杉本龍勇
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杉本 龍勇(すぎもと たつお、 1970年11月25日 - )は、日本の陸上競技選手、サッカー指導者(フィジカルコーチ)。静岡県沼津市出身。血液型はO型。静岡県立浜松北高等学校、法政大学(卒業後、ドイツ留学)、中京大学大学院博士課程卒業。
現在は法政大学経済学部准教授を務める。
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[編集] 略歴
- 1988年: 浜松北高3年のインターハイ(神戸)で100m10秒37、200m21秒06のいずれも大会新記録で優勝。
- 1989年: 法政大学に進学。1年のインカレで100m優勝。
- 1990年: 一年間休学してベルリンに留学し、ドイツ学生選手権の100m、200mでいずれも優勝。
- 1991年: 法政大学に復学。2年としてのインカレで100m優勝。世界陸上選手権東京大会100m、4×100mリレーに出場。
- 1992年: インカレ100m・200m優勝。日本選手権100m3位。バルセロナオリンピック100m、4×100mリレーに出場。
- 1993年: 日本選手権100m2位。世界陸上選手権シュトゥットガルト大会100m、4×100mリレーに出場。バッファローユニバーシアード陸上男子400mリレーに井上悟、宮田英明、鈴木久嗣とともに出場し、2位。
- 1994年: 再度ドイツに留学し、スポーツ経済学を学ぶ。ドイツ学生選手権100m優勝。
- 1995年: 世界室内陸上選手権大会代表(60m)
- 1997年: 日本選手権100m3位。
- 1998年: アジア陸上選手権大会100m8位、4×100mリレー2位。
- 2000年: 浜松大学経営情報学部経営情報学科講師、同学陸上競技部監督、同学サッカー部フィジカルアドバイザーに就任。
- 2005年: Jリーグ・清水エスパルスフィジカルコーチ就任。
- 2009年:浜松やらまいか大使を委嘱。
- 2010年:法政大学経済学部 準教授。
- 2011年: Jリーグに所属する湘南ベルマーレフィジカルアドバイザー就任。
[編集] 自己記録
- 100m 10秒30(1991年)
- 200m 20秒99(1991年)
[編集] 特徴
182cm、80kgと恵まれた体型から、日本人離れしたパワータイプのスプリンターであった。
インターハイ、インカレの実績ですでに日本のトップスプリンターの1人であったが、日本選手権のタイトルや日本記録はならず、また、25歳を越してから活躍が乏しく、オリンピック代表も22歳でのバルセロナに終わった。バルセロナでは4×100mリレーのアンカーとして、日本の戦後初のオリンピックでのリレー種目決勝進出に貢献。決勝のレーンは優勝したアメリカの隣で、カール・ルイスの隣のコースを走った。
高校時代の恩師である加藤晴一との出会いが彼の人生の中で最もインパクトが強く、現在の自分が在るのは加藤の指導が多大に影響していると公言している。また、自らを最後の加藤イズムの継承者であると語り、その指導方法にそれを垣間見る。
[編集] 著作
- 『杉本龍勇のスプリント基礎トレーニング 走るための「ベース」を作る実践「走」ドリル』(指導・解説:杉本龍勇、実技協力:浜松大学陸上競技部、ジャパンライム、2005/9、DVD)
- 『杉本龍勇のスプリント実戦トレーニング「速さ」の基をつくる! タイムを伸ばすための2つの要素』(指導・解説:杉本龍勇、実技協力:浜松大学陸上競技部、ジャパンライム、2007/12、DVD)
[編集] 関連項目
- 斎藤嘉彦・苅部俊二 (世界陸上選手権東京大会(1991年)当時、杉本と共に「法政3バカ」と呼ばれていた。)[1]
- 長谷川健太 (浜松大学サッカー部監督時代に杉本と知り合い、その縁で清水エスパルスコーチに就任)
- バルセロナオリンピック日本選手団
- 日本陸上競技選手権大会の記録一覧