本體楊心流

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本體楊心流(ほんたいようしんりゅう)とは、日本武術の一流派。

江戸時代には播州を中心に広く行なわれた本體楊心高木流(高木流・高木楊心流・本體楊心流高木流などと表記される場合がある)より、昭和に入ってから派生した流派である。高木流は、明治以降もいくつかの分派を生じている。

高木流16代・角野八平太に入門し、皆伝を得た皆木三郎(号・虚舟)は、師の遺志を継ぎ、もともとの高木流の術技のうち、重要なものはそのまま残しつつ、技法の整理編纂に従事した。

皆木は、神戸市の摩耶山普門の滝にて参篭修行し得る所があり、これにちなんで普門楊心流という名称で武術を教授したが、時期によって名称は一定せず、後に本體楊心流という名称に固定した。

皆木はこの本體楊心流を、井上剛に継承させたが、井上は皆木の高木流の兄弟子である金沢一三にも師事していた。したがって、現在教授されている本體楊心流の内容は、普門楊心流とまったく同一であるわけではなく、金沢伝の技法の一部なども加えられている。

現在、本體楊心流は、宗家である井上恭一の元で、兵庫県西宮市を中心に、海外にも支部を設置して普及にあたっている。