有馬氏恕
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| 有馬氏恕 | |
|---|---|
| 時代 | 江戸時代後期 |
| 生誕 | 宝暦11年 |
| 死没 | 天明3年9月26日(1783年10月21日) |
| 戒名 | 徳英義音孔昭院 |
| 墓所 | 祥雲寺 |
| 官位 | 従五位下、兵庫頭 |
| 父母 | 実父:堀親長、養父;有馬氏房 |
| 子 | 有馬氏保 |
有馬 氏恕(ありま うじよし、宝暦11年(1761年) - 天明3年9月26日(1783年10月21日))は、伊勢西条藩の第5代藩主。上総五井藩の初代藩主。氏倫系有馬家5代。
先代藩主の有馬氏房が嗣子なくして若死にしたため、安永2年(1773年)に養嗣子となって後を継いだ。天明元年(1781年)11月28日、陣屋を上総に移したため、以後は五井藩主となった。伊勢の所領は代官の棚瀬氏が管理している。
天明3年(1783年)9月26日、23歳の若さで死去。跡を養嗣子で、当時奏者番であった越後長岡藩主牧野忠精の実弟有馬氏保が継いだ。墓所:東京都渋谷区広尾の祥雲寺。
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