日野晃博

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日野 晃博(ひの あきひろ、1968年7月20日 - )は日本のゲームクリエイター。レベルファイブ代表取締役社長。福岡県出身。

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[編集] 略歴

1968年7月20日福岡県大牟田市で生まれる。『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』に感銘を受け、ゲームクリエイターを志す。

福岡県立大牟田北高等学校、コンピュータ専門学校を卒業。システムソフトを経てリバーヒルソフトへ。プログラムを含むディレクションを何本かのタイトルで担当し、当時のチームメンバーと1998年に独立、レベルファイブを設立する。リバーヒルソフト時代からワンマン気質が非常に高く、ゲームシステムに関しても妥協しない性格だったが、自身が中心となってゲームデザインをした『オーバーブラッド2』が前作の4分の1まで売り上げが低下し、リバーヒルソフトを退社した。現在でも「入れられるシステムはないよりはあったほうがいい」という思想を貫いている。

レベルファイブではSCEの下請けとしてRPGを開発。日野は主にシナリオを担当する事になる。

その後『ダーククロニクル』に目が留まった堀井雄二の依頼で『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』の開発を受注。日野はディレクターを務め、3D空間を用いた新たなドラゴンクエストの表現に励む。

また、これとほぼ同時期に、マイクロソフト社のXboxにおいて『トゥルーファンタジーライブオンライン』というMMORPGの開発も手がけ、当時不振に喘いでいたXboxにおける起死回生のソフトとして期待を集め、一躍時の人となる。

しかし、『トゥルーファンタジーライブオンライン』は度重なる延期の末、2004年6月に開発中止となる。一方、『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』は、一度も延期することなく2004年11月に発売され、対応機種により明暗を分けることとなった。

レベルファイブの作品である『ローグギャラクシー』において、自らのメッセージを大きく掲載する、というあまり例を見ないテレビCMを制作し、話題となった。

2005年より、福岡に存在するゲーム開発会社を中心とした団体GFFの会長に就任。九州大学と提携しながら活動を行っていく方針を発表した。

[編集] 作品

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