条約港

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

条約港(じょうやくこう)は、不平等条約によって開港を規定された港湾。開港場ともいう。

概要[編集]

1842年南京条約で五港を開港した中国を始め、日本朝鮮などでも条約港が設定された。

条約港では治外法権をもつ租界外国人居留地が設定され、欧米列強の半植民地的支配の拠点となったが、その反面、条約港を中心として近代文明が導入された一面もある。

中国の条約港はその後の北京議定書天津条約下関条約などによりさらに拡大した。

中国(清)[編集]

日本[編集]

1844年、イギリス船とフランス船[1]が琉球に来航し通商を要求する。幕府は、琉球に限り薩摩藩の対英仏通商を許可をした。1847年、薩摩が琉球を英仏に開港した。[2]

1854年嘉永7年)の日米和親条約によって、下田および箱館(函館)が条約港として開港した。その後、アメリカ合衆国以外との間で長崎も条約港となったが、実際に開港するには至らなかった。

1858年安政5年)の日米修好通商条約を初めとする安政五カ国条約により、長崎、神奈川(横浜)新潟兵庫(神戸)の「四港」が新たに条約港に指定され、その一方で下田が指定を解除された。これ以降、約5年の運用期間に留まった下田を除く5つの港をもって「開港5港」との通称が用いられるようになった。

日本の条約港の沿革


開港5港
下田 箱館
(函館)
四港
長崎 神奈川
(横浜)
新潟 兵庫
(神戸)
地図 地図 地図 地図 地図 地図
日米和親条約
1854年3月31日嘉永7年3月3日
条約港
開港
条約港
開港
日英和親条約
1854年10月14日(嘉永7年8月23日

条約港 条約港
(不開港)
日露和親条約
1855年2月7日安政元年12月21日
条約港 条約港 条約港
(不開港)
安政五カ国条約
1858年(安政5年)

条約港 条約港
(不開港)
条約港
(不開港)
条約港
(不開港)
条約港
(不開港)
1859年7月4日(安政6年6月5日

条約港
開港
条約港
開港
1860年1月1日(安政6年12月9日



条約港
開港
1860年1月4日(安政6年12月12日 閉鎖



1863年1月1日(文久2年11月12日




条約港
開港

朝鮮[編集]

朝鮮は1876年日朝修好条規釜山ほか2港の開港を定め、1880年元山1883年仁川が開港した。後には米国英国フランスイタリアなどと締結した通商条約で条約港は拡大した。

脚注[編集]

  1. ^ 日仏交流の始まり FranceNewsDigest
  2. ^ 沖縄県の歴史 Wikipedia

外部リンク[編集]