日本寺 (鋸南町)

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日本寺
Nihonji Buddha.JPG
日本寺大仏
所在地 千葉県安房郡鋸南町元名184
位置 北緯35度9分23.07秒
東経139度49分55.6秒
山号 乾坤山
宗派 曹洞宗
本尊 薬師三尊
創建年 伝・神亀2年(725年
開基 伝・行基
札所等 東国花の寺百ヶ寺 千葉15番
文化財 梵鐘(国の重要文化財)
鋸山羅漢石像群(県名勝)
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日本寺(にほんじ)は、千葉県安房郡鋸南町にある曹洞宗の寺院。山号は乾坤山(けんこんざん)。本尊は薬師三尊薬師如来大仏日本寺大仏)があることで知られる。

目次

[編集] 歴史

寺伝によれば、聖武天皇の勅願により、行基によって神亀2年(725年)に開山されたとされ、当初は法相宗に属していたという。 最盛期には七堂十二院百坊を有する規模を誇り、良弁空海円仁らが留錫(りゅうしゃく)したと伝える。良弁は木彫の大黒天を彫り、空海は100日間の護摩を焚き、石造の大黒天を彫り遺し、仁王門の金剛力士像は円仁の作とする伝承がある。

天安年間(857年859年)円仁が入寺して天台宗の寺院となったと伝え、その後、隆盛と衰退を繰り返したが、復興には源頼朝足利尊氏の援助を受けたという。

真言宗を経て、江戸幕府三代将軍徳川家光の治世に曹洞宗に改修した。幕府から朱印状を与えられていた。境内にある五百羅漢像(千五百羅漢)は、江戸時代後期にこの寺を復興した高雅愚伝(当寺第九世)が発願したもので、上総国望陀郡桜井村の石工大野甚五郎が21年(1779年~)の歳月をかけて彫ったものである。

明治に入り、神仏分離に伴う廃仏毀釈1939年昭和14年)の火災などにより、現在残る堂宇は仮本堂をはじめごくわずかとなっている。

1989年(平成元年)5月、インド国政府により、日印親善と世界平和を祈念して、釈尊成道の聖地、ブッダガヤの聖菩提樹(釈迦がこの木の下に坐して悟りを開いたと言われる)の分木が日本寺へ贈られ、大仏広場に植えられている。

[編集] インドと日本寺

 インドブッダガヤの「聖菩提樹」の苗木が贈られ、1989年(平成元年)5月24日、関係者約400人が集まって、植樹記念法要が行われた。

この苗木は、先ごろ同寺を訪れたインド大統領特別補佐官のラーマ・ロブサング大僧正の仲介により、インド政府の特別のはからいで分木されたもので、海外に出るのは初めてと言われている。

また、苗木と一緒にアショーカ寺貫主から インドの国章となっている「四獅子初転法輪石柱」(レプリカ)も寄贈され、大仏広場脇に建てられた。

この日の法要には、インド側からカイラス・アスラーマ在日大使夫人やラーマ大僧正、また同寺奉讃会の名誉総裁を務める元皇族の梨本徳彦、同理事長の安孫子藤吉元自治相、それに郡内の県議、町村議、地元関係者多数が参列。フェンスの囲いに護られた菩提樹と、その前に建立された石柱及び記念碑の除幕式も行われた。

[編集] 文化財

[編集] 重要文化財(国指定)

[編集] 県指定名勝

[編集] 所在地

千葉県安房郡鋸南町元名184

[編集] 外部リンク

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