日米修交記念館

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日米修交記念館(にちべいしゅうこうきねんかん)は、日本初の黒船来航地である和歌山県東牟婁郡串本町紀伊大島、樫野埼に建つ博物館である。

アメリカ商船「レディ・ワシントン号」と「グレイス号」が寄港した雷公の浜の北側に1975年に建てられた。館内には寄港当時の光景がジオラマで再現され、レディ・ワシントン号の模型や資料・写真とともに展示されている。

目次

[編集] 所在地

  • 和歌山県東牟婁郡串本町樫野1033

[編集] 交通

[編集] レディ・ワシントン号に対する日米の認識の違い

日本の教科書等で日本とアメリカ合衆国の交流の最初は、1853年ペリー提督が浦賀に黒船4隻で来航した時とされているが、アメリカ合衆国においてはアメリカ人として日本に最初に渡航して貿易を申し込んだのは1791年のケンドリックが串本町の紀伊大島に来航した時となっている。彼が乗ったプライバティア(国代表としての資格)を有する商船「レディ・ワシントン号」の船名とともに大多数の歴史書にその名は刻まれている。アメリカ合衆国ではこれを重要な史実としてとらえられており、ワシントン州アバディーン市では「レディ・ワシントン号」の再建造が行われたほか、ウエアハムにあるケンドリックの旧宅が「ケンドリック記念館」として保存・公開されている。

ケンドリックの一行は、当初の計画から交易という明確な目的をもって紀伊大島に寄航しており、住民に警戒心を与えないために「漂着」と装ったことや毛皮の貿易を申し込んだことが書簡や公文書(「マサチューセッツ海事史」ほか)などから明らかになっている。アメリカ合衆国ではこの事実を認識した歴史になっているが、日本ではあくまで「漂着」として教科書には掲載していない。

[編集] 関連作品

  • 佐山和夫著 『わが名はケンドリック』』(講談社,1991年)ISBN 4-06-205195-8 - ノンフィクション小説。レディ・ワシントン号の来日の目的と、日本史にその事実が記載されなかった理由が示されている。

[編集] 周辺情報

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