日本女子プロ将棋協会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

公益社団法人日本女子プロ将棋協会(にほんじょしプロしょうぎきょうかい、英称: The Ladies Professional Shogi-players' Association of Japan )は、将棋を指すことを職業とする女性プロフェッショナル女流棋士によって構成される日本公益社団法人である。略称は「LPSA」あるいは「女子プロ将棋協会」[1][2]

概要[編集]

2007年に日本将棋連盟から独立する形で有限責任中間法人団体として設立された。設立時点での女流棋士は引退したものも含めて56名であったが、39名が連盟への残留を希望したため、残る17名で独立を果たし、女流棋士の所属団体が分裂する形となった。

  • 目的 - 女流棋士の資質の向上ならびに、将棋の技術向上・指導方法の研究を行い、女流棋士界の健全な発展を図り、もって老若男女問わず楽しめる日本の伝統文化である将棋の普及を目的とする[3]
  • 事務局 - 東京都港区 2-24-1-2F
  • 所属女流棋士 - 15名(うち現役9名・ツアープロ1名)

沿革[編集]

前史[編集]

  • 2006年12月1日 - 日本将棋連盟女流棋士会の臨時総会で、新法人設立の準備委員会設置を賛成多数で承認。
  • 2007年2月1日 - 女流棋士新法人設立準備委員会が新法人当初運営資金の寄付金募集を開始[4]
  • 2007年2月21日 - 日本将棋連盟が、独立する女流棋士の連盟主催棋戦への参加を認めない可能性を示唆する理事会の見解文書を女流棋士に送付[5]
  • 2007年4月24日 - 日本将棋連盟による経緯説明の記者会見[6]。連盟に残留する女流棋士39名が発表された。
  • 2007年5月30日 - 日本女子プロ将棋協会の設立総会、記者会見。公募により決定された団体の名称もここで発表された。設立総会には、日本将棋連盟から西村一義専務理事、田中寅彦常務理事が出席。日本将棋連盟と友好的な関係を維持することで合意した。

設立後[編集]

中井広恵 初代代表理事
  • 2007年5月30日 - 「有限責任中間法人 日本女子プロ将棋協会」設立(中井広恵代表理事、所属女流棋士17名、うち現役14名、サロン・事務局場所:東京都北区中里)。
  • 2007年6月7日 - LPSA所属の女流棋士が日本将棋連盟へ移籍届を提出し、女流棋士会からも退会。
  • 2007年7月28日 - 設立記念パーティー開催。
  • 2008年7月1日 - 日本将棋連盟を退会した船戸陽子がLPSAに移籍[7]
  • 2008年12月1日 - 公益法人制度改革関連3法の施行に伴い、一般社団法人となる。法人名も同日付で「一般社団法人 日本女子プロ将棋協会」に変更。
  • 2009年3月6日 - 『LPSA公認プロ制度概要と応募要項』発表。
  • 2009年3月7日・8日 - 受験者一般公募に先駆けてGSP中井塾生を対象としたツアーライセンス取得試験実施。
  • 2009年3月31日 - 神田真由美が規定により引退。
  • 2009年4月1日 - ツアーライセンス取得試験に合格しGSPで既に研修を受けていた渡部愛が理事会の最終的な承認を受けLPSA初のツアー女子プロに登録される。
  • 2009年5月31日 - 北尾まどかが退会届を提出(退会日は6月15日)。LPSAからの初の退会者となる。
  • 2010年3月31日 - 藤森奈津子が規定により引退。藤田麻衣子が一身上の都合により引退し、同時にLPSAを退会。
  • 2010年5月27日 - 石橋幸緒が代表理事に就任。
  • 2010年10月 - LPSAサロン・事務局が東京都港区芝浦に移転。
  • 2011年1月26日 - 日本女子プロ将棋協会設立記念日にあたる5月30日を「女子将棋の日」と制定することを発表[8]
  • 2012年3月31日 - 山下カズ子が規定により引退、ツアー女子プロに転向。
  • 2012年7月1日 - 公益社団法人となる[9]。法人名も同日付で「公益社団法人 日本女子プロ将棋協会」に変更。公益社団法人認定に伴い、LPSA独自の新たな『棋士規程』[10]が制定され、渡部愛ツアー女子プロが規定により女流プロ棋士3級に昇級した[11]
  • 2014年1月23日 - 中井広恵がLPSAに退会届を提出し、協会側が受理した。退会の理由について、中井は「協会及び所属女流棋士との方向性の違いに思い悩み、前代表としての責任を痛感した。スポンサーや関係者へ迷惑をかけている現状はあまりに忍びなく、退会を決断した。」と、LPSAホームページ上で退会理由を説明している。
  • 2014年1月28日 - 代表理事の石橋幸緒が1月31日付で引退し、2月25日の理事任期満了をもって退会することが発表された。また、同日多田佳子が退会届を提出。1月31日に退会となった。
  • 2014年5月30日 - 所属棋士規程[12]を改定。LPSA独自棋戦による昇段規定を廃止。
  • 2014年7月1日 - 事務局を東京都港区芝へ移転[13]

役員[編集]

設立時の代表理事には中井広恵女流六段(総務、事業担当)が就任した。また他の社員(女流棋士)のうち、理事に藤森奈津子女流三段(総務担当)と石橋幸緒女流四段(渉外広報担当)が、相談役に蛸島彰子女流五段がそれぞれ就いた。独立に際して事務局の仕事に専念するため現役を引退していた大庭美夏女流1級は経営戦略室の担当となった(段級位はいずれも設立当時のもの)[14]

2014年2月の役員改選で旧執行部がほぼ総退陣し、役員が一新された。

理事役員一覧(2014年2月26日現在)[15]
役職 名前 段位・称号、経歴 担当
代表理事 中倉宏美 女流二段  
業務執行理事 大庭美樹 女流初段  
業務執行理事 林逸子    
理事 鹿野圭生 女流ニ段  
理事 島井咲緒里 女流ニ段  
監事 大泉紘一    
監事 川上和秀    
監事 西下重雄    
最高顧問 渋谷守生 第37代東京都議会議長、日本アマチュア将棋連盟会長、
東京アマチュア将棋連盟会長、日本将棋道場連合会最高顧問
 
顧問 松村正一    
特別相談役 蛸島彰子 女流五段  
相談役 藤森奈津子 女流四段  

活動[編集]

LPSA独自の棋戦(現在は終了)[編集]

LPSAの主催により、以下の棋戦が行われていた。いずれもLPSA所属の女流棋士が中心となって参加するほか、LPSAツアー女子プロやアマチュア招待選手も出場できる。

  • NTTル・パルク杯天河戦 - LPSA公認棋戦。優勝賞金100万円。株式会社NTTル・パルクが協賛。第4期(2012年)を最後に事実上休止状態。
  • 日レスインビテーションカップ - LPSA公認棋戦。優勝賞金100万円。日本レストランシステム株式会社が協賛。第1回は2007年7月28日に開幕。
  • 1dayトーナメント - LPSA準公認棋戦。フリーエントリー制で1回戦から決勝までを1日で行うスピーディさが特徴のトーナメント戦。2007年6月創設。             毎月1回の開催を原則としていたが、年間開催回数は減少傾向。

日本将棋連盟主催の棋戦への参加[編集]

日本将棋連盟が公認する棋戦(4大タイトル戦)について、2007年度は従来どおり参加できることが確定。2008年度以降については、その都度話し合いによって決定するとしている。

2007年には、マイナビ女子オープン大和証券杯ネット将棋・女流最強戦が新設されている。マイナビ女子オープン(レディースオープントーナメントから移行)は、毎日コミュニケーションズ(現:マイナビ)・日本将棋連盟・LPSAの3者共同主催のタイトル戦となる。女流最強戦は、選抜・推薦されたLPSA所属の女流棋士が招待選手として出場することとなった。また同じく2007年には、女流王位戦(第19期)にLPSAが主催者として加わった。

ただしマイナビ女子オープンは、LPSAがマイナビとの契約を解除する方針を明らかにしたことから、2013年はLPSA所属の棋士は不参加となったほか、2014年からは予備予選(チャレンジマッチ)からの出場となる(詳細は後述)。

その他の事業[編集]

「女性・女の子が将棋を楽しめる環境作り」を趣旨[16][17]とする「ガールズ将棋プロジェクト」(略称 GSP )および「LPSA スタイル」(カフェイベントなど主に大人の女性を対象とするプロジェクト)を柱に、女性らしい感性を活かした将棋の普及事業、女流棋士の育成事業に取り組み、アマチュア棋戦ペア将棋の棋戦も主催している。

  • 女子アマ王位戦 - 第1回は2008年7月より地区ブロック予選が開幕。同年10月に女子アマ王位決定戦を開催。
  • 小学生女子将棋名人戦 - 第1回は2007年8月開催。旧称、小学生女流将棋名人戦。第3回(2009年)から小学生女子将棋名人戦と改称。
  • 中学生女子将棋名人戦 - 第1回は2009年8月開催。
  • LPSA女子アマ将棋団体戦 - 第1回は2007年11月開催。
  • ペア将棋選手権 - LPSA所属の女流棋士とアマチュアの強豪選手が2人1組となって将棋の対局を行う。第1回は2008年3月開催。

問題[編集]

2013年に入り、LPSAと日本将棋連盟(以下「連盟」)との間での紛争が明るみになり、一部棋戦のボイコットにまで発展している。

LPSA側の主張[18]によれば、2012年7月にLPSA所属プロとなった渡部愛の処遇(具体的には連盟主催の棋戦への出場資格)を巡り、プロ棋士としての処遇を求めるLPSAとそれを認めないとする連盟(並びに各棋戦のスポンサー各社)との対立が2012年末に深刻化したとしている。LPSAは、LPSAの定めた基準でプロ3級を取得した場合、連盟もプロとして認めるよう主張している。一方で連盟は、連盟が開催している研修会でC1クラスになった者のみを女流3級と認めて[19]いて、LPSA3級資格は認めるものの、連盟が主催する棋戦においては、プロとしては認めないと主張している。

その結果LPSAは2013年1月28日付でマイナビ・連盟の両者に対し、マイナビ女子オープンの現行契約の解除を通知。第7期以降の同棋戦にLPSA所属棋士が参加しないのみならず、当時進行中であった第6期についても以後の参加を打ち切るとし、翌1月29日に行われた里見香奈女流四冠 - 石橋幸緒女流四段戦において、LPSA所属の石橋が対局をボイコットした[20]

これに対し連盟側は、2月22日に記者会見を開き「LPSA及び石橋がマイナビへの謝罪を行い、さらに女流棋士認定基準について協議に応じるなら渡部への特例を認める」という妥協案を提示したものの拒否されたことを明らかにした上で、今後について「LPSAとは新規の棋戦契約を行わない」「石橋については連盟主催の棋戦への出場を最低1年間禁止する」等の方針を発表した。なお石橋以外のLPSA所属棋士の連盟主催棋戦への出場については「今後個別に交渉する」「LPSA所属のままでも構わない」としている[21]。ただLPSAはこの会見内容に対しても反発し[22]、対立は泥沼化した。

連盟が関与する他の棋戦についてLPSAは態度を明確にせず、2月3日に開催予定だった第6回女流最強戦・石橋 - 中村真梨花女流二段戦の対局が延期されるなど(結局2月24日に開催された)の影響が出た。2013年度の女流王将戦・女流王座戦においては石橋・渡部の2名が予選組み合わせから除外されたが、LPSA側は「公益事業活動への暴力・パワーハラスメント行為」であるとしてこれを不当なものだと主張していた[23]

その後、LPSA側は6月19日に「株式会社マイナビ様への謝罪」[24]という文章をサイトに掲載し、LPSAに一定の非があることを認めた[25]。これを受けて連盟では7月12日に渡部の女流3級扱いを特例として認め[26]、一時は問題が解決に向かうかと見られた。しかしLPSAの謝罪文が1ヶ月程度で取り下げられたこと[27]、また8月には石橋が『週刊新潮』誌上[28]で連盟・マイナビを批判する発言を行ったことなどから、連盟は10月2日に「LPSAを当連盟の棋戦存続を脅かす存在とみなさざるを得なくなりました。」として、従来LPSAとの間で締結していた棋戦運営に関する合意書を9月30日の期限切れをもって更新しないこと、さらに今後LPSAとの一切の契約・交渉を行わないことを発表[29]したため、LPSA側は再び態度を硬化させた。第41期女流名人戦・第22期倉敷藤花戦・第36期女流王将戦におけるLPSA所属およびフリー女流棋士の出場手続きは連盟が公式サイト上に連絡先を提示し、個別で行う形が取られた[30]。また、マイナビ女子オープンについては第7期はLPSA所属棋士全員が不参加となった。

代表理事の地位にあった石橋は退任の日、将棋連盟から一方的被害を被っていたこと主張し、その主張を裏付ける書類を公開した[31]。石橋はこの中で、「将棋連盟という組織は様々な問題があり、特に道理が通じない、発言が信用できない、という重大な欠点があると言わざるを得ない」、「このような組織と『まともなつきあい』(合理的な関係)など想定し難い」と述べた。またマイナビ女子オープンに関連して、「代表の対局拒否だけにスポットが当たるような報道をした、将棋担当の各新聞社文化部」は、「新聞および通信社の公的役割と、そのジャーナリズム精神を忘れた」と批判し、自らが「契約違反として主義を通したものを、それを取り下げて謝罪」したことについては、「一番の誤ちであった」と述べた。

2014年2月25日に開催されたLPSAの定時総会で、代表理事の石橋を含む当時の執行部がほぼ総退陣し(石橋はLPSA自体からも退会)、後任の代表理事となった中倉宏美が連盟等に対して「迷惑をかけてきたことをおわびし、関係を修復していきたい」としてこれまでの路線を転換する方針を打ち出している[32]。同年4月19日には正式にLPSAとして連盟及びスポンサー各社への謝罪文を公表した[33]。これを受けて連盟はLPSAとの交渉を再開し、6月1日に棋戦運営に関する合意書を改めて締結した[34]。 そして、第7期より不参加となっていたマイナビ女子オープン第8期へは、予備予選「チャレンジマッチ」からの参加となった[35]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ “女流棋士新法人の正式名称”. 日本女子プロ将棋協会(LPSA). (2007年5月31日). http://joshi-shogi.com/lpsa/post_4.html 2011年7月16日閲覧。 
  2. ^ 名称は公募したものの中から採られた。その他寄せられた案には「なでしこ将棋会」「プロメテウス」「女流棋士会 未来22」などがあったと「Positive de Go!」2007年5月24日配信分で紹介されている。
  3. ^ 有限責任中間法人日本女子プロ将棋協会の定款より引用。
  4. ^ 女流棋士新法人設立準備委員会ブログ「女流棋士新法人 女流将棋協会(仮称)設立にむけてご寄付のお願い」(記事不在のためInternet Archiveも参照)。
  5. ^ 同「「理事会の見解」文書について」(記事不在のためInternet Archiveも参照)。
  6. ^ 女流棋士独立問題に関して:日本将棋連盟。なお、連盟理事会の説明としてこれ以外に発表したものが存在することを、米長邦雄会長は「さわやか日記」2007年4月25日付けにて明らかにしている。
  7. ^ 「船戸女流二段がLPSAに移籍」週刊将棋、2008年7月2日号。
  8. ^ “「女子将棋の日」制定及び記念イベント開催のお知らせ”. 日本女子プロ将棋協会(LPSA). (2011年1月26日). http://joshi-shogi.com/lpsa/news/lpsanews_jsd_1.html 2011年3月13日閲覧。 
  9. ^ “公益社団法人認定取得のお知らせ”. 日本女子プロ将棋協会(LPSA). (2012年7月1日). http://joshi-shogi.com/lpsa/news/public_01.html 2012年7月14日閲覧。 
  10. ^ “公益社団法人日本女子プロ将棋協会定款ほか規程”. 日本女子プロ将棋協会(LPSA). (2012年7月2日). http://joshi-shogi.com/lpsa/public_03.html 2012年9月4日閲覧。 
  11. ^ “LPSA所属新人女流プロ棋士誕生のお知らせ”. 日本女子プロ将棋協会(LPSA). (2012年7月2日). http://joshi-shogi.com/lpsa/news/public_02.html 2012年9月4日閲覧。 
  12. ^ “公益社団法人日本女子プロ将棋協会 棋士規程”. 日本女子プロ将棋協会(LPSA). (2014年5月30日). http://joshi-shogi.com/pdf/kishi_26.pdf 2014年7月8日閲覧。 
  13. ^ “日本女子プロ将棋協会事務所 移転のお知らせ”. 日本女子プロ将棋協会(LPSA). (2014年6月25日). http://joshi-shogi.com/lpsa/news/move2014.html 
  14. ^ 有限責任中間法人日本女子プロ将棋協会の組織図より。
  15. ^ 公益社団法人日本女子プロ将棋協会 役員名簿 - LPSA・2014年2月26日
  16. ^ “2009年度GSP基金のご報告”. 日本女子プロ将棋協会(LPSA). (2010年5月20日). http://joshi-shogi.com/gsp/2009gsp_report.html 2011年3月13日閲覧。 
  17. ^ “ファンクラブイベント”. あっこ&ひろみオフィシャルブログ. (2010年9月27日). http://pgirls.exblog.jp/11990404/ 2011年3月14日閲覧。 
  18. ^ マイナビ女子オープン準決勝対局、断念の背景と経緯説明 - LPSA・2013年1月29日
  19. ^ その後、研修会を経ずしても女流3級になる制度が作られた女流棋士仮会員(女流3級)資格付与規程が、当時は研修会が唯一のルートであった
  20. ^ 第6期マイナビ女子オープン 里見女流四冠不戦勝のお知らせ - マイナビ女子オープン
  21. ^ LPSAによる一方的な契約解除通知と、石橋女流四段の マイナビ女子オープン対局放棄についての記者会見 - 日本将棋連盟・2013年2月22日
  22. ^ 2月22日の日本将棋連盟会見と声明について弊協会の見解 - LPSA・2013年2月27日
  23. ^ 日本将棋連盟による女流棋戦からの排除行為について - LPSA・2013年4月8日
  24. ^ 株式会社マイナビ様への謝罪 -LPSA・2013年6月19日
  25. ^ 文章では「現段階において(中略)主張は取り下げさせていただきます」「礼を失した対応」という記載であり、当該問題全体の謝罪ではないと思われる。
  26. ^ 日本女子プロ将棋協会及び渡部愛さんに対する将棋連盟の対応 - 日本将棋連盟・2013年7月12日
  27. ^ サイト上には現在も掲載されているが、TOPページからのリンクが外されている。
  28. ^ 『週刊新潮』2013年8月15・22日合併号「大和なでしこ血風録」
  29. ^ 日本女子プロ将棋協会(LPSA)への対応について - 日本将棋連盟・2013年10月2日
  30. ^ 第41期ユニバーサル杯女流名人位戦参加女流 - 日本将棋連盟・2014年1月9日
  31. ^ 対日本将棋連盟等との事実関係について - LPSA・2014年2月25日
  32. ^ 女子プロ将棋協、中倉新体制発足 連盟と関係改善へ - 北海道新聞・2014年2月26日
  33. ^ 代表理事ごあいさつ - LPSA・2014年4月19日
  34. ^ 日本女子プロ将棋協会(LPSA)と合意書締結 - 日本将棋連盟・2014年6月2日
  35. ^ 第8期マイナビ女子オープン「チャレンジマッチ」アマチュア参加者募集のお知らせ - マイナビ女子オープン公式サイト

関連項目[編集]

外部リンク[編集]