日本プロゴルフマッチプレー選手権

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

日本プロゴルフマッチプレー選手権は、1975年~2003年まで毎年9月に開催されていた日本のプロゴルフ競技のメジャー大会の一つ。大会創設当初は5月に開催されたが、日本プロゴルフ選手権大会と開催時期を入れ替えて1992年以後は9月に行った。

大会に出場できるのは32人で、前回の当大会優勝選手と、前年9月~当年8月までのツアー競技における賞金獲得上位選手31人が出場する。この大会の特徴は通常のストロークプレー(2~4日間の合計スコアで競う)方式ではなく、完全ノックアウト方式による1:1のマッチプレートーナメントである。その為大物選手がそのトーナメントの道中で敗退したり、あるいは伏兵選手が勝ち上がることもよくあった。

目次

[編集] 優勝者特典

  • 優勝者には向こう5年間の日本ゴルフツアー機構公認試合(日本プロゴルフ協会の公式戦含む)における無条件シードが約束された。

[編集] 大会の流れ

  • 初日 32選手による1回戦
  • 2日目 16選手による2回戦
  • 3日目 午前中は8選手による準々決勝、引き続き午後は4選手による準決勝
  • 4日目 準決勝勝ち上がり2選手による決勝と敗戦選手による3位決定戦を同時開催
※決勝戦については36ホールズ(2ラウンド)、他は18ホールズ(1ラウンド)となっている。

[編集] マッチプレーのスコアの見方

  • マッチプレーでは一般的には勝利を収めた選手の側から見て「1up(ワンナップ)」や「2up(ツーアップ)」といったスコアの表し方をするのが恒例であるが、時々野球のスコアのように「3-2」や「4-3」といったスコアの書き方をする場合もある。
  • これは前者の数字は勝利を収めた選手の側から見てのアップ数、後者は残りの対戦予定ホール数を示している。
  • 従って「3-2」は2ホールズを残しての3upでの勝ち抜け、後者は3ホールズを残しての4upでの勝利を意味する。この場合「3アンド2」や「4アンド3」と説明する。
※詳しいルールは当該項を参照いただきたい。

[編集] 大会歴代優勝者

回数 開催時期 優勝者 開催地 開催ゴルフコース
第1回 1975年5月16日~18日 日本の旗 村上隆 神奈川県 戸塚カントリークラブ
第2回 1976年5月28日~30日 日本の旗 吉川一雄
第3回 1977年5月13日~15日 日本の旗 橘田規
第4回 1978年5月26日~28日 日本の旗 青木功 戸塚カントリークラブ 西コース
第5回 1979年5月17日~20日
第6回 1980年5月15日~18日 日本の旗 安田春雄
第7回 1981年5月14日~17日 日本の旗 青木功
第8回 1982年5月13日~16日 戸塚カントリークラブ
第9回 1983年5月12日~15日 日本の旗 中嶋常幸 茨城県 水戸ゴルフクラブ
第10回 1984年5月16日~19日 日本の旗 中村通
第11回 1985年5月16日~19日 日本の旗 高橋勝成
第12回 1986年5月15日~18日 日本の旗 中嶋常幸
第13回 1987年5月14日~17日 日本の旗 高橋勝成
第14回 1988年5月12日~15日 アメリカ合衆国の旗 デビッド・イシイ 福島県 グリーンアカデミーカントリークラブ
第15回 1989年5月11日~14日 日本の旗 尾崎将司
第16回 1990年5月10日~13日 日本の旗 尾崎直道
第17回 1991年5月16日~19日 日本の旗 東聡 岐阜県 新陽カントリー倶楽部
第18回 1992年9月3日~6日 日本の旗 中嶋常幸 栃木県 プレステージカントリークラブ
第19回 1993年9月2日~5日 日本の旗 山本善隆 東ノ宮カントリークラブ
第20回 1994年9月1日~4日 アメリカ合衆国の旗 トッド・ハミルトン 北海道 ニドムクラシックコース ニスパコース
第21回 1995年8月31日~9月3日 日本の旗 友利勝良
第22回 1996年8月29日~9月1日 日本の旗 芹澤信雄
第23回 1997年9月4日~7日 日本の旗 丸山茂樹
第24回 1998年9月3日~6日 日本の旗 桑原克典
第25回 1999年9月2日~5日 日本の旗 小山内護
第26回 2000年8月31日~9月3日 日本の旗 横尾要
第27回 2001年8月30日~9月2日 アメリカ合衆国の旗 ディーン・ウィルソン ニドムクラシックコース イコロコース
第28回 2002年9月5日~8日 日本の旗 佐藤信人
第29回 2003年9月4日~7日 アメリカ合衆国の旗 トッド・ハミルトン

[編集] 外部リンク