杉山力裕

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杉山力裕 Football pictogram.svg
名前
愛称 リキ
カタカナ スギヤマ リキヒロ
ラテン文字 SUGIYAMA Rikihiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1987年5月1日(27歳)
出身地 静岡県静岡市
身長 186cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム 川崎フロンターレ
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006- 川崎フロンターレ 30 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年2月19日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

杉山 力裕(すぎやま りきひろ、1987年5月1日 - )は、日本プロサッカー選手。ポジションはゴールキーパーJリーグディビジョン1(J1)川崎フロンターレ所属。静岡県出身。

経歴[編集]

静岡県に生まれ、両親の名前から1文字ずつ取って命名された[1]。3歳の時に父親が亡くなり[1]、以後は母親に育てられた。小学生時代は麻機サッカースポーツ少年団に所属。この頃の憧れの選手は地元清水エスパルス所属のシジマール・アントニオ・マルチンスで、自宅にポスターを貼っていた他、髪型までまねたと語っている[1]

キューズフットボールクラブを経て2003年静岡学園高等学校に入学、3年時には主将も務めた。2005年に川崎フロンターレに入団。入団から数年は控えとしての日々が続いていたが、2009年9月3日ナビスコカップ準決勝の横浜F・マリノス戦で正GKの川島永嗣日本代表の遠征で不在だったこともあり公式戦デビューを果たした。W杯後に川島が移籍した後は相澤貴志が正GKを務めていたが、2010年11月14日鹿島アントラーズ戦で相澤の負傷を受けて途中出場し、リーグ戦初出場を果たした。しかし、交代直後に失点して敗れるというほろ苦いデビューとなった。

2011年は自身初の開幕スタメンを掴んだが、4月29日名古屋グランパス戦で負傷。右手中指の骨折で全治8週間と診断され[2]、その間に相澤にポジションを奪われた(なおその後相澤も故障)。復帰後も暫くは相澤の控えだったが、チームは夏場に8連敗を喫して急失速。その時に再び先発で起用されるようになって以降ゴールを守り続け、自己最多の13試合に出場した。相澤が退団した2012年より背番号を1に変更した。しかし開幕スタメンは湘南ベルマーレから加入したベテランの西部洋平に譲り、さらに練習中に左ハムストリングの肉離れを起こしてしまい2年連続での離脱となってしまった。[3]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2006 川崎 28 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2007 0 0 0 0 0 0 0 0
2008 0 0 0 0 0 0 0 0
2009 0 0 2 0 3 0 5 0
2010 1 0 0 0 0 0 1 0
2011 13 0 2 0 3 0 18 0
2012 1 5 0 1 0 2 0 8 0
2013 11 0 7 0 2 0 20 0
2014
通算 日本 J1 30 0 12 0 10 0 52 0
総通算 30 0 12 0 10 0 52 0
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2007 川崎 28 0 0
2009 0 0
2010 0 0
2014 1 0 0
通算 AFC 0 0

脚注[編集]

  1. ^ a b c 由本裕貴『この男にドラマあり 担当記者の推しメン 川崎F 由本裕貴記者』 日刊スポーツ大阪版 2011.4.30第7版 p.9
  2. ^ 杉山力裕選手の負傷についてJ`s GOAL 2011年4月30日
  3. ^ 杉山力裕選手のケガについて川崎フロンターレ公式サイト 2012年3月21日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]