曽田雄志

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曽田雄志 Football pictogram.svg
名前
愛称 ミスターコンサドーレ
カタカナ ソダ ユウシ
ラテン文字 SODA Yushi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1978年7月5日(36歳)
出身地 日本の旗 北海道札幌市
身長 181cm[1]
体重 78kg (現役時代)[1]
選手情報
在籍チーム 日本の旗 アンフィニVANKEI.FC
ポジション DF
背番号 36
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2009
コンサドーレ札幌
アンフィニVANKEI.FC
232 (20)
()
1. 国内リーグ戦に限る。2012.04.20現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

曽田 雄志(そだ ゆうし、1978年7月5日 - )は、北海道札幌市生まれの元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード、後ディフェンダーJリーグコンサドーレ札幌職員。

大学卒業後に加入して以来9年間に渡って一貫して同クラブに在籍し、特に2002年以降のチームの波瀾万丈の中に常に身を置き続けたことから「ミスター札幌[2]ミスターコンサドーレ[3]と呼ばれたほか、時折見せる(良くも悪くも)神憑り的なプレーからサポーターからは「ソダン」(ジネディーヌ・ジダンにちなむ)、「ネ申」(神)の愛称でも親しまれた。

来歴[編集]

小学校4年生のときにもみじ台西小学校でサッカーを始める[4]北海道札幌南高等学校卒業後、1997年に一般入試で筑波大学体育専門学群へ入学。3年生からフォワードのレギュラーポジションを獲得、4年生のとき関東大学リーグでベストイレブンとなったほか、全日本大学選抜にも選ばれた。筑波大学の同期には羽山拓巳小野隆儀らがいる。

2001年1月19日、J1に昇格したばかりのコンサドーレ札幌に加入。当初はフォワード登録だったが、2002年シーズンに入るとディフェンダーとして起用され、シーズン中盤からはフォワードとしても出場した[4]。2002年11月30日に開催された同年度J1セカンドステージ第15節、サンフレッチェ広島戦でハットトリックを達成した[5]

2005年は一時池内友彦にレギュラーを奪われることもあった。しかし徐々にDFとしての経験を積み、2007年にはブルーノ・クアドロスとコンビを組み、ブルーノ欠場中も安定感を見せるとともに自己最多となる7得点を挙げた。しかし同年腰、膝を故障して以降試合出場数は減少していった[2]

2008年4月2日札幌ドームで行われた対川崎フロンターレ戦(J1第4節)では交代枠を使い切った後にゴールキーパー高木貴弘レッドカードを受けた際にゴールキーパーを務め、全ポジションでの公式戦出場を経験した[6]

2009年11月17日、コンサドーレ公式HPにて、現役引退を発表。11月29日、札幌ドームでの対横浜FC戦ではフォワードとし途中出場し、1得点を決めた[7]

2010年1月29日、コンサドーレ札幌アドバイザリースタッフに就任することが発表された[8]

2011年6月7日、川でおぼれている男性を救助した[9]

プレイスタイル[編集]

中学校卒業まではトップ下兼ボランチ、高校ではボランチとMF一筋だった。 大学2年生時に監督からFW転向を命じられて才能が花開き、Jリーガーとなった。 DFにコンバートされたのがプロ入り後で、ディフェンスラインの統率や、相手のプレッシャーがかかった場面でのボールの扱いは不安定であった。しかし、幼稚園の時に跳び箱13段を跳んだ[4]というジャンプ力を生かした空中戦での強さがあった。 2006年、2007年のJ2リーグでは、2年連続で空中戦ランキングでリーグトップ(J-STATS OPTAによる)を記録している[要出典]

セットプレイの際に前線に上がることが多い。2005年は彼が前線で相手DFをひきつけて、シャドーストライカーのように飛び出した池内が点を決めることが多かった。また劣勢時の試合終盤にFWとしてプレイすることがあり、「ソダン大作戦」と呼ばれた[4][10]

引退後の活動[編集]

引退後は、コンサドーレ札幌のアドバイザリースタッフおよびサポーターズ持株会の理事に就任(いずれも2010年~)。また、現役時代から「人格者」として評判が高く、引退後はその特性を生かして企業、行政、教育機関での講演講師を多く務めている。その他、札幌市シティプロモート戦略会議のメンバーに名を連ねる(2010年〜)など、その活動は多岐に渡る。

2011年3月東日本大震災後、被災地支援の活動を開始。アスリートが持つ「忍耐力」「向上心」「献身性」という精神が復興への強い力になると信じ、アスリートに声掛けを実施。2011年4月にアスリート19名の賛同を得て支援団体「EN project Japan」を設立し、代表に就いた。同団体では、募金活動を始めとしたチャリティーイベントの開催、アスリートによる被災地訪問など、継続的な支援活動を行なっている。

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1999 筑波大 15 - - - 1 0 1 0
2001 札幌 23 J1 9 0 0 0 1 0 10 0
2002 18 23 4 6 0 1 0 30 4
2003 J2 38 4 - 3 1 41 5
2004 4 38 2 - 4 0 42 2
2005 40 1 - 1 0 41 1
2006 35 1 - 5 0 40 1
2007 45 7 - 0 0 45 7
2008 J1 3 0 1 0 0 0 4 0
2009 J2 1 1 - 0 0 1 1
VANKEI -
通算 日本 J1 35 4 7 0 2 0 44 4
日本 J2 197 16 - 13 1 210 17
日本 - - 1 0 1 0
総通算 232 20 7 0 16 1 255 21

記録[編集]

  • Jリーグ初出場 2001年6月16日 J1 1st 第11節 vs名古屋 (札幌厚別)[1]
  • Jリーグ初得点 2002年9月15日 J1 2nd 第 3節 vs神戸 (札幌ド)[1]

著作[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b c d 登録選手一覧表 Jリーグ 2009.12.06
  2. ^ a b “「ミスター札幌」さようならDF曽田 堅守支え激闘9年”. どうしんウェブ (北海道新聞社). (2009年11月26日). オリジナル2009年11月29日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20091129063749/http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/consa-club/77339.html 2010年10月3日閲覧。 
  3. ^ “9年在籍“チームの顔”曽田が引退表明”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2009年11月18日). オリジナル2009年11月21日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20091121070259/http://www.sponichi.co.jp/hokkaido/news/2009/11/18/01.html 2010年10月3日閲覧。 
  4. ^ a b c d “抜群の身体能力 DF転向2年目の曽田”. どうしんウェブ (北海道新聞社). (2003年9月3日). http://www5.hokkaido-np.co.jp/sports/consa-club/files/20030903.php3 
  5. ^ 曽田の3点目は延長戦前半9分に挙げたものであり、ゴールデンゴール制度によりコンサドーレ札幌は5-4で広島に勝利した。翌12月24日に開催されたJリーグ理事会において、2003年度からのJ1リーグ戦における延長戦が廃止されたため、結果としてこのゴールはJ1リーグ戦で最後のゴールデンゴールとなった。延長戦廃止については2003年度よりJ1リーグ「延長Vゴール」をやめ、「90分での引き分け」を導入”. Jリーグニュース No.89. 日本プロサッカーリーグ (2002年12月27日). 2010年10月3日閲覧。を参照のこと。
  6. ^ >“札幌はDF曽田がGK代役も敗戦/J1”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2008年4月2日). http://www.nikkansports.com/soccer/news/f-sc-tp0-20080402-343582.html 
  7. ^ “札幌DF曽田、涙の引退ゴール”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2009年11月30日). http://www.nikkansports.com/soccer/news/p-sc-tp0-20091130-571065.html 
  8. ^ 曽田雄志氏がコンサドーレ札幌アドバイザリースタッフに就任 - コンサドーレ札幌公式サイト 2010年1月29日付ニュースリリース
  9. ^ “元Jリーガー、川から男性救助=800メートル走って追跡-札幌”. 時事ドットコム (時事通信社). (2011年6月7日). http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011060700886 [リンク切れ]
  10. ^ 【J2:第22節 札幌 vs 京都 レポート】途中出場後わずか5分でアレモンが京都に勝利をもたらす。札幌は曽田を前線に上げる「ソダン大作戦」を見せるも不発 - J's GOAL、2005-07-16

外部リンク[編集]