東京サンシャインボーイズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

東京サンシャインボーイズ(とうきょうサンシャインボーイズ)は、日本劇団1983年日本大学芸術学部に在籍していた三谷幸喜を中心に旗揚げ。人気絶頂期には、新宿にあったTHEATER/TOPS を拠点に活動していた。

来歴[編集]

劇団名は、アメリカの劇作家のニール・サイモンの代表作「サンシャイン・ボーイズ」に由来する。

当初は名もない小劇団に過ぎなかったが、三谷幸喜の独特の感性による脚本、演出で次第にその評判を上げていき、「チケットのとれない劇団」とまで言われるようになった[誰によって?]

「喜劇といえばブラック・コメディが主流」だった演劇界において、ニール・サイモンの影響を受け、オリジナル脚本ではそれまでの日本にはほとんどなかった「ウェルメイド・プレイ」(毒は少ないが、洗練された喜劇)を上演することが特徴であった。それゆえ、80年代の「小劇場ブーム」を代表する野田秀樹鴻上尚史の作風はもちろんのこと、日本の小劇場演劇の誰からも影響を受けない集団として知られていた。

1994年、『東京サンシャインボーイズの罠』を最後に30年間の充電期間に突入。

2009年3月、「老境サンシャインボーイズの『リア玉』」を上演予定だった新宿のTHEATER/TOPSが閉館することとなったため、急遽東京サンシャインボーイズの新作『returns』が上演された。その後ふたたび充電期間に入った。『returns』の終演後には戸田恵子のアナウンスで「これより15年間の休憩に入ります……」との言葉が流れた。

主な俳優[編集]

以上3人が自称:「東京サンシャインボーイズ幹部会」

主宰者三谷幸喜が劇団作品に出演した際の役名

主な客演[編集]

ことあるごとに劇団員であると広言していることが、幹部会の重要議題らしい(『笑の大学』パンフレットより。)
役者ではなく、三谷幸喜の助手として中期に稽古場に登場し、相島一之の大学の後輩にあたる。

元劇団員[編集]

全公演記録[編集]

1983年

1984年

1985年

1986年

1987年

1988年

1989年

1990年

1991年

1992年

1993年

1994年

2009年

2024年

外部リンク[編集]