駅から営団地下鉄日比谷線人形町駅まで相互直通運転開始により都心直結を実現した。相互直通運転開始後、草加市越谷市などは東京近郊のベッドタウンとして人口が急増した。翌1963年2月28日には相互直通運転区間を東銀座駅まで延長し、1964年8月29日の日比谷線全通により中目黒駅までの乗り入れを開始した。

1966年9月1日には北春日部駅まで相互直通運転区間が延長され、同年の武里団地開設もあって春日部市の人口が急増した。さらに1981年3月16日からは、その日に杉戸駅から改称された東武動物公園駅まで相互直通運転区間を延伸した。これにより、日比谷線区間内でも「東武動物公園行きが参ります」と駅名が連呼され、日比谷線各駅の案内でも「北千住・東武動物公園方面」と表示されるようになり、3月28日に開業した東武動物公園の宣伝にも一役買った。

2013年3月16日には東武日光線南栗橋駅まで相互直通運転区間が延長された。同日に行われたダイヤ改正では、南栗橋発着の日比谷線直通列車が大幅に新設され、昼間時は1時間に2本が設定されている(残りの4本は東武動物公園発着)。この時から東武車だけでなく東京メトロ車も使用されるようになり、東京メトロ車は行き先表示に「南栗橋」が用意された。ただし、それ以前にも例外として、朝に1本のみ南栗橋発中目黒行の普通列車が設定されていた。この列車は東武車での運行であった。その他、南栗橋車両管区への入庫のための間合い運用として東武車の日比谷線直通車両による東武動物公園発南栗橋行の普通列車が運行されていた。

日比谷線では2社(2013年3月15日までは3社)の車両が使用されており、列車番号末尾アルファベットの「T」は東武所有車両(20000系列・運用番号は01T - 41Tの奇数)、「S」は東京メトロ所有車両(03系・運用番号は02S - 74Sの偶数と61S - 69Sの奇数)、「K」は東急所有車両(1000系・運用番号は81K - 87Kの奇数、偶数の両方)を示しているが、東武車は東急東横線に乗り入れることができず、東急車も東武伊勢崎線に乗り入れることができなかった。また東京メトロ車は東武・東急への乗り入れが可能であるが、2009年6月6日改正時点のダイヤでは日比谷線経由で3社を直通する列車は設定されていなかった。

なお、各社間の走行距離調整の関係上、東武車(2013年3月15日までは東急車も)は日比谷線内のみで運転される列車にも使用されている。また2013年3月16日改正ダイヤでは、東武車2本が日比谷線内の千住検車区で、メトロ車2本が南栗橋車両管区春日部支所でそれぞれ夜間留置となる「外泊運用」が組まれている。どの列車がどの会社の車両で運転されるかは、『MY LINE 東京時刻表』(交通新聞社)の列車番号欄などで判る。

東急東横線は2013年3月16日より東京メトロ副都心線を介して東上線とも相互直通運転を行っていることから、中目黒駅では20000系列が東上線からの乗り入れ用車両(9000系・9050系・50070系)と顔を合わせるシーンも見られるようになった。

東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線[編集]

東京メトロ半蔵門線または東急田園都市線に輸送障害が発生した場合のみ運転される急行北千住ゆき(写真は東京メトロ半蔵門線8000系電車)

押上駅を介して、急行準急列車が久喜駅日光線南栗橋駅から東京メトロ半蔵門線経由東急田園都市線中央林間駅まで運行されている。

日比谷線との直通運転開始後、沿線の人口が急増するとともに東武伊勢崎線も乗客が急増した。東武鉄道は北千住以北の複々線化で輸送力増強・混雑緩和を図ってきたが、北千住駅での日比谷線との乗り換えに伴う混雑が非常に激しくなり、抜本的な改良が求められた。同一ホームでの乗り換えから伊勢崎線(1階)と日比谷線(3階)に乗り場を分離する北千住駅重層化が1996年7月に完成し、ホームに乗客が溢れる状況は軽減された。

北千住駅重層化と並行して、さらなる混雑緩和対策として「もう1つの都心直通ルート」を検討した結果、当時東京北東部への延伸計画のあった半蔵門線との直通運転を行うこととなった。当時の帝都高速度交通営団(営団地下鉄)が水天宮前駅から押上駅まで延伸、東武鉄道が曳舟駅から押上駅までの連絡線(正式にはとうきょうスカイツリー - 曳舟間の線増扱い)建設を行い、2003年3月19日より直通運転が始まった。

半蔵門線直通列車はさらに東急田園都市線まで乗り入れ、久喜駅・南栗橋駅 - 押上駅 - 渋谷駅 - 中央林間駅という運用がなされる。これにより、東武の車両が営業運転としては初めて神奈川県内でも見られるようになった。一部に北越谷駅・東武動物公園駅や田園都市線の鷺沼駅長津田駅発着列車が運行されるほか、平日の上り最終列車は押上止まり(押上で半蔵門線の押上始発列車に接続)となる。

走行距離は南栗橋駅 - 中央林間駅間98.5km、久喜駅 - 中央林間駅間94.8kmとなり[31]、伊勢崎線内準急、半蔵門線・東急田園都市線内各駅停車となる列車では所要時間171分に及ぶ運用もある[32]

車両は3社の車両が使用され、列車番号末尾アルファベットの「T」は東武車両(30000系・50050系・運用番号は50T - 82Tの偶数)、「S」は東京メトロ車両(8000系・08系・運用番号は51S - 93Sの奇数)、「K」は東急車両(8500系、5000系・運用番号は01K - 33Kの奇数、偶数の両方[33])を表している。日比谷線・東横線と異なり、東急車の一部(前面に円形の「K」シールが貼られている東急⇔メトロ専用車)をのぞいて3社への乗り入れが可能であり、上述のような3社直通電車が運行される。ダイヤの乱れが生じた場合は、この限りではない。

なお2009年7月11日現在、走行距離調整の関係などから東武車両は田園都市線から半蔵門線内(半蔵門・清澄白河・押上)で折り返す列車、および長津田 - 中央林間間の区間運転列車にも使用されているほか(後者は東京メトロの車両も使用)、東武車両の2本が長津田車庫で、東急車両の2本が南栗橋車庫でそれぞれ運用終了・夜間留置となる「外泊運用」が組まれている。前述の日比谷線直通列車と同様、どの列車がどの会社の車両で運転されるかは、『MY LINE 東京時刻表』(交通新聞社)の列車番号欄などで判る。

事故などで直通運転が不可能となった場合、伊勢崎線から半蔵門線に直通する列車はすべて北千住駅にて折り返す。また、半蔵門線側から伊勢崎線に直通する列車は、終着駅である押上にて折り返し運転を行う[34]。このため、3社の車両には通常は使用しない「北千住」の行き先表示が用意されている。しかし、直通運転が中止された時の東武線内での運用は、原則として東武車となっている。行き先が「北千住」となった場合、電車は北千住で折り返し運転を行うのではなく、一度曳舟に回送される。一定時間待避した後折り返し、北千住駅へ向かう。この時、曳舟駅 - 押上駅間は不通となり、両駅を結ぶ列車が運行されなくなるので、押上駅へ行くときはとうきょうスカイツリー駅からの徒歩連絡という形になる。それに併せて大手町 - 北千住間では東京メトロ千代田線に乗るよう案内される。そのため、運行トラブルが発生すると北千住 - 押上 - 大手町間で通常時よりも所要時間が掛かってしまう。東京メトロ半蔵門線直通列車の運転再開までに要する時間は東京メトロ日比谷線直通列車の運転再開までに要する時間よりも長くなる傾向にあり、夜間にダイヤの乱れが生じた場合は東武・東京メトロ・東急の車両が各自の車両基地(南栗橋鷺沼長津田)に戻れないことがある。

伊勢崎線内で使用されている車両[編集]

自社車両[編集]

  • 優等列車・団体列車用
    • 100系 - 愛称:スペーシア-特急「けごん」・「きぬ」。日光線・鬼怒川線系統用。
    • 200系・250系 - 愛称:りょうもう-特急「りょうもう」。伊勢崎線系統用。
    • 300系・350系 - 特急「しもつけ」・「きりふり」・「ゆのさと」・「尾瀬夜行」・「スノーパル」・団体での運用。
    • 1800系 - 臨時(団体)やイベント時に運用。
    • 6050系 - 日光線・鬼怒川線系統快速・区間快速・区間急行・普通運用。
    • 634型 - 特急「スカイツリートレイン」・団体での運用。
  • 線内一般列車用
    • 8000系・800系・850系 - 2012年6月時点では館林より南では営業列車としては運行されていない、ワンマン運転での運用。2・3両固定編成[35]
    • 10000系・10030系・10080系 - 区間急行・区間準急・普通(東京メトロ日比谷線直通運用をのぞく)での運用。2・4・6両固定編成。
    • 30000系 - 区間急行・区間準急・普通(東京メトロ日比谷線直通運用をのぞく)での運用。4・6両固定編成(30000系4両編成は10000系・10030系の2両編成と連結し、6両編成での運用)。
  • 東京メトロ日比谷線直通車
  • 東京メトロ半蔵門線東急田園都市線直通車
    • 30000系 - 急行・準急運用。東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線直通運用車両。4両と6両の連結による10両編成(ただし2012年時点では2本のみが半蔵門線・田園都市線直通対応として残され、他の編成は直通対応装備を取り外し自社線内専用となっている)。東急・東京メトロ・東武共催のイベント列車の運用にも充当される。
    • 50050系 - 急行・準急運用。東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線直通運用専用車両。10両固定編成。2006年以降増備が進められ、半蔵門線・田園都市線直通の主力となっている。

導入予定の車両[編集]

  • 東京メトロ日比谷線直通車
    • 形式称号未定 - 20m級片側4扉の7両編成で、2016(平成28)年より順次導入し上記の20000系をすべて置き換える予定。

かつて使用されていた車両[編集]

※昭和30年代以降。創業時から戦前までの車両および機関車、貨車については割愛。

乗り入れ車両[編集]

かつての乗り入れ車両[編集]


女性専用車[編集]

女性専用車
浅草行き(8両)
← 館林・南栗橋
浅草 →
               
北千住行き(10両)
← 館林・南栗橋
北千住 →
                   
半蔵門線直通列車
← 久喜・南栗橋
北千住・渋谷・中央林間 →
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
日比谷線直通列車
← 南栗橋
北千住・中目黒 →
1 2 3 4 5 6 7 8

2005年5月9日、半蔵門線・東急田園都市線での導入にあわせて、平日早朝のラッシュ時間帯に女性専用車が設置された。いずれも最後尾の車両。対象列車は、東武鉄道の公式サイトに掲載されている[36]ほか、駅構内へ掲出されている時刻表に記述されている。

  • 浅草・北千住行きの場合:朝7:30 - 9:00に北千住駅へ到着する上り区間急行・区間準急の最後尾車両。実施区間は8両編成となる館林・南栗橋→北千住。北千住から浅草までは設定されない。設定開始当初から2013年3月15日までは、10両編成の最後尾かつ区間急行の館林→北千住に設定されていた。
  • 半蔵門線直通の場合:初電から押上駅へ9:20までに到着する急行・準急の最後尾車両。実施区間は始発駅→渋谷。半蔵門線内は9:30を過ぎれば設定解除となる。
  • 日比谷線直通の場合:朝7:30 - 9:00に北千住駅へ到着する普通(3つまたは一部5つドアの8両編成)の最後尾車両。実施区間は全区間。日比谷線内で9:00を過ぎれば設定解除となる。

女性専用車は、女性のほか、小学生以下の男性、身体の不自由な人とその介助者も乗車できる。

なお、日比谷線直通の普通のみ2006年3月27日から導入された。ただし、浅草駅発着の普通には設定されていない。また、8両編成と10両編成で停車位置が異なるため、準急・区間準急停車駅には緑地のステッカーに「8両編成乗車口」が追加で掲出されている。

当路線において専用ステッカーが貼付されているのは、10000系の8両固定編成・20000系列30000系の半蔵門線直通対応車・50050系である。

利用状況[編集]

2013年度の1日平均輸送人員は881,343人であり、最混雑区間の混雑率は148%である。

混雑率は1995年度まで180%を越えていたが、越谷駅まで複々線化された1996年度に170%を下回った。その後も輸送力の増強と輸送量の減少により混雑率は緩和傾向が続き、半蔵門線との直通運転を開始した2002年度のダイヤ改正では、ピーク1時間あたりの輸送力が過去最大の51,540人となり、混雑率が150%を下回った。2005年度以降のダイヤ改正では、輸送量の減少に合わせて輸送力を削減していることにより、混雑率は概ね140%程度で推移している。

近年の輸送実績を下表に記す。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

年度 輸送実績(乗車人員):人/日 最混雑区間(小菅 → 北千住間)輸送実績 特記事項
定期 定期外 合計 運転本数:本 輸送力:人 輸送量:人 混雑率:%
1955年(昭和30年) 13 5,725 13,020 227
1965年(昭和40年) 24 16,964 37,393 220
1969年(昭和44年) 22,260 55,306 248
1970年(昭和45年) 23,670 55,951 236
1975年(昭和50年) 34 32,592 65,381 201
1980年(昭和55年) 38 38,112 70,494 185
1985年(昭和60年) 40 40,872 75,357 184
1990年(平成02年) 195
1994年(平成06年) 41 45,564 84,394 185
1995年(平成07年) 41 45,564 183
1996年(平成08年) 44 49,056 82,534 168 1997年3月25日、草加 - 越谷間複々線化
1997年(平成09年) 44 49,056 163
1998年(平成10年) 44 49,056 161
1999年(平成11年) 44 49,056 77,022 157
2000年(平成12年) 45 50,436 76,541 152 2001年3月28日、越谷 - 北越谷間複々線化
2001年(平成13年) 45 50,436 75,850 150
2002年(平成14年) 45 51,540 73,708 143 2003年3月19日、半蔵門線直通運転開始
2003年(平成15年) 550,101 279,010 829,111 45 51,540 73,517 143
2004年(平成16年) 550,872 279,055 829,927 45 51,540 73,140 142
2005年(平成17年) 546,096 279,019 825,115 44 50,712 70,635 139
2006年(平成18年) 546,523 282,072 828,595 44 50,712 72,426 143
2007年(平成19年) 555,856 297,351 853,207 44 50,712 73,583 145 2008年3月30日、日暮里・舎人ライナー開業
2008年(平成20年) 557,764 299,146 856,910 44 50,712 71,581 141
2009年(平成21年) 551,881 293,591 845,472 42 49,056 68,541 140
2010年(平成22年) 551,694 291,801 843,495 42 49,056 68,631 140 東日本大震災発生年度
2011年(平成23年) 543,402 288,670 832,072 42 49,056 66,359 135
2012年(平成24年) 553,338 315,917 869,255 42 49,056 66,597 136
2013年(平成25年) 567,949 313,394 881,343 40 44,364 65,666 148

駅一覧[編集]

  • 特急はそれぞれの列車記事を参照のこと。快速以下より記載する。
  • 普通列車はすべての駅に停車する(普通列車の設定のない押上駅を除く)。東京メトロ日比谷線直通列車は北千住 - 東武動物公園 - 日光線南栗橋間で普通列車(各駅停車)として運転。館林駅 - 太田駅間の一部および太田駅 - 伊勢崎駅間の普通列車ではワンマン運転が行われる。
  • ( ) 内の英数字は駅番号を表す。
  • ●:停車、○:平日のみ運行、|:通過、∥・空白:経由および運行せず
駅番号 駅名 駅間
キロ
累計
キロ














接続路線 所在地
直通運転区間 押上駅から東京メトロ半蔵門線渋谷駅経由東急田園都市線中央林間駅まで(準急・急行)
北千住駅から東京メトロ日比谷線中目黒駅まで
TS-01 浅草駅 - 0.0 東京地下鉄G 銀座線 (G-19)
都営地下鉄A 浅草線 (A-18)
東京都 台東区
TS-02 とうきょうスカイツリー駅[* 1] 1.1 1.1 墨田区
TS-03 押上〈スカイツリー前〉駅[* 1] - - 東京地下鉄:Z 半蔵門線 (Z-14)(東武動物公園方面から直通運転:上記参照)
都営地下鉄:A 浅草線 (A-20)
京成電鉄KS 押上線 (KS45)
TS-04 曳舟駅 1.3 2.4 東武鉄道亀戸線
TS-05 東向島駅 0.8 3.2
TS-06 鐘ヶ淵駅 1.0 4.2
TS-07 堀切駅 1.1 5.3 足立区
TS-08 牛田駅 0.7 6.0 京成電鉄:KS 本線京成関屋駅:KS06)
TS-09 北千住駅 1.1 7.1 東京地下鉄:H 日比谷線 (H-21)(東武動物公園方面から直通運転:上記参照)・C 千代田線 (C-18)
東日本旅客鉄道常磐線快速各駅停車
首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス (05)
TS-10 小菅駅 1.1 8.2
TS-11 五反野駅 1.1 9.3
TS-12 梅島駅 1.2 10.5
TS-13 西新井駅 0.8 11.3 東武鉄道:大師線
TS-14 竹ノ塚駅 2.1 13.4
TS-15 谷塚駅 2.5 15.9 埼玉県 草加市
TS-16 草加駅 1.6 17.5
TS-17 松原団地駅 1.7 19.2
TS-18 新田駅 1.3 20.5
TS-19 蒲生駅 1.4 21.9 越谷市
TS-20 新越谷駅 1.0 22.9 東日本旅客鉄道:武蔵野線南越谷駅
TS-21 越谷駅 1.5 24.4
TS-22 北越谷駅 1.6 26.0
TS-23 大袋駅 2.5 28.5
TS-24 せんげん台駅 1.3 29.8
TS-25 武里駅 1.3 31.1 春日部市
TS-26 一ノ割駅 1.9 33.0
TS-27 春日部駅 2.3 35.3 東武鉄道:野田線(東武アーバンパークライン)(TD-10)
TS-28 北春日部駅 1.5 36.8
TS-29 姫宮駅 1.6 38.4 南埼玉郡
宮代町
TS-30 東武動物公園駅 2.6 41.0 東武鉄道:日光線(浅草・北千住方面から直通運転)
TI-01 和戸駅 2.9 43.9 日光線直通
TI-02 久喜駅 3.8 47.7 東日本旅客鉄道:東北本線宇都宮線)・湘南新宿ライン 久喜市
TI-03 鷲宮駅 4.4 52.1
TI-04 花崎駅 2.7 54.8 加須市
TI-05 加須駅 3.7 58.5
TI-06 南羽生駅 4.6 63.1 羽生市
TI-07 羽生駅 3.1 66.2 秩父鉄道秩父本線
TI-08 川俣駅 4.3 70.5 群馬県 邑楽郡
明和町
TI-09 茂林寺前駅 1.9 72.4 館林市
TI-10 館林駅 2.2 74.6 東武鉄道:佐野線小泉線
TI-11 多々良駅 4.0 78.6
TI-12 県駅 3.2 81.8 栃木県 足利市
TI-13 福居駅 2.1 83.9
TI-14 東武和泉駅 1.2 85.1
TI-15 足利市駅 1.7 86.8
TI-16 野州山辺駅 1.7 88.5
TI-17 韮川駅 3.3 91.8 群馬県 太田市
TI-18 太田駅 2.9 94.7 東武鉄道:桐生線・小泉線
TI-19 細谷駅 3.1 97.8
TI-20 木崎駅 3.4 101.2
TI-21 世良田駅 2.9 104.1
TI-22 境町駅 2.2 106.3 伊勢崎市
TI-23 剛志駅 3.7 110.0
TI-24 新伊勢崎駅 3.3 113.3
TI-25 伊勢崎駅 1.2 114.5 東日本旅客鉄道:両毛線
  1. ^ a b とうきょうスカイツリー駅と押上駅は同じ駅としてみなされる。ただし改札内乗り換えはできない。

待避可能な途中駅[編集]

特に記述の無い駅は両方向の列車の待避が可能である。

かつては大袋駅鷲宮駅川俣駅(上りのみ)にも待避線が存在したが、せんげん台駅、久喜駅、羽生駅に待避機能が集約されたため、現在は架線や線路が撤去され2面2線構造となっている。

留置線のある駅[編集]

  • とうきょうスカイツリー駅(曳舟寄りにあり、特急スペーシア・りょうもう等の車内整備・洗浄、通勤列車の閑散時の車両留置に使用)
  • 北千住駅(地平ホームは浅草・春日部両方向に、高架ホームは春日部方のみ留置線がある)
  • 竹ノ塚駅(東京メトロ千住検車区竹ノ塚分室を併設)
  • 北越谷駅(日比谷線直通列車の折り返しが多い。一部の半蔵門線直通列車も折り返す)
  • 春日部駅(現在は野田線車両が留置され、伊勢崎線用としては原則使われない)
  • 北春日部駅(南栗橋車両管区春日部支所を併設。一部の日比谷線直通列車が折り返す)
  • 東武動物公園駅(南栗橋発着の一部列車を除き日比谷線直通列車は当駅が終着、一部の半蔵門線直通列車も折り返す)
  • 久喜駅(春日部・館林両方向に留置線がある。半蔵門線直通列車は当駅が終着である。かつて国鉄との貨物列車の受け渡しや新車の受け渡しを行った貨物ヤード跡に設置)
  • 館林駅(南栗橋車両管区館林出張所を併設。廃車前の車両留置等にも使われる。現在一部の撤去作業が行われている)
  • 足利市駅
  • 太田駅(館林・伊勢崎両方向に留置線がある)

また、複々線化工事の進捗にあわせ、暫定的に草加駅越谷駅大袋駅に留置線が設置されていた。かつては新伊勢崎駅にも留置線が存在したが、高架化により廃止された。

廃駅[編集]

復活・営業再開したものを除く。休止・廃止日は最終営業日の翌日。

  • 隅田公園駅(浅草 - とうきょうスカイツリー間 1931年5月25日開業、1943年12月31日休止、1958年10月22日廃止認可)
  • 請地駅(とうきょうスカイツリー - 曳舟間 1931年6月1日開業、1947年3月1日廃止)
  • 中千住駅(牛田 - 北千住間 1924年10月1日開業、1953年信号所化、1962年3月23日廃止)
  • 草加荷扱所(草加 - 松原団地間 1931年3月13日開業、1973年4月10日廃止)
  • 競馬場前駅(随時営業、野州山辺 - 韮川間 1932年4月17日開業、1939年2月1日廃止)

名称について[編集]

以前の北千住駅では、東武伊勢崎線は「東武線」、東京メトロ日比谷線は「日比谷線」と表記していた。

東武鉄道発祥の路線[編集]

伊勢崎線は1899年(明治32年)、東武鉄道で最初に開業した路線であり、東武鉄道の社名はこの時に開業した北千住駅 - 久喜駅間(以下発祥区間とする)の地域を指す「蔵国[37]部」に由来する。このことから現在でも発祥区間を中心として俗に「東武線」と呼ばれることがある。これは東武鉄道が複数の路線を有する大手事業者になる前の名残でもある。

また、会社自体にも発祥路線意識が滲み出ており、1990年代までは駅表札に冠する社名表記では路線によって「東武線」・「東武野田線」・「東武東上線」と統一されず、発祥区間を持つ伊勢崎線を中心とする路線に絞って「東武線」が使われ、北千住駅の案内においては他の主要駅と異なり「東武線」を多用していた。2011年のCIリニューアル以降は会社が用いる場合に前述のような用法はあまりなく、「東武線」は専ら社線名を意味する。

路線名とイメージ[編集]

不動産関係の広告では、伊勢崎線の東京都足立区 - 埼玉県までの主に日比谷線直通の普通列車が走る区間の場合は、意図的に「東武日比谷線」と呼んだり(記載したり)していた時期があった。これは「東武伊勢崎線」という名称よりも都心直通をアピールできる「日比谷線」の名前を利用したことによるものだった[38]

それゆえ、昔の不動産広告には「日比谷線谷塚駅徒歩4分」「地下鉄日比谷線草加駅徒歩7分」「東武日比谷線竹ノ塚駅からバスで10分」などの表記が見受けられた。現在見受けられなくなったのは、伊勢崎線からの半蔵門線直通系統が新設されたことにより、日比谷線直通のみをアピールする必要がなくなったことも一因であった。

また、新聞折り込みの求人広告紙「求人ガイド」(廃刊)に「東武日比谷沿線版」があった。

一方、押上駅 - 曳舟駅間は東武伊勢崎線の一部であるにもかかわらず(前述の通りとうきょうスカイツリー駅 - 曳舟駅の別線)、都営バスの自動放送や車内LEDによる押上・押上駅前の両停留所での乗り換え案内で東武線は案内されていない(都営地下鉄浅草線地下鉄半蔵門線京成線が案内される)。

乗車カードの対応状況[編集]

館林駅以北は、足利市駅・太田駅・伊勢崎駅以外自動改札機設置駅がないが、2007年3月18日ICカードPASMO」サービス開始により自動改札非設置駅には簡易型PASMO読取機が設置された。

踏切事故[編集]

  • 館林事故(1969年) - 「館林駅」の項目を参照。
    • なお、この事故では8000系のクハ8139が使用不能となり、翌1970年(昭和45年)4月に車体を復旧名義で新製した。
  • 花崎事故(1970年) - 「花崎駅」の項目を参照。
    • この事故では7800系の1編成2両(モハ7808-クハ808)が大破し、廃車となっている。東武鉄道では唯一のケースとなる踏切事故による事故廃車である。
  • 竹ノ塚駅構内第37号踏切道における死傷事故(2005年) - 「竹ノ塚駅」の項目を参照。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 「東武スカイツリーライン」誕生! 伊勢崎線 浅草・押上 ⇔ 東武動物公園間に路線愛称名を導入 〜 あわせて駅ナンバリングを導入し、よりわかりやすくご案内します 〜 (PDF) - 東武鉄道ニュースリリース 2012年2月9日(2012年2月9日閲覧)
  2. ^ 他社の乗換案内でも同日より使用されているが、一部の路線では従来通り「東武伊勢崎線」あるいは「東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)」と案内される場合がある。
  3. ^ 「運輸開業免許状下付」『官報』1899年8月31日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 仮停車場「仮停車場設置」『官報』1899年12月19日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 仮停車場「仮停車場設置」『官報』1900年3月24日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ 「運輸開始」『官報』1902年4月5日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 「運輸開始」『官報』1902年9月11日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 「運輸開始」『官報』1903年4月28日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 「停車場開始」『官報』1903年9月16日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 「軽便鉄道指定」『官報』1918年3月29日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  11. ^ 「地方鉄道停車場名改称」『官報』1919年12月5日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ 「地方鉄道停車場設置」『官報』1920年5月4日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ 「地方鉄道営業哩程変更」『官報』1923年6月26日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  14. ^ 「地方鉄道駅名改称」『官報』1924年9月6日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  15. ^ 「地方鉄道駅設置」『官報』1926年10月15日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  16. ^ 昭和45年度運輸白書 3 通勤通学輸送 - 国土交通省
  17. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1931年6月4日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  18. ^ a b c d e f 平成9年3月25日(火)伊勢崎線・日光線でダイヤ改正を実施 北千住駅改良工事と草加〜越谷間高架複々線が完成 新たに区間準急列車を設定し、お客様の利便が向上 下り特急・急行列車の北千住停車と定期券での乗車を実施 - 東武鉄道プレスリリース 1996年12月19日(1997年8月2日時点のアーカイブ
  19. ^ a b 平成11年3月16日(火)伊勢崎線・日光線でダイヤ改正を実施 急行りょうもう号がスピードアップし、特急「りょうもう号」に 特急スペーシアの一部が春日部に停車 - 東武鉄道プレスリリース 1998年12月9日(1999年5月1日時点のアーカイブ
  20. ^ 民鉄最長となる北千住〜北越谷間19.0kmの複々線が完成 伊勢崎線の複々線(越谷〜北越谷間)が完成 完成に伴いダイヤ改正を実施 特急スペーシアの一部が栃木に停車 - 東武鉄道プレスリリース 2000年12月13日(2001年2月3日時点のアーカイブ
  21. ^ 平成15年3月19日(水)(予定)、大手町・渋谷へ直通する準急列車運転開始 東武伊勢崎線・日光線、営団半蔵門線、東急田園都市線(南栗橋〜中央林間)の相互直通運転開始にともない、ダイヤ改正および特急・急行料金の値下げを実施します 都心へ乗り換えなしの新ルート誕生で、所要時間が大幅短縮 - 東武鉄道プレスリリース 2002年12月10日(2002年12月12日時点のアーカイブ
  22. ^ a b c d e f g h "より便利に" "より快適に" 3月18日 伊勢崎線・日光線でダイヤ改正を実施 - 東武鉄道プレスリリース 2005年12月16日(2006年1月10日時点のアーカイブ (PDF)
  23. ^ 6月6日(土) 伊勢崎線・日光線でダイヤ改正を実施 ~特急列車と地下鉄直通列車の増発で都心方面とのアクセスを向上します~ - 東武鉄道プレスリリース 2009年4月10日(2011年9月28日時点のアーカイブ (PDF)
  24. ^ ワンマン運転ではない列車。つまり車掌が乗務する列車。
  25. ^ これにより太田以南の通勤型車両は最低水準が10000系に底上げされた。ただし館林 - 太田間の一部列車は太田以西への送り込み運用として800/850系も使用される。800/850系は8000系の改造車であるものの、電動車比率が高いため加速性能は10000系並み (2.5km/h/s) とされる。
  26. ^ 押上駅に副駅名「スカイツリー前」を導入します! (PDF) - 東武鉄道ニュースリリース 2012年2月9日(2012年2月9日閲覧)
  27. ^ 時刻表より - 2013年1月7日閲覧
  28. ^ 快速が急行より停車駅が少ない路線は他に神戸電鉄粟生線がある。かつては京成押上線や、「快速」ではなく「拝島快速」だが西武新宿線拝島線(2012年6月29日に廃止され急行に代替)もそうであった。なお、2013年3月16日から東武東上線で「快速」が新設されたが、こちらは伊勢崎線・日光線系統の快速・区間快速とは性格が大きく異なり、停車駅が急行より少ないが快速急行より多い設定である。
  29. ^ 故障やダイヤ乱れなどで地下鉄半蔵門線直通車両を使用できない場合は、地上線限定となっている10000系列を10両編成に組成して代走がかけられる場合もあった。
  30. ^ これにより久喜始発・平日の久喜終着は消滅した。
  31. ^ ちなみに、この距離はJRであれば東京駅起点で東海道本線湯河原駅 (99.1km)、中央本線初狩駅 (93.8km)、上野駅起点なら東北本線宇都宮線雀宮駅 (98.4km)・高崎線倉賀野駅 (96.9km)・常磐線岩間駅 (90.7km) に相当する。
  32. ^ 土曜・休日ダイヤ 8:45南栗橋発の準急中央林間行き(C4870T列車)。
  33. ^ 34K以上は東武線非乗り入れ運用である。
  34. ^ 列車運行情報サイトでは、「直通運転の中止」などと表記されるが、一部サイトでは「運転変更」と表記される状態である。
  35. ^ 鉄道ファン』2010年9月号(通巻593号)付録「大手私鉄車両ファイル 車両配置表」(交友社)によると、2010年4月1日時点では南栗橋車両管区春日部支所に配置されている4両編成4本と2両編成2本が休車となっている。
  36. ^ 女性専用車女性専用車列車主要停車駅時刻表(伊勢崎線・日光線・日比谷線直通) - 東武鉄道
  37. ^ 現在の東京都特別区・多摩地域、埼玉県と神奈川県の一部
  38. ^ 同様の例では「地下鉄千代田線亀有駅」などと呼ばれることのあるJR常磐線東京メトロ千代田線に直通する常磐緩行線)、「総武線水道橋駅」などと呼ばれることのあるJR中央線(中央・総武緩行線)がある。

参考文献[編集]

  • 『私鉄電車ビジュアルガイド 東武鉄道』(編者・著者 東武鉄道研究会、出版・発行:中央書院 2003年) ISBN 4887321422
  • 『MY LINE 東京時刻表』各号(交通新聞社)
  • 今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図帳 3号 関東1』新潮社、2008年、pp.27-28

関連項目[編集]

外部リンク[編集]