朱世赫

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朱世赫 Table tennis pictogram.svg
選手情報
生年月日 1980年1月20日(34歳)
最高世界ランク 5位
利き腕
グリップ シェークハンド
ラケット バタフライ特注・合板
戦型 カット主戦型
フォア面ラバー テナジー・64 (バタフライ)
バック面ラバー カールP-1 (TSP)
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{{MedalTableTop} |- style="background-color:#eeeeee; text-align:center" !colspan="3" style="vertical-align:middle"| 韓国の旗 韓国

|- style="background-color:#eeeeee; text-align:center" !colspan="3" style="vertical-align:middle"| 卓球

|- style="background-color:#cccccc; text-align:center" !colspan="3"|世界卓球選手権 |- style="text-align:center; background-color:#ffffff" |style="background-color:#c96; padding:0 1em; vertical-align:middle"|||style="vertical-align:middle"| 2001 大阪||style="vertical-align:middle"|男子団体

|- style="text-align:center; background-color:#ffffff" |style="background-color:silver; padding:0 1em; vertical-align:middle"|||style="vertical-align:middle"| 2003 パリ||style="vertical-align:middle"|男子シングルス

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|- style="text-align:center; background-color:#ffffff" |style="background-color:silver; padding:0 1em; vertical-align:middle"|||style="vertical-align:middle"| 2006 ブレーメン||style="vertical-align:middle"|男子団体

|- style="text-align:center; background-color:#ffffff" |style="background-color:silver; padding:0 1em; vertical-align:middle"|||style="vertical-align:middle"| 2008 広州||style="vertical-align:middle"|男子団体

|- style="text-align:center; background-color:#ffffff" |style="background-color:#c96; padding:0 1em; vertical-align:middle"|||style="vertical-align:middle"| 2010 モスクワ||style="vertical-align:middle"|男子団体

|}

朱世赫(チュ・セヒョク、Joo Se Hyuk、1980年1月20日- )は韓国卓球選手。戦型はカットマン

略歴[編集]

 1997年から韓国代表としてITTFプロツアーに参戦している。2000年の第2回世界クラブ選手権大会では、韓国・大宇証券チームの一員として出場し、ワルドナー劉国梁を破る活躍を見せ、チームの準優勝に貢献した。2001年のITTFプロツアー・ジャパンオープンでは、シングルスで準優勝の成績を残す。2003年世界選手権パリ大会では、バックカットとフォアドライブを組み合わせたプレーで、スミルノフ李静荘智淵馬琳クレアンガという強豪選手を次々と破り、当時世界ランキング61位ながら決勝に進出した。[1]。その後、所属チーム内での冷遇を巡って韓国卓球協会と対立し、代表からも追放されてしまう。しかし2005年11月に復帰すると2006年の世界卓球選手権ブレーメン大会、2008年の広州で韓国代表として出場、チームの準優勝に貢献している。

プレースタイル[編集]

ブツ切れで安定感抜群の両ハンドカットが基本だが、フォアハンドの攻撃力も攻撃型と言っていい程に高い。そのためストップやツッツキ、ループドライブといった本来カットマンに有効であるはずの技が効かないことが多く、打ち合いのラリーになることもしばしば。バック面の粒高の使い方も非常に巧みで、意表をついた前陣でのブロック・スマッシュもなかなかの威力があり、ノータッチで抜かれることも多い。2003年の世界選手権パリ大会での準優勝という実績や、そのプレーの安定性などから世界最強のカットマンとの呼び声が高い。

主な戦績[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]