智恩寺 (宮津市)

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智恩寺
Miyazu-Chionji-Monjudo.jpg
文殊堂
所在地 京都府宮津市天橋立文珠小字切戸
位置 北緯35度33分30.9秒 東経135度11分1.6秒 / 北緯35.558583度 東経135.183778度 / 35.558583; 135.183778座標: 北緯35度33分30.9秒 東経135度11分1.6秒 / 北緯35.558583度 東経135.183778度 / 35.558583; 135.183778
山号 天橋山(てんきょうざん)
宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 文殊菩薩秘仏、重要文化財)
創建年 (伝)808年大同3年)
開基 (伝)平城天皇(勅願)
別称 切戸の文殊、九世戸の文殊、知恵の文殊
札所等 日本三文殊
文化財 多宝塔、木造文殊菩薩・脇侍善財童子及び優填王像、金鼓、鉄湯船(重要文化財)
山門(黄金閣、市文化財)
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智恩寺(ちおんじ)は、京都府宮津市にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は天橋山(てんきょうざん)または五台山。「切戸(きれと)の文殊」、「九世戸(くせど)の文殊」、「知恵の文殊」とも呼ばれる。

奈良県桜井市安倍文殊院(安倍文殊)、山形県高畠町大聖寺(亀岡文殊)などとともに[注 1]日本三文殊のひとつとされる。本尊の文殊菩薩は秘仏とされ、正月三が日、1月10日、7月24日の年5日の開帳がある。

歴史[編集]

寺伝によれば、808年大同3年)の平城天皇の勅願寺として創建されたという。延喜年間(10世紀初頭)には、醍醐天皇から勅額を下賜されたというが、以後、中世までの歴史は判然としない。当初は密教真言宗)の寺院で、禅宗寺院になるのは南北朝時代以降である。

古くから文殊信仰の霊場として知られ、謡曲「九世戸(くせのと)」の題材となっている。現存する多宝塔は室町時代のものだが、本堂、山門、方丈などはいずれも近世以降のものである。

文化財[編集]

重要文化財(国指定)[編集]

市指定文化財[編集]

その他[編集]

  • 豫科練供養塔
  • 力石 - 大130㎏ 中100㎏ 小70㎏。祭りなどの余興に持ち上げた石を奉納したもので、この石に触わると知恵を授かるといわれる[4]

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 日本三文殊としては、亀岡文殊の大聖寺の代わりに京都府京都市左京区金戒光明寺が挙げられるほか、三文殊と称される寺院はいくつかある。

出典[編集]

  1. ^ 宮津市教育会 「智恩寺多宝塔(室町時代)」(現地案内板)
  2. ^ 宮津市教育会 「鉄湯船(鎌倉時代)」(現地案内板)
  3. ^ 宮津市教育会 「石造地蔵菩薩像(室町時代)」(現地案内板)
  4. ^ 「力石」(現地案内板)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]