李漁

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李 漁(り ぎょ、1610年-1680年)は、如皋市出身の朝後期から朝初期の劇作家、小説家、出版者である。幼名は仙侶、字は笠翁。覺世裨官と号する。中国のシェイクスピア。

生涯[編集]

雉皋(現在の江蘇省如皋市)の出身。少年の頃から四方に遊歴し名士たちと交遊し、晩年は南京から杭州に移住し西湖のほとりに家を構える。周囲の景色が美しく意にかなったので、「湖上笠翁」とも号する。才子をもって任じ女子どもにまで知られ、李十郎と呼ばれていた。男女の性に関わる話題を好んで談じたので、いわゆる正人君子の排斥するところとなる。例えば袁于令は「李漁はあくせくとして相手に迎合するのを得意とし、名士と交流し詞曲小説を作るのを好み、その内容は淫褻を極める。…その行いは汚らわしく士大夫にふさわしくない」と酷評した。李は劇作家であると同時に、自身の劇団を率いて旅する俳優、演出家、監督でもあった。彼の劇『風箏誤』は現在でも崑曲で人気のある演目である。一生のうち40年は旅のうちに過ごし、名山大河の10中6,7は訪れたと自負した。

また李は精巧な喜劇で中国の性愛文学の古典である『肉蒲団』の作者であるとも推測されている。『十二楼』という短編集も書いている。当時、彼の作品は広く読まれ、大胆な着想が高く評価されていた。『萃雅楼』や『無声戯』では、同性愛(中国では、「後庭花」という)の主題を扱った。井原西鶴に影響を与える。

李は有名な絵手本である『芥子園画伝』の序文を書き、南京で出版した。

著作[編集]

  • 『覺世名言』
  • 『金錦廻文傳』
  • 『笠翁一家言』
  • 『閑情偶寄』

参考文献[編集]

外部リンク[編集]