木嶋坐天照御魂神社

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木嶋坐天照御魂神社
蚕の社三柱鳥居.jpg
三柱鳥居
所在地 京都府京都市右京区太秦森ヶ東町50番地
位置 北緯35度00分53秒
東経135度42分49秒
主祭神 天御中主命
大国魂神
穂々出見命
鵜茅葺不合命
社格 式内社(名神大)・郷社
本殿の様式 流造
例祭 10月10日
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木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)は京都市右京区太秦にある神社である。式内社で、旧社格は郷社。祈雨の神として信仰を集めている。

通称木嶋神社(このしまじんじゃ)。また、本殿東側に織物の始祖を祀る蚕養(こかい)神社があることから蚕の社(かいこのやしろ)の通称が広く知られている。

目次

[編集] 祭神

現在では祭神を天御中主命大国魂神穂々出見命鵜茅葺不合命としている。

木嶋坐天照御魂神社は「木嶋に鎮座する天照御魂神の社」という意味で、本来は「天照御魂神」を祀る神社ということになる。この「天照御魂神」がどの神を指すのかについては諸説ある。『葛野郡神社明細帳』では上述の神々の他に爾々芸命の名を挙げている。『神社志料』では天火明命のこととしている。関西には、ほかにも「天照(アマテル)」のつく神社がいくつかあり、元々はそれぞれ当地の太陽神を祀っていた神社と考えられている。

続日本紀などの国史には「木嶋神」の名前で登場する。「木嶋」という名前は、原野に茂る木々の様が「木の島」のようであったからとされる。

[編集] 歴史

起源は定かではないが続日本紀大宝元年(701年)4月3日の条にこの神社の名があることからそれ以前から祭祀されていたとされる。『延喜式』では名神大社に列し、月次・相甞・新甞の官祭を受ける社として記載されている。

この神社がある嵯峨野一帯はかって朝鮮半島を経由して渡来した秦氏が製陶、養蚕、織物などの技術を持ち込んだ。蚕が祀られているのもそれゆえである。

ここ10年の間に、境内の池の湧き水が枯渇してしまった。近隣の宅地開発が原因とも言われている。

[編集] 社殿

社殿は本殿、東本殿(前述の蚕養神社)、拝殿などからなり明治以降の再建である。

社殿の西にかつては湧水が豊富であった「元糺の池」(もとただすのいけ)という池の中に三柱鳥居(三ッ鳥居)がある。柱が三本で三正面、上からの形は三角形となっている鳥居は珍しい存在であり京都三鳥居の一つとされている。これも起源不明ながら現存するものは天保2年(1831年)に再興されたものである。

[編集] 外部リンク

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