木下昌直

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木下 昌直
時代 戦国時代
生誕 天文3年(1534年)?
死没 天正12年3月24日1584年5月4日)?
主君 龍造寺隆信
氏族 木下氏

木下 昌直(きのした まさなお)は、戦国時代の武将龍造寺氏の家臣。

生涯[編集]

出自には諸説あるが、龍造寺氏の家臣・木下覚順の縁者で、京都出身。龍造寺隆信の武勇に惚れて仕えたという。武勇に秀で、龍造寺四天王の一人にまでなった。天正12年(1584年)3月24日の島津氏との戦い(沖田畷の戦い)で、隆信が戦死した後、全軍の殿軍を務めて討ち死にした。

しかし、別説として四天王の中で、彼のみ隆信の生死を確認した後、鍋島直茂に報告し、生き残ったという説もある[註 1]

脚注[編集]

註釈[編集]

出典[編集]

参考資料[編集]

戦国時代人物事典 学習研究社(2009年) ISBN 4054042902