曇徴
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曇徴(どんちょう、生没年不詳)は、7世紀に高句麗から渡来した僧。
十八年春三月 高麗王貢上僧 曇徵 法定 曇徵知五經 且能作彩色及紙墨 并造碾磑 蓋造碾磑 始于是時歟
— 『日本書紀』巻二十二 推古紀
『日本書紀』によれば、610年(推古天皇18年)高句麗王から貢上されて僧法定(ほうじょう)とともに日本へ来朝した。五経に詳しく、彩色(現在の絵具)や紙墨を作り、また碾磑(みずうす=水力を利用した臼。紙の原料となる麻クズの繊維を細かく砕くために用いたと考えられている。)も造ったという。
『聖徳太子伝暦』によれば、聖徳太子は曇徴を斑鳩宮に招いて、その後法隆寺に止住させたとされる。