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李恵宗(りけいそう、越:Lý Huệ Tông, ? - 1225年、在位:1211年 - 1224年)は、李朝の第8代皇帝。第7代皇帝高宗の子。
1210年、父の死去で即位したが、父同様に暗愚な人物で国政を顧みなかったため、外戚の陳守度に政治の実権を握られた。
1224年、皇位の簒奪を目論む陳守度によって廃され、自身の次女でわずか7歳の李昭皇を擁立される。そして翌1225年、邪魔者となった恵宗は、簒奪の用意を整えた陳守度によって自殺を余儀なくされた。