有馬頼底
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有馬頼底(ありま らいてい、1933年 - )は、現代の禅僧。臨済宗相国寺派管長。初名は有馬永頼。道号及び現在の戸籍名は頼底。法諱は承黙。大龍窟とも号する。久留米藩主有馬家(赤松氏流)の子孫。東京市中野区出身。幼稚園時代は今上陛下のご学友であった[1]。
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[編集] 来歴
- 1933年 - 有馬本家当主有馬頼寧の従兄弟にあたる分家有馬正頼男爵の次男として東京で生を受ける。
- 1941年 - 8歳の時、大分県日田市の岳林寺で得度。
- 1955年 - 京都臨済宗相国寺僧堂に入門。大津櫪堂老師に師事。
- 1968年 - 相国寺塔頭大光明寺住職。
- 1971年 - 相国寺派教学部長。
- 1984年 - 相国寺承天閣美術館設立により事務局長。
- 1995年 - 同館長。
- 1988年 - 京都仏教会理事長に就任。
- 1995年 - 臨済宗相国寺派七代管長(相国寺一三二世)に就任[2]
- 1995年から現職。相国寺、金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)の3か寺の住職を兼ねる。
[編集] エピソード
- 能書家として知られ廉潔な人柄が人々の尊敬を集め、京都仏教会理事長として京都の伝統の保持と発展に尽くした。
- 古都税や京都のビル高層化には異議を唱え、京都の町並みの景観の保持に貢献した。
- 文藻に恵まれ、数々の著述を残している。『禅僧が往く』 (自伝)においては念願の承天閣美術館の設立、お寺と人々を結ぶイベント「音舞台」について、日中仏教界の交流・寺院復興援助の経緯などを記している。『禅、「持たない」生き方』においては、一切の物欲を捨て去り、執着心を放下する悟りの境地の大切さを説いた。
[編集] 税務問題
大阪国税局の税務調査により、2009年からの3年間で約2億円の所得の申告漏れを指摘され、修正申告した[3]。所得内容は揮毫料で、使途は文化財購入で個人的な費消はしていないという。
[編集] 著書
- 禅と茶 禅語の意味とその味わい 学習研究社 1982.11 茶の心シリーズ
- 『茶人よ自由になれ 禅の心茶の美』主婦の友社、1985年)
- よくわかる茶席の禅語 1-2 主婦の友社 1990-93
- 茶席の禅語早わかり 主婦の友社 1994.12
- 禅茶巡礼 春秋社 1996.12
- 禅僧の生涯 その生き方に学ぶ 春秋社 1997.9
- 『禅と茶の湯』(春秋社、1999年)
- 『禅僧が往く 私の履歴書』(日本経済新聞社、2004年)
- 『自在力 見えない道を歩く』講談社、2008年)
- 『無の道を生きる 禅の辻説法』集英社新書、2008年)
- 必携茶席の禅語ハンドブック 日本の文化がよくわかる 里文出版 2008.11
- 力を抜いて生きる 講談社 2009.11
- 『禅、「持たない」生き方』三笠書房・知的生きかた文庫、2010
- やさしくわかる茶席の禅語 世界文化社 2010.10 茶の湯便利手帳 2
- 明日への遺言 京都仏教会監修 丸善プラネット 2011.10
[編集] 共著
- 『相國寺』足立巻一共著(古寺巡礼京都 2)(淡交社、1976年)
- 鹿苑寺名宝展図録 源豊宗共編 大本山相國寺承天閣美術館 1984.9
- 慈照寺名宝展図録 源豊宗共編 大本山相國寺承天閣美術館 1985.4
- 光悦と寛永文化 源豊宗共編 大本山相國寺承天閣美術館 1986.11
- 『茶の湯の銘大百科』稲畑汀子,筒井紘一共監修、淡交社、2005
- 『禅の心茶の心』真野響子共著 朝日新聞社 2006
- 『銀閣寺』久我なつみ共著 淡交社、2007
- 『禅の逆襲 生老病死のなかの仏教』対本宗訓共著 春秋社、2010