朝令暮改

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朝令暮改(ちょうれいぼかい 朝令而暮改)とは、法令等がすぐに変更されて一定しないこと。朝令夕改、朝改暮変ともいわれる。時代の王念孫『讀書雜志』漢書四では『漢紀』で「朝令而暮改 ﹐改﹐本作得﹐言急徵暴賦﹐朝出令而暮已得 非謂其朝令而暮改也[1]」と「令」を「得」とするのが正しいとするなど表記は各説ある[2]

由来[編集]

朝令而暮改[編集]

漢書』にある。

漢書[編集]

漢書』24巻食貨志 第4上に記述される前漢時代に晁錯文帝に出した奏上文「勤苦如此 尚復被水旱之災 急政暴賦 賦斂不時 朝令而暮當具」(ウイキソース中国語版『漢書』24巻[3]なお「朝令而暮當具」は近年の版本によるもので元は「朝令而暮改」である[4])がある。これは農民は一年中休みなく働かなければならない中、弔問などでの行き来や災害に見舞われる事もあり、臨時の租税も性急に催促されている実情がある中で、朝に法令が出たかと思えば、夕方にはそれをすぐ改める……というあり様を伝え、政策が変更し続け一定せずにあてにならないような事態を戒めた。

古文觀止[編集]

時代の呉楚才、呉調侯による『古文觀止中国語版[5]』6巻漢文晁錯『論貴粟疏[6]』に「勤苦如此 尚復被水旱之災 急政暴虐 賦斂不時 朝令而暮改 當具有者半賈 」と『漢書』の引用がされている。

朝令夕改[編集]

朝令夕改繁体字朝令夕改簡体字朝令夕改ピン音:zhāo lìng xī gǎi[7])は以下に由来する。

授馬総検校刑部尚書天平軍節度使制[編集]

時代の元稹の『授馬総検校刑部尚書天平軍節度使制』に「有迎新送故之困 朝令夕改之煩 自非有為而為」とある[8]

資治通鑑[編集]

資治通鑑』242巻[9] 唐紀58 穆宗長慶二年に「又凡用兵 舉動皆自禁中授以方略 朝令夕改 不知所從 不度可否 惟督令速戰」とある。

用法[編集]

日本では朝令暮改、中華人民共和国人民日報などでは朝令夕改[8][10]として使用される。

[編集]

  1. ^ 『漢語大詞典』 朝令暮改 《論貴粟疏》﹕“朝令而暮改” “朝令而暮當具”﹖』
  2. ^ 故事成語で見る中国史 朝令暮改
  3. ^ Wikisource reference 班固. 漢書/卷024上. - ウィキソース. 1923年1月1日出版本を底本とする
  4. ^ 《論貴粟疏》﹕“朝令而暮改” “朝令而暮當具”﹖』
  5. ^ Wikisource reference 吳楚材 吳調侯. 古文觀止. - ウィキソース. 
  6. ^ Wikisource reference 鼂錯. 論貴粟疏. - ウィキソース. 
  7. ^ 朝令夕改 百度百科
  8. ^ a b 中国語の落とし穴--022 閑話休提 一心一意
  9. ^ Wikisource reference 司馬光. 資治通鑑/卷242. - ウィキソース. 
  10. ^ 「朝○夕○」?「朝○暮○」? 故事ことわざあれこれ(11)上野先生と歩こう 中国語遊歩道 『中国のことばと文化Ⅱ』 (PDF)

関連項目[編集]