朝歌(ちょうか)は、中国古代における商、衛の首都である。
現在の河南省淇県にあり、帝辛(紂王)を始め4人の商王が都としたとされる。
商が滅び、周の時代に入ると、武王の弟、康叔封が封ぜられ、衛を樹ち立て、反乱を起こし二分された商の遺民の一部を治めたが、黄河と淇水の中間に位置し、中原の中心部の豊饒な土地であった為、春秋戦国時代には係争の的となった。
そして、狄、斉、晋、魏などが代わる代わる領有したが、最終的には秦に攻め取られ、漢代には河内郡朝歌県が、魏代には朝歌郡が置かれ、元代には淇州、明代には今の淇県と改名された。