木津信用組合

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木津信用組合(きづしんようくみあい)は、かつて存在した日本信用協同組合である。関西地方を地盤とし、「木津信」(きづしん)の略称で親しまれた。1995年8月30日経営破綻したが預金は全額保護された。本店は大阪府大阪市浪速区元町に所在した。経営破綻前は信用組合としては異例のCMを、在阪準キー局(関西ローカル)で流していた。また、視聴率の高かった朝日放送ニュースステーションの放送中にも西村知美が出演するコマーシャルを放送していたことがあり、相当の費用をかけていたものと推測される。

目次

[編集] 破綻の原因

木津信用組合は預金高1兆円(最大時)を超えるマンモス信組であり、一般地方銀行並みかそれ以上の規模を誇っていた。だが、そのほとんど全てを不動産関係の融資で運用したため、バブル崩壊のあおりを受け瞬く間に経営が悪化。あっけなく破綻した。金融機関という外見こそ持っていたが、その資金運用は山師のそれに近い、無謀な投機そのものであった(貸出金8割以上が不良債権だったといわれている)。また三和銀行をはじめとする都市銀行から紹介預金により高金利の預金を受け入れ、その引き上げ破綻の遠因となった。また、同じ大阪の東洋信用金庫と共に尾上縫の詐欺事件に関与(架空預金証書が発行された)し、巨額の貸し倒れが発生したことも経営破綻の原因となった。破綻の直前に住専問題で後に問題となる末野興産が386億円を引き出していたことも明らかになっている。

[編集] 破綻後の取り扱い

預金は全額保護され、定期預金の満期前解約が不可となった以外、すべて払い戻しに応じた。しかしながら預金同様に販売されていた抵当証券は保護されなかったため、元本割れが生じた。払い戻しの際は日銀特融が1億円紛失する事件が発生している。

その後店舗が順次統合され、最終的に本店一店舗になった後、整理回収銀行大阪支店に移管された。さらに整理回収銀行大阪支店の業務は東京の本店に移管されて、預金の払い戻しを受け付けている。

余談だが、破綻直後支店の来店客のほぼすべて預金をおろす客となったため、支店から客を尾行して人気がなくなったところで強盗するという事件が頻発した。

[編集] 沿革

[編集] 関連項目