日産・S20型エンジン

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S20型エンジンは、かつて日産自動車が開発・製造していたガソリンエンジンである。

誕生までの経緯[編集]

S20型エンジン
(KPGC10型スカイラインGT-R)

ベースとなったのは、プリンス自動車工業が開発した純プロトタイプレーシングカーR380に搭載されていたGR8型エンジンである。

それまで国内ツーリングカーレースで使われていたS54型スカイラインGTのG7型エンジンは、カウンターフローのSOHCエンジンであったために1965年 - 1966年シーズンはワークスマシーンのみクロスフロー(ヘミヘッド)に改造したGR7Bダッシュを搭載した。しかし、1967年のレギュレーション改正で、再びG7型への変更を余儀なくされてしまい性能の低下は否めない状況になった。そのため日産自動車[1]では、次期ツーリングカーレースの主力マシン用として、C10型スカイラインにR380に搭載されていたGR8型をベースにしたDOHC直列6気筒エンジンを開発し、1969年にS20型エンジンと命名、スカイラインGT-Rに搭載された。 その後、KPGC110型スカイラインGT-RとS30型フェアレディZ432・432Rにも搭載されたが、1973年に48年排出ガス規制に適応できず生産中止となった。

スペック[編集]

搭載車[編集]

  • スカイライン2000GT-R(PGC10型)1969年 - 1970年セダンボディのハコスカGT-R。製造台数832台。
  • スカイライン2000GT-R(KPGC10型)1970年 - 1972年※ハードトップのハコスカGT-R。PGC10に対してホイールベースを70mm短縮。製造台数1,197台。
  • スカイライン2000GT-R(KPGC110型)1973年1月 - 4月※ハードトップのケンメリGT-R。製造台数197台(うち試作車2台)
  • フェアレディZ432(PS30型)1969年] - 1972年※S20型の特徴である4バルブ3キャブレター2カムシャフトから命名。製造台数419台。
  • フェアレディZ432R(PS30SB型)※Z432をベースにしたレース対応車で100kg近い軽量化を行った。レースライセンス保持者のみに販売[3]されたが、1972年にL24型エンジン搭載の240Zが発売され人気も移行したことで10台程度の売れ残りが発生し一般販売された。

特徴[編集]

一般車や標準グレードの通常エンジンに比較すると大きく異なる部分、明らかなオーバークオリティと思われる箇所が散見される。これはレースでの使用を前提にした設計であるためであり、チューニングをしても充分な耐久信頼性を求めた結果でもある。これらのエピソードから頑丈なエンジンの印象があるが、コンピュータ制御もない時代のエンジンゆえにコンディションを維持するためには、定期的なメンテナンスが必須である。

  • ベースになったGR8Bのストロークと比較すると0.2mm少ない。これはオーバーサイズピストンの使用を考慮したもので、シリンダーボーリングを行っても2Lを超えないよう、多少の余裕を持たせたためである。
  • 設計基礎としたGR8型のカムシャフト室は吸排気別室であるが、S20型では同時期に開発されていたGRX系と同様の吸排気同室となっている。
  • カムシャフトの駆動には、1段目ギア駆動、2段目チェーン(ダブルローラー型)駆動の二段階分離式を採用した。これは抵抗が少ないギア駆動をタイミング調整にあまり関わらない一時出力とする事により、チェーン入力ギアの位置をカムシャフトに近づけ極力チェーンを短縮するためで、駆動抵抗と伸び率の低減も実現した。また、チェーンの張り調整は都度テンションギアを適切な位置へ移動・固定して行う。これは、一般的な三日月形スライダーにより自動調整式に伴う駆動抵抗を排除するた狙いがある。
  • ウォーターポンプで圧送される冷却水はブロック内の水路へは直接導入されず、一度外部のウォーターマニフォールドへ送られ各シリンダーへ個別に分配される。これはレーシングエンジンによく見られる手法で、気筒別の冷却不均衡を排除している。
  • 鋳鉄製のシリンダーブロックにはライナーを嵌め込むシリンダー本体が無く、ブロックにシリンダーライナーを直に打込むウェットライナー方式を採用している。これはライナーが冷却水に直接触れる事による高い冷却効果を狙ったものである。
  • 標準の点火プラグはNGK・B7ESで、市販乗用車に搭載されるエンジンとしてはかなりの冷え型である。
  • クランクシャフトベアリングキャップは、下からだけではなく、左右からもシリンダーブロックと締結する構造になっている。このサイドボルト併用方式はレーシングエンジン独特の方式であり、高回転時におけるクランクシャフトの捻じれを極力抑える効果がある。
  • ヘッドボルトの取付本数は同排気量のL20と比較して、2倍である。
  • エンジンのオイルフィルターは、当時主流の一体式(スピンオン式)ではなく、カートリッジ式であり、交換の際には上下ワッシャーに注意が必要。これを忘れると油圧が上がらず、エンジンを焼きつかせる原因となる。
  • シリンダーヘッドは、アルミ鋳造ピストンはアルミ合金製。エキゾーストマニホールドは、ステンレス製の等長。いわゆるタコ足である。
  • メンテナンスフリーと高回転域での追従性を高めるために日本初になる三菱製フルトランジスタ・イグナイターを採用。
  • 街中での扱いやすさを考慮して、最大160PSとしたが、カムシャフトを高回転型に交換し、キャブレターをレースオプションであったソレックス44PHHもしくはウエーバー45DCOEにするだけで200PS前後まで簡単にチューンアップできると言われた。さらにKPGC10型のワークスカーでは、燃料供給をルーカス社製の機械式インジェクションに交換しており、最終的には250~260PSまで出力していたという。しかも、常時9,000rpmまで回しても壊れない耐久性を持っていた。
  • 通常のエンジンでは、シリンダーヘッドのポートとインテークマニホールドの部分に少なからず段があるが、S20の場合はこの部分も綺麗に研磨をしており、組立も熟練工による手作業で行われていた。そのために1日当りの生産台数はわずかに4機までとなった。エンジン単体価格は70万円と、当時では非常に高価なものであった。
  • 当時の市販車用エンジンとしては珍しい、気筒あたり4バルブのエンジンである。世界的なスポーツカーとして知られるフェラーリや純レーシングカーにすら2バルブが見られたことを考えると、評価されるべき点である。

逸話・トリビア[編集]

S20型エンジン
(フェアレディZ432搭載)
  • 開発チームは当初、このエンジンをR型と命名しようとした。ところが、1.6LクラスのOHV直列4気筒エンジンに使われていたために断念。その結果S型を選んだという。
  • シリンダーヘッドは、K・K2 - K5型という数種類が存在する。このうち、KとK5は試作品。さらにK3Rというレース専用品も存在する。そのほか現在まで見ても珍しい多球形燃焼室を採用する。ただしこれが仇となり、管理が悪いエンジンの場合はヘッドにクラックの入っている事もある。修理は溶接かヘッドの交換が必要。
  • 燃料供給は当初S54型と同じウェーバーのキャブレターを予定していたが、供給体制に問題があり三國工業(現・ミクニ)がソレックス社のライセンス生産を行ったことからソレックスを採用した。
  • エンジンオイルの容量が6Lと排気量2.0Lの直列6気筒エンジンとしては多い。これは潤滑のみならず冷却も兼ねていたためである。
  • 排気ガス規制問題のために1973年のKPGC110型スカイラインGT-R(ケンメリ)への搭載で生産終了した。そもそもマツダ・サバンナ相手に苦戦を強いられていたKPGC10型に比べ、100kg以上も重量が増加したこのモデルでの参戦の予定は無くショーモデルは制作されたもののわずか3ヶ月足らずの製造販売は、スカイラインのレーシングイメージを保つためとも余剰となっていたS20型エンジンの在庫処分とも言われている。
  • スカイラインでの戦績は良く知られるところだが、フェアレディZ432とS20型との組み合わせは相性が悪く現場での評判もよくなかったと言われる。Zはプリンス陣営が「トラックのエンジン」と揶揄したSOHCのL24型を搭載する240Zに移行するや否や一転して成功を収めることとなる。これには、プリンス側が調子の良いエンジンをまずスカイライン勢に与えてきたことも関係しており、このため合併後も残っていた旧プリンスと日産との技術者同士の確執や遺恨が続く理由のひとつともなった[4]
  • 2000年代の後半になってもかなりのパーツがストックされておりオーバーホールも可能。その費用は150~200万円程度と2ヶ月の時間が必要。日産プリンス東京販売のスポーツコーナーでオーバーホールを行うとエンジンルーム内にそれを証明するプレートが装着される。

脚注[編集]

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  1. ^ プリンス自動車とは1966年に合併。
  2. ^ KPGC10・KPGC110に設定。
  3. ^ 総数はわずか20台とも30台とも言われ、現存しているのは10台程度との報告もある。
  4. ^ 旧プリンス系エンジンと日産系シャシーの相性の悪さは後のS12型シルビアFJ20型エンジンでも露呈している。

関連項目[編集]