東京放送
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 種類 | 株式会社 | ||
|---|---|---|---|
| 市場情報 |
|
||
| 略称 | TBS | ||
| 本社所在地 | 107-8006 東京都港区赤坂五丁目3番6号 |
||
| 電話番号 | 03-3746-1111 | ||
| 設立 | 1951年(昭和26年)5月17日 (登記日・株式会社ラジオ東京) |
||
| 業種 | 情報・通信業 | ||
| 事業内容 | 放送法による一般放送事業(テレビの放送)及びその他放送事業 | ||
| 代表者 | 井上弘(代表取締役社長) | ||
| 資本金 | 54,926百万円 (2007年3月31日現在) |
||
| 売上高 | 単独: 277,400百万円 連結:318,700百万円 (2007年3月期) |
||
| 総資産 | 単独: 534,322百万円 連結:567,722百万円 (2007年3月31日現在) |
||
| 従業員数 | 1,157人 (2007年3月31日現在) |
||
| 決算期 | 3月末日 | ||
| 主要株主 | 楽天メディア・インベストメント - 16.49% 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(退職給付信託口・株式会社電通口) 4.89% 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 4.80% (2007年9月30日現在) |
||
| 主要子会社 | TBSテレビ TBSラジオ&コミュニケーションズ 他 |
||
| 外部リンク | TBS | ||
株式会社 東京放送(かぶしきがいしゃ とうきょうほうそう、Tokyo Broadcasting System, Inc.)は日本の一般放送事業者(現在はテレビ単営)で、グループ統括会社。プロ野球・横浜ベイスターズの親会社である。略称は商号の英訳の頭文字を採った「TBS(ティービーエス)」。
一般的には、正式名称の「東京放送」で呼ばれることは少なく、略称の「TBS」が浸透定着しているので、「TBSが正式社名である」と間違われることもある。
[編集] 概説
| 東京放送のデータ | |
|---|---|
| 英名 | Tokyo Broadcasting System,Inc. |
| 放送対象地域 | 千葉県・神奈川県) |
| ニュース系列 | JNN |
| 番組供給系列 | TBSネットワーク |
| 略称 | TBS |
| 愛称 | TBS TBSテレビ |
| 呼出符号 | JORX-(D)TV |
| 呼出名称 | TBS(デジタル)テレビジョン |
| 開局日 | 1955年4月1日 |
| 本社 | 〒107-8006 東京都 港区赤坂5-3-6 TBS放送センター内 |
| 演奏所 | スタジオを参照 |
| アナログ親局 | 東京 6ch |
| ガイドチャンネル | 6ch |
| リモコンキーID | 6 |
| デジタル親局 | 東京 22ch |
| 主なアナログ中継局 | アナログ中継局参照 |
| 主なデジタル中継局 | デジタル中継局参照 |
| 公式サイト | 公式サイト |
| 特記事項: 2001年9月までラテ兼、サインはJOKR |
|
他局と合同出資した会社(フジテレビとの合同出資によるム・ーハや、フジおよびテレビ朝日との合同出資によるトレソーラ)を設立するなど、他のキー局との交流もある。
労働組合の力が強い。その一例として、赤坂本社内のスタジオ(報道用のNスタ・Sスタを除く)については、労働組合との深夜労働に関する取り決めの関係から、事前に延長使用届を提出していない場合は24時(午前0時)に強制的に照明の電源が落とされる。そのため通常の番組収録では、24時前に収録が終了するようにスケジュールを組む。最近では『うたばん』など、それを逆手に取って笑いのネタとして積極的に活用する番組も現れている。
ホリプロとはパイプが太く、「赤いシリーズ」など古くから番組制作に関わっている。特に、ホリプロの和田アキ子を積極的に番組に起用していることでも知られる。また、ジャニーズ事務所や個人ではTBSの長寿ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の主演を務めている泉ピン子などとも結びつきが強い。
2000年以降は行政処分が出されるような重大な不祥事や類似した不祥事が多く起きている。(下記参照)
[編集] テレビ部門
1980年代までは、TBSテレビはドラマ・バラエティー・報道の各分野で、バランス良く高い視聴率を保ち、その質においても評価されていた。こうしたことから、『民放の雄』ともいわれ、さらに民放では珍しく報道に力を入れていたことから、『民放のNHK』、『報道のTBS』ともいわれた。また、在京キー局としては唯一のテレビ・ラジオ兼営局として、長い間日本の民間放送界をリードする存在でもあった。
しかし、1980年代後半から1990年代にかけて、社内の人員構成の高齢化などで番組編成の新陳代謝が遅れ、徐々にその勢いに陰りが見え始める。その打開策として、1992年に行われたTBS系列のバラエティ&クイズ番組大改革(『わくわく動物ランド』、『クイズ100人に聞きました』、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』、『クイズダービー』等、視聴率の高低、地域差などにもかかわらず、当時放送されていた1970年代-1980年代からの長寿番組を次々と独断で打ち切り、1992年10月から月曜-木曜の19時台を『ムーブ』と呼ばれるバラエティ番組枠を当時の社長磯崎洋三の肝煎りで制作した)が結果的に失敗したこと、さらに1996年に発覚した「オウム真理教関連の事件であるTBSビデオ問題」をはじめとした不祥事が多発した影響もあり、視聴率に関しては「冬の時代」を迎えることとなった。こうしたことから、TBSの視聴率は、それまで万年4位であったテレビ朝日にも抜かれることが多く、以前のテレビ朝日について評された『振り向けばテレビ東京』というような言葉が、TBSについても言われるようになった。2001年ごろから、「K-1 WORLD MAX」やプロボクシング(亀田兄弟)といったスポーツ中継番組などによって、視聴率は1990年代の「冬の時代」よりは持ち直している。
1980年代に「8時の空」という10分の気象情報番組では、各地の天気カメラをつなぐ「お天気カメラリレー」を開始。
2005年3月末をもって、視聴率不振が続く『ウォッチ!』『(特)情報とってもインサイト』『ジャスト』『JNNニュースの森』などの平日ベルト番組を終了させるかつてない改編、通称「TBSの変」を敢行した。
- 『ウォッチ!』の後枠にはみのもんた司会の『みのもんたの朝ズバッ!』がスタート。
- 『とってもインサイト』の後枠には『きょう発プラス!』を昼のJNNニュースと統合・拡大して2時間番組として開始。
- 夕方ニュース枠は『イブニング・ファイブ(JNN枠は『JNNイブニング・ニュース』として区別)』として他局に追随し2時間のワイド編成となった。
- 2006年4月3日からは『ジャスト』を終了して以降、再放送枠になっていた平日14時台に、1年ぶりの生情報番組『2時ピタッ!』がスタートした。
- 『朝ズバッ!』『イブニング・ファイブ』は成功し番組は軌道に乗ったものの、『きょう発プラス!』『2時ピタッ!』は視聴率で苦戦し、双方の番組出演者・スタッフが担当する時間帯を一部入れ替えた形で、『ピンポン!』『2時っチャオ!』を2006年10月2日よりスタートさせた。
- 2008年4月にも大改編を実施し、従来日曜夕方に放映されていた『JNN報道特集』を土曜夕方に移動・拡大の上、『報道特集NEXT』としてリニューアルした。
[編集] アニメ
- 近年、TBSが製作するテレビアニメ番組は自局または持分法適用会社のBSデジタルテレビ放送局・BS-iの、共に深夜枠(深夜アニメ)がほとんどである。
- TBS(JNN)ネットワークのアニメーション番組を長年支えてきたのは在阪準キー局の毎日放送(MBS、毎日新聞社との資本関係は様々な経緯から現在は解消したが、TBS・RKBと共に友好社となっている)であり、本放送以来約10年ぶりにゴールデン帯で再放送された『まんが日本昔ばなし』をはじめ、最近では『機動戦士ガンダムSEED』や『鋼の錬金術師』などのアニメ作品を制作してきた。
- また最近ではTBSが製作に携わりながら、当のTBSでは放映せず、排他協定の適用外とした上でUHFアニメとして放映される作品もある(ただし、BS-iなどTBS関連の衛星放送局で放映することがあるほか、過去にはRKB毎日放送で放映した作品もあった)。
- 2007年10月より2クール放映の『灼眼のシャナII (Second) 』(MBS製作)は、UHFアニメ(第1期はMBSが幹事局担当のUHFアニメだった)史上初めて続編が在京キー局系列で放映された(その逆は何度かあった)。
- 近年までMBS・中部日本放送(CBC)製作深夜アニメの逆ネットには消極的だったが、2006年4月以降は両局ともに1本ずつ逆ネットしている。
- 2008年4月現在、TBSではアニメ枠は週5本あるが(再放送は含まない)、そのうちの3本は系列局からの逆ネット枠(MBSから2本、CBCから1本)である。つまり、系列局から逆ネットするアニメが自社制作分より多い。
- アニメの表現規制はテレビ東京並みに厳しい。とりわけ、流血描写に関してはテレビ東京以上に厳しいなどと言われている。一方でMBS・CBCでは表現規制はかなり緩く、両局が共同でUHFアニメを放映することも多い。
[編集] 特撮
- TBSが制作していた特撮番組としては「ウルトラマン」シリーズが有名であるが、時間帯などの関係で「平成ウルトラマン」シリーズと呼ばれる「ウルトラマンティガ」-「ウルトラマンコスモス」はMBS、「ウルトラマンネクサス」以降はCBC制作となっている。
- 仮面ライダーストロンガー-仮面ライダーBLACK RX以降の仮面ライダーシリーズの放映権も持っていたが(制作は初代シリーズからのMBS)、2000年に製作されたいわゆる「平成仮面ライダーシリーズ」の第一作となる仮面ライダークウガからは、共同制作している東映が大株主であり、初代シリーズから仮面ライダーアマゾンまでMBSからネット受けしていたテレビ朝日が制作・放送している。
- 日本の民放テレビ局では最後まで消費者金融会社のコマーシャル(CM)を解禁していなかったが、2001年4月1日に解禁した。当時、ラジオでは既にCMを解禁していたがテレビは「ビデオ問題」(後述)の反省と、当時の消費者金融会社の企業体質がネックとなっていた。
[編集] ラジオ部門
- ラジオ部門は2001年10月1日付で、既に制作会社として設立されていた「TBSラジオ&コミュニケーションズ」社に放送事業免許を含めた全てを移管している。詳細については同社の項を参照。
- TBSラジオの聴取率は首都圏聴取率調査の首位を継続して獲得している[1]。
[編集] 沿革
- 1951年(昭和26年)5月、東京都千代田区霞ヶ関に資本金1億5千万円で株式会社ラジオ東京設立(設立登記5月17日)。 初代社長は足立正。
- 1951年(昭和26年)12月25日、東京都千代田区有楽町の毎日新館内のスタジオより全国6番目、関東地方では初となる民間中波放送の本放送開始。(コールサインJOKR、周波数1130kHz、出力50kW)
- 1953年(昭和28年)8月、周波数を950kHzに変更。
- 1953年(昭和28年)12月、"KRT"を略称とする。(Kabusikigaisha Radio Tokyoから由来するが、テレビ放送開始をにらんだJOKR-TVにも因むといわれる。実際その通りになったのだが、世間一般にはほとんど浸透していなかった。)
- 1955年(昭和30年)4月1日、東京都港区赤坂一ツ木町(現在地)で地上アナログテレビジョン放送の本放送開始。(呼出符号JOKR-TV、チャンネル6、映像出力10kW、音声出力5kW。送信所も同所。なお世間一般には、新聞のテレビ欄表記から「KRテレビ」や「ラジオ東京テレビ」と呼ばれていた。)
- 1958年(昭和33年)10月31日、同局初のVTRを使ったテレビドラマ『私は貝になりたい』(橋本忍脚本、岡本愛彦演出。VTRは前半で使用し、後半は生放送)を放送。大反響を呼び、この年の芸術祭大賞を受賞した(尚、番組は全編ビデオテープにて保存されている)。
- 1959年(昭和34年)8月1日、皇太子ご成婚パレード中継での取材協力を機に、NHKに対抗する日本初のニュースネットワークとして「JNN(Japan News Network)」を結成。
- 1960年(昭和35年)1月17日、テレビ送信所を赤坂から東京タワーに移転。映像出力50kW、音声出力12.5kWに増力。
- 1960年(昭和35年)9月10日、カラーテレビ本放送を開始(カラー放送は開始当初1日平均5分のフィルムによる番組しか行っておらず、カラーVTRを同社はまだ使っていなかった。ちなみにNHK、日本テレビと共に東京地区では初だった)。
- 1960年(昭和35年)10月、東京証券取引所第一部に株式を上場。
- 1960年(昭和35年)11月29日、株式会社東京放送と商号変更し、略称をTBSとする。この頃、「東京テレビ」「東京ラジオ」という呼称を採用したものの、定着には至らなかった。
- 1961年(昭和36年)8月、電波を象徴した新社名ロゴタイプ(筆写体)制定。(デザイン:今道潤三、製作:市川景)
- 1961年(昭和36年)9月、コーポレートカラー「光の3原色(青・赤・緑=能力・熱意・責任)」制定。車両の塗装等に使用開始。
- 1961年(昭和36年)10月、「光の3原色」による社旗、社章(バッジ)制定。
- 1961年(昭和36年)10月12日、赤坂のテレビスタジオ隣に本社社屋完成。ラジオスタジオおよび本社機構を移転。
- 1961年(昭和36年)12月1日、社名呼称をTBSに統一(公用文等を除き、原則「東京放送」を使用しない)。
- 1962年(昭和37年)日本初のラジオ1波によるAMステレオ放送の実験放送を行う(1964年まで。AM/FM方式)。
- 1962年10月1日史上初の“キャスターニュース”且つネットワーク制作参加ニュース『JNNニュースコープ』スタート(初代キャスターは現・参議院議員の田英夫と元読売新聞記者の戸川猪佐武)。
- 1964年(昭和39年)10月10日、東京オリンピック開始に伴い、テレビ放送で、同社初の放送でのカラーVTRの稼動を始める(この開会式が、TBSが録画したもので残っている最古のカラービデオである)。
- 1965年(昭和40年)5月2日、ラジオネットワーク「JRN(Japan Radio Network)」を結成。
- 1967年(昭和42年)1月15日、『東芝日曜劇場・女と味噌汁』(1965年から始まった連続シリーズ)が局初のカラーテレビドラマ(カラーVTR録画・再生)として制作、放送。
- 1968年(昭和43年)9月30日、この日の夕方のテレビ『JNNニュースコープ』からテレビニュース報道のカラー放送を開始。これに伴い、カラーフィルムによるニュース取材を開始。
- 1969年(昭和44年)12月31日、『輝く!日本レコード大賞』をテレビ生中継(カラー)で放送。以後、毎年同局の大晦日の看板番組となる。
- 1971年(昭和46年)11月、ラジオの出力を100kWに増強。
- 1973年(昭和48年)12月20日、読売新聞社・朝日新聞社・毎日新聞社の3社首脳間で日本テレビとTBSの新聞資本を統一する合意が成立。翌1974年(昭和49年)2月、創立時からの新聞資本が毎日新聞社だけになる。
- 1974年(昭和49年)11月19日、近畿地方の準キー局が、これまでの朝日放送(ABC)から毎日放送(MBS)に変更することで基本合意。ABCはこれまでMBSとネットを組んでいた日本教育テレビ(NET。現・テレビ朝日)とネットを組むことになる。翌1975年(昭和50年)3月31日からTBS-MBSの新ネットワークがスタート。テレビネットワークのいわゆる“腸捻転”が解消される。
- 1977年8月29日、史上初の3時間ドラマ『海は甦る』(江藤淳・作、仲代達矢主演)を放送。なお番組中、スポンサーの日立製作所も史上初の3分CMを4本放送。
- 1978年(昭和53年)11月20日、テレビ音声多重放送を開始(実用化試験放送。最初の放送は「JNNニュースコープ」の2ヶ国語放送。同局のステレオ放送第1号は、同11月25日の「クイズダービー」。しかも、その「クイズダービー」は、おそらく世界初のステレオ放送のクイズ番組であった)。
- 1978年(昭和53年)11月23日、ITU(国際電気通信連合)の取り決めでラジオの周波数が9kHzステップへ移行。それに伴い、午前5時をもって、周波数を954kHzに変更。
- 1981年(昭和56年)3月、横浜市緑区(現:青葉区)に緑山スタジオ・シティ完成。
- 1981年(昭和56年)春頃、テレビ音声多重ステレオ放送で、音声媒体としてPCMデジタルプロセス(録音から編集、再生まで全て)を採用した当時としては画期的な番組を放送する(多分、世界初。内容は小沢征爾指揮によるストラビンスキー『春の祭典』。同じ演奏を映像と音声は別々にタイム・コード同期されて記録、編集し、再生され送出された。ただし、PCMデジタルプロセスを用いたにもかかわらず、放送自体はアナログである)。
- 1983年(昭和58年)11月、テレビ音声多重本放送開始。
- 1986年(昭和61年)4月、テレビ文字多重本放送開始。
- 1987年(昭和62年)10月、テレビ24時間放送開始。
- 1989年(平成元年)8月24日、テレビ・クリアビジョンの本放送を開始。
- 1990年(平成2年)頃、日本の放送業界で初めてテレビ放送の送出媒体として、D-2方式によるソニー製デジタルVTRを稼動開始(初めはCM送り出しに使用された)。
- 1990年(平成2年)12月2日、創立40周年事業として、宇宙特派員・秋山豊寛を乗せた宇宙船(ソユーズ)をソ連・カザフのバイコヌール宇宙基地から打ち上げる(「TBS宇宙プロジェクト」)。
- 1991年(平成3年)9月30日、コーポレートアイデンティティ(ミクロコスモス)導入。これに伴い、長年親しまれてきた筆記体マークを廃止。(同局番組「ドリーム・プレス社」は番組のロゴとして筆記体マークを復活させ使用している。)
- 1992年(平成4年)3月15日午前9時、ラジオのAMステレオ放送の本放送を開始。
- 1992年(平成4年)12月30日、『元旦まで感動生放送!史上最大39時間テレビ』を放送。
- 1994年(平成6年)3月、「ミクロコスモス」によるシンボルマーク、簡略形マーク、社名ロゴタイプを廃止。新ロゴタイプ(製作:小河原義一)に統一し、同3月28日から使用開始(現在も使用されている)。
- 1994年(平成6年)10月3日、現社屋「TBS放送センター」(愛称:ビッグハット)に移転。旧社屋は「赤坂メディアビル」に改称。正面ゲート守衛詰所・車両検問所の建屋は、円盤形の屋根がついていることからビッグハットにちなみ、“スモールハット”と称されている。この日は21時から約2時間、新社屋移転の特別番組が生放送された(運用開始したA・Bスタジオからの生放送や社屋移転で運用を終了した旧社屋Gスタジオ内部の様子も放送された)。
- 1998年(平成10年)4月1日、CS「JNNニュースバード」放送開始(2006年4月「TBSニュースバード」に名称変更)。
- 2000年(平成12年)2月、TBSグループ、JNN、TBSネットワークの共通新シンボルマークとして、漢字の“人”をモチーフにした「ジ〜ン」(一般公募)を制定。『JNNニュースの森』(当時)や『NEWS23』など全てのJNNニュース番組のサブタイトルや、MBSやCBCなど系列局制作も含めた全国ネット番組のクレジットタイトルなどで表示されている(現在はJNNニュース番組での表示は一部を除き無し)。また一部系列局でも、ローカルニュース番組のセットに使用されたことがある(現在は廃止されている)。
- 2000年(平成12年)3月21日、完全連結子会社としてラジオ現業部門を行う 株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズ、テレビの娯楽番組制作を行う 株式会社TBSエンタテインメント、テレビのスポーツ番組制作を行う 株式会社TBSスポーツを設立・分社化。
- 2000年(平成12年)12月1日午前11時、系列のBSデジタル放送「BS-i」(デジタルBS6Ch)放送開始。
- 2001年(平成13年)3月1日、完全連結子会社として情報番組・情報生番組の制作を行う 株式会社TBSライブを設立・分社化。
- 2001年(平成13年)10月1日、中波放送局の免許(コールサイン:JOKR)を株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズに承継。これに伴いテレビ局のコールサインを変更(JOKR-TV→JORX-TV、呼出名称も「東京放送」から「TBSテレビジョン」に変更)。
- 2002年(平成14年)7月1日、CS放送局「TBSチャンネル」放送開始。
- 2003年(平成15年)7月1日、系列会社の株式会社木下プロダクションを商号変更・連結子会社化、事実上の第二エンタテインメント制作分社となる株式会社ドリマックス・テレビジョンを設立。
- 2003年(平成15年)12月1日午前11時、地上デジタルテレビジョン放送の本放送開始。(当初は簡易マスターで対応。アナログ放送は既存のマスターを継続使用。)
- 2004年(平成16年)キャッチフレーズに“チャンネル・ロック”を採用。デジタルTVもアナTV同様6chであるのを受け、固定(lock)や音楽(rock)の意味を込めた。
- 2004年(平成16年)10月、TBSエンタテインメント、TBSスポーツ、TBSライブの子会社3社が再合併し株式会社TBSテレビ発足。
- 2005年(平成17年)2月7日 地上デジタルテレビジョン放送の送出を簡易マスターから本格統合型マスター(NEC製アナログ・デジタル統合マスター)に移行して運用開始。同時にアナログ放送も現社屋移転当日の1994年10月3日より稼動していたアナログ放送単独マスターから、本格統合型マスターに移行した。
- 2005年(平成17年)3月 TBS平日ワイド大改編『TBSの変』実施。
- 2005年(平成17年)7月20日 カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC/TSUTAYA)と共同で、DVDソフトの市場拡大に対応する映像ソフト事業の強化とモバイルやインターネットを利用したコンテンツ事業の拡大を目的とした企画会社「TCエンタテインメント株式会社」の設立を発表。
- 2005年(平成17年)8月30日 日興プリンシバル・インベストメンツと、韓国最大のドラマ制作会社「キム・ジョンハク プロダクション」に共同投資することを発表。
- 2005年(平成17年)8月31日 ADSL事業を行うイー・アクセスの子会社で携帯電話などのモバイルブロードバンド通信事業を行うイー・モバイルに100億円の出資を行うと発表。
- 2005年(平成17年)9月2日 三井物産と、2006年春スタート予定の携帯電話向け地上デジタル放送(1セグ放送)のデータ放送領域を活用した新サービスを検討する企画会社を「TMモバイル企画」(仮称)を9月下旬に都内に設立することで合意。
- 2005年(平成17年)11月1日 PCおよびSTB利用によるブロードバンドテレビ向けの動画オンデマンド配信サービス『TBS BooBo Box』を開始。
- 2006年(平成18年)3月1日 生番組のほとんど全部がハイビジョン化される。
- 2006年(平成18年)4月1日 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。また、テレビのサービスエリアである関東区域内の報道取材が原則としてすべてハイビジョン化される(民放初)。
- 2007年(平成19年)3月下旬 生番組系で使用される字幕(テロップ)・CGシステムの更新を開始。4月22日をもって完全に新システムへ移行完了。
- 2008年(平成20年)3月20日 旧社屋跡地で行われていた再開発計画赤坂サカスが竣工・グランドオープン。
[編集] テレビネットワーク構築の歴史
- 1955年(昭和30年)4月1日 ラジオ東京テレビとして開局。この時点でネット局はなし。
- 1956年(昭和31年)12月1日 この日テレビ放送開始の中部日本放送と同日開局の大阪テレビとネットを組む。(※ どちらも日本テレビ放送網(以下日本テレビ)とのクロスネットであった。)
- 1957年(昭和32年)4月1日 この日テレビ放送開始の北海道放送とネットを組む。(※ 日本テレビとのクロスネットであった。)
- 1958年(昭和33年)3月1日 この日テレビ放送開始のラジオ九州(※ ラジオ九州は同年8月1日西部毎日テレビ放送と合併してRKB毎日放送と改称した。)とネットを組む。(※ 日本テレビとのクロスネット)
- 1958年(昭和33年)6月1日 この日テレビ放送開始の山陽放送とネットを組む。(※ 日本テレビとのクロスネット)
- 1958年(昭和33年)8月1日 この日まで開局した山陽放送を除く5局でニュースネットワーク協定に調印(※ JNNの土台となる。)
- 1958年(昭和33年)8月28日 大阪テレビ放送・RKB毎日放送がクロスネットからマストバイネット局となる。(※ 読売テレビ放送・テレビ西日本が開局し両局が日本テレビステーション・ネット局を宣言したため)
- 1958年(昭和33年)11月22日 この日開局した関西テレビ放送とも一部に限りネットを組む。
- 1958年(昭和33年)12月25日 この日開局した東海テレビ放送と中部日本放送が番組に限りネットを共有。(※ 日本テレビクロスネットも同じであった。東海テレビ放送は翌年の3月1日以降フジテレビジョン(以下フジテレビ)・日本教育テレビ(現:テレビ朝日、以下NET)ともクロス=カルテットクロスを編成する。)
- 1959年(昭和34年)3月1日 この日テレビ放送開始の毎日放送と一部に限りネットを組む。(※ 関西テレビ・大阪テレビと共に同年2月1日開局の日本教育テレビ(現:テレビ朝日)・同日開局のフジテレビとのトリプルクロスを共有していた。)
- 1959年(昭和34年)4月1日 札幌テレビ放送開局。これにより北海道放送はクロスネットを日本テレビからフジテレビ・NETに段階的に変更。(完了したのはこの年の大晦日)。
- 1959年(昭和34年)8月1日 前年にニュースネットワーク協定に調印した5局とこの日までに開局ないしテレビ放送開始の東北放送・新潟放送・信越放送・静岡放送・北陸放送・日本海テレビジョン放送・山陽放送・中国放送・長崎放送・熊本放送・南日本放送の11局と番組販売参加の南海放送・高知放送の2局でニュースネットワークJNNを結成。(以降現在の社名で表記した。)
- 1959年(昭和34年)9月1日 この日テレビ放送開始のIBC岩手放送(当時は岩手放送)がJNNに加盟。
- 1959年(昭和34年)10月1日 この日テレビ放送開始の大分放送がJNNに加盟。
- 1959年(昭和34年)12月15日 この日テレビ放送開始の山陰放送がJNNに加盟し日本海テレビジョン放送が脱退。
- 1960年(昭和35年)2月1日 ラジオ東京テレビ・中部日本放送・朝日放送(※ 朝日放送は1959年3月1日に大阪テレビ放送を子会社化(=ABC大阪テレビ放送)し3ヵ月後の6月1日に吸収合併し同社のテレビ局とした。)・RKB毎日放送が四社連盟に加盟しJNN基幹局となる。これによりマストバイネット固定となる。これにより中部日本放送は東海テレビ放送との番組クロスネット共有を、朝日放送は関西テレビ放送・毎日放送との番組トリプルクロスネット共有を解消した。
- 1960年(昭和35年)3月1日 北海道放送がJNN基幹局となる。(※ これにより四社連盟は五社連盟と改称。)ただし、特例により東芝日曜劇場製作参加にとどまった。
- 1960年(昭和35年)4月1日 この日テレビ放送開始の秋田放送が番組販売でJNNに参加。
- 1960年(昭和35年)10月1日 この日テレビ放送開始の宮崎放送がJNNに加盟。
- 1963年(昭和38年)4月1日 この日開局の福島テレビが番組販売でJNNに参加。
- 1964年(昭和39年)9月1日 RKB毎日放送が番組に限り日本テレビとのクロスネット復活。(いわゆる腸捻転と呼ばれるネットチェンジ、理由はそれまでの系列局テレビ西日本がフジテレビ系列となったため。)
- 1969年(昭和44年)4月1日
- 1969年(昭和44年)12月1日 この日開局の青森テレビ番組販売でJNNに参加(開局時からJNNニュースのネット受けを行い、報道取材活動にも協力していたが、番組編成がNET〔後のテレビ朝日〕とのクロスネットで、全国ニュースの一部にもNETニュース〔後のANNニュース〕が含まれていたため排他協定との関係で当初は正式加盟できなかった)。
- 1970年(昭和45年)4月1日 この日開局のテレビ山梨・テレビ山口・テレビ高知がJNNに加盟。後者の加盟により高知放送が番組参加でのJNNを取りやめる。
- 1971年(昭和46年)10月1日 福島テレビが福島中央テレビとのネット交換によりJNNに加盟。
- 1972年(昭和47年)5月15日 沖縄県の施政権返還により琉球放送が正式にJNNに加盟。(※ 復帰前の沖縄ではまず1959年(昭和34年)11月1日沖縄テレビ放送がテレビ番組のテープネットを開始し1960年(昭和35年)6月1日テレビ放送開始の琉球放送と共有する事となる。そして琉球放送がJNN特派員配置局の位置付けとなりマイクロネット回線が開通した1964年(昭和39年)9月1日以降は琉球放送に集中していった。1995年10月より3局以下地区では珍しいマストバイ局となり現在へ。)
- 1972年(昭和47年)7月22日 山陰放送が山陰相互乗り入れにより島根県のみから島根県・鳥取県両県での放送に移行。
- 1974年(昭和49年)11月18日 毎日放送に「1975年3月31日から朝日放送に代わりネットを開始する」と、同時に朝日放送に「1975年3月30日をもってネットを打ち切り翌日から毎日放送とネットを開始する。」と通告する。
- 1975年(昭和50年)3月31日
- 1975年(昭和50年)10月1日 東北放送・中国放送がマストバイネットを開始。
- 1979年(昭和54年)7月1日 静岡放送がマストバイネット開始。
- 1983年(昭和58年)4月1日
- 1983年(昭和58年)12月4日 この日開局のテレビユー福島がJNNに加盟。同時にマストバイネットを開始。
- 1989年(平成元年)10月1日
- 1990年(平成2年)10月1日 この日開局のチューリップテレビがJNN加盟。
- 1991年(平成3年)4月1日 信越放送・長崎放送がマストバイネットを開始。
- 1991年(平成3年)10月1日 北陸放送がマストバイネットを開始。
- 1992年(平成4年)10月1日
- 1994年(平成6年)10月1日 南日本放送がマストバイネットを開始。
- 1995年(平成7年)4月1日 あいテレビがマストバイネットを開始。
- 1996年(平成8年)10月1日 IBC岩手放送がマストバイネットを開始。
- 1997年(平成9年)4月1日 テレビユー山形がマストバイネットを開始。
- 2000年(平成12年)1月1日 新潟放送がマストバイネットを開始。
[編集] 所在地
[編集] 本社
- 東京都港区赤坂5丁目3番6号 TBS放送センター
- 郵便番号:107-8006(テレビ・ラジオ各TBS制作番組宛ての番号は「107-8066」、ちなみに東京都港区赤坂の郵便番号は107-0052。)
- 電話番号:03-3746-6666
[編集] 関西支社
[編集] アクセス
- 本社
- 千代田線赤坂駅から徒歩約1分(赤坂駅には「TBS前」の副名称がある。また3b出口は正面ゲート内で、メトロプラザの別名がある)
- 銀座線・丸ノ内線赤坂見附駅から徒歩約5分
- 港区コミュニティーバスちぃばすも利用可能。
- 南北線・銀座線溜池山王駅から徒歩約5分
- 都営大江戸線・日比谷線六本木駅、半蔵門線・銀座線・都営大江戸線青山一丁目駅へは港区コミュニティーバスちぃバスを利用。
- 関西支社
- 大阪市営地下鉄四つ橋線西梅田駅徒歩3分
- 阪神電鉄梅田駅徒歩3分
- JR京都線、神戸線、宝塚線、大阪環状線大阪駅徒歩4分
- JR東西線北新地駅徒歩4分
- 大阪市営地下鉄御堂筋線梅田駅徒歩10分
- 大阪市営地下鉄谷町線東梅田駅徒歩12分
- 阪急電鉄梅田駅徒歩15分
[編集] スタジオ
[編集] TBS放送センター(ビッグハット)
(東京都港区赤坂、赤坂サカス内)
- Aスタジオ(HD/SD、4F、260坪)…本社最大のスタジオ 関口宏の東京フレンドパークII、うたばん、みのもんたのサタデーずばッと、チャンネル☆ロック!、ブロードキャスター、スーパーサッカー、アッコにおまかせ!、さんまのSUPERからくりTVなど
- Bスタジオ(HD/SD、4F、260坪)…本社最大のスタジオ 学校へ行こう!MAX、金スマ、恋するハニカミ!、オールスター感謝祭、CDTV、どうぶつ奇想天外!など
※AスタジオとBスタジオは美術搬入口が一体化しているため、共同搬入口部を用いて連結が可能
- Cスタジオ(HD対応、4F、180坪)…バーチャル対応スタジオ はなまるマーケット、2時っチャオ!、サンデーモーニング、噂の!東京マガジン、報道特集、時事放談、王様のブランチ(2008年4月より)など
- Dスタジオ(HD対応、2F、180坪)…情報系生番組専用スタジオ みのもんたの朝ズバッ!、ピンポン!、オビラジR、報道特集NEXT、サンデージャポンなど
- Eスタジオ(HD/SD、3F、約24坪)…BS用スタジオ、中継番組の送出サブとしても使用
- Fスタジオ(HD/SD、3F、約24坪)…BS用、バーチャル用スタジオ、中継番組の送出サブとして使用するほか、グローバルナビ(BS)、TBSチャンネルガイド(CS)、東京ビンゴナイト(現:単発「スーパービンゴナイト」)などでも使用
- Nスタジオ(HD/SD、2F、180坪)…ニュース専用スタジオ(報道局隣接) JNNニュース、イブニング・ファイブ、NEWS23など
- Pスタジオ(HD/SD、約25坪)…外が見えるガラス張りのパノラマスタジオ。中継番組の送出サブなどスポーツのメーンスタジオとしても使用。MLB主義など
- Sスタジオ(SD、報道局内オープンフロアの為面積不明)…