望月勇

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望月 勇
もちづき いさむ
Isamu Mochizuki.jpg
生誕 1906年
日本の旗 大日本帝国 佐賀県
死没 1944年2月6日
マーシャル諸島の旗 マーシャル諸島ロイ=ナムル島
所属組織 大日本帝国海軍の旗 大日本帝国海軍
軍歴 1925年 - 1944年
最終階級 大尉
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望月 勇(もちづき いさむ、1906年 - 1944年2月6日?)は、大日本帝国海軍軍人。最終階級は海軍大尉。空中戦における「ひねりこみ戦法」の開発者として知られる。クェゼリンの戦いで戦死。旧姓:伊藤。

年譜[編集]

佐賀県出身。大正14年、海軍に入る。翌年11月、操縦練習9期卒業。大村海軍航空隊を経て空母「鳳翔」「加賀」に乗船。再び大村海軍航空隊に復帰し、昭和7年11月~11年11月まで横須賀海軍航空隊。空曹長に昇進し、再度大村海軍航空隊。

日中戦争後、第13航空隊に転属し、第2次上海事変で活躍。昭和13年1月、本国に帰還。以降は第一線を退き、各地の航空隊で教官を務める。16年10月、特務少尉に昇進。18年3月、281空の分隊長となり、同時に中尉に昇進。12月、ルオット基地に進出。

1月30日以降の戦闘で日本軍航空隊側は殆ど航空機を喪失し、3日までにルオット島全域を制圧された。この攻撃の中で戦死したものと思われるが、具体的な日付は不明。

2月6日、玉砕と認定され、同時に大尉に昇進。

参考文献[編集]

  • Hata, Ikuhiko; Yasuho Izawa, Don Cyril Gorham (translator) (1975 (original) 1989 (translation)). Japanese Naval Aces and Fighter Units in World War II. Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 0-87021-315-6.