日本の超高層建築物

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東京都新宿区西新宿の超高層ビル群
大阪市北区西梅田の超高層ビル群

日本の超高層建築物(にほんのちょうこうそうけんちくぶつ)では日本にある超高層建築物(以下超高層ビル)について説明する。2011年2月現在、日本一高いビルは横浜ランドマークタワー神奈川県横浜市西区、高さ296m)である。

目次

[編集] 定義

どの程度の高さのビルを超高層ビルと呼ぶのかについては、国際的にも日本国内でも明確な定義はない。

超高層ビルという用語は日本において初めて高さ100mを超えたビルである霞が関ビルディング(高さ147m)に対して初めて用いられたものであることから、日本においては一般に100m以上の高さのビルのことを超高層ビルと呼ぶことが多い。また霞が関ビルディング以前にすでに高さ73mのビルが存在していたから、少なくとも高さが73m以下のビルは超高層ビルではないということになる。

なお法律においても定義は存在しないが建築基準法施行令第36条、ガス事業法施行規則第106条等において高さが60mを超えるビルに対しては建築構造や防火構造などについてそれ以下の高さのビルとは異なる制限を課している。

[編集] 超高層建築物に関する法令上の規定

航空法51条では地上、あるいは水面から高さ60m以上の高さの物件には原則として航空障害燈の設置が義務付けられ大抵の超高層ビルにはこの装置が設置されている(但し、ビル群の中にある建物の場合は60m以上のものでも設置されない場合もある)。空港から最大24km以内の地域では建物の高さに規制がかかっている。

また地方自治体によっては一定の高さ又は延床面積を超える大規模建築物に対してその存在や共用による周辺への景観変化、日照阻害電波障害風害交通問題等や工事中の騒音振動地盤変位影響の低減を図るため環境影響評価を義務づけている。

[編集] 歴史

[編集] 百尺規制

大阪市・御堂筋2006年4月)。戦前に形づくられた百尺規制による街並みの例。
仙台市青葉通2008年1月)。戦後に形づくられた百尺規制の街並みの例。屋上看板を除外して見ると、百尺規制を踏襲したビルが連なっているのが分かる。
霞が関ビル

市街地建築物法1919年4月5日公布、1920年12月1日施行)により、建築物の高さは100(31m)に制限された(通称:百尺規制)[1]。これは英国法の100フィート(30.48m)という制限に倣ったものである。市街地建築物法は1950年昭和25年)11月23日建築基準法に取って代わられるが、百尺規制は引き継がれた[1]

百尺規制により建物は9階建て程度でしか建てられなかったがその分、都市部では同じ高さに揃ったオフィス街が各所に形成された。特に規制施行直後の1923年大正12年)9月1日に発生した関東大震災によって瓦礫の山となった東京府東京市都心では帝都復興院の指導の下、多くの民間のビルが規制限界の高さで建設され100尺のビルが連続するスカイラインを形成した。また、高度経済成長期前半には地方都市中心業務地区(CBD)でも百尺規制のビルが連続する景観が形作られた。

一方、隆盛していたメタボリズムの建築家から超高層ビル建築を伴った丹下健三築地再開発計画や磯崎新新宿計画などの様々なプランが提案されたが百尺規制によりいずれも実現には至らなかった。また都心では地価に見合った収益をあげるため延べ床面積をなるべく広くとろうとするあまり、各々の階の天井高を低くして100尺の高さに10階分を詰め込んだり規制が緩い地下を掘り込んで地下6階建てのビルが出現したりするなど高さ規制が防災ホワイトカラーの健康にとってマイナスの影響を与えるようになり規制の見直しが行われることになった[1]

なお、この当時に日本で最も高い建物は国会議事堂の中央塔(65m)であった。

[編集] 容積地区制度創設

1963年(昭和38年)7月16日の建築基準法改正により容積地区制度が創設されると、従来の高さを制限する百尺規制から容積率による規制へと変更された[1]。これにより高さ31mを超えるビルが建てられるようになり、日本における最初の高層ビルとされる霞が関ビルディングが東京都港区霞が関三丁目において設計・建設された(設計:山下寿郎設計事務所1968年竣工)。一方、1966年後半に取り壊された東京都・丸の内東京海上日動ビルディングの跡地には、前川國男設計で30階建て高さ127mの超高層ビルが立つ予定であったが、1967年に東京都がこれを却下したことから「美観論争」が起こった。皇居の堀端にあったこの地域は戦前の美観地区であり、新しいビルが百尺規制のスカイラインを崩して皇居を見下ろしかねないことから激しい争いとなったが、1970年、高さをぎりぎり100m以下の99.7mにすることで、結局高層ビル自体の建設は認められた。

日本における高さ100m以上の超高層ビルは、1960年代は前述の霞が関ビルディングと1969年(昭和44年)に竣工した高さ109mの神戸商工貿易センタービル(設計:日建設計)の2棟のみであったが1970年(昭和45年)6月1日の同法改正などを経て1970年代には新宿副都心などの開発計画が本格化し1970年代末には30棟を超えておりこの頃に日本の都市部は超高層化時代に突入したといえる。

なお、東京都・丸の内では百尺規制にあわせた旧建物のファサードのイメージを残して外壁デザインを100尺を境に変えたり100尺の低層部の上にセットバックした高層部がのる形にした超高層ビルが見られる(丸ビルなど)。

[編集] 高さ日本一の変遷

竣工年 名称 所在地 高さ 階数 設計
1890年 凌雲閣
※1923年に関東大震災の影響で解体
東京都台東区 52m 12階 ウィリアム・K・バートン
1936年 国会議事堂中央塔 東京都千代田区 65m 9階 大蔵省臨時議院建築局
1964年 ホテルニューオータニ本館 東京都千代田区 73m 17階 大成建設
1968年 霞が関ビルディング 東京都港区 156m 36階 三井不動産、山下寿郎
1970年 世界貿易センタービル 東京都港区 163m 40階 日建設計、武藤構造力学研究所
1971年 京王プラザホテル 東京都新宿区 179m 47階 日本設計
1974年 新宿住友ビル 東京都新宿区 210m 52階 日建設計
1974年 新宿三井ビル 東京都新宿区 225m 55階 三井不動産、日本設計
1978年 サンシャイン60 東京都豊島区 240m 60階 三菱地所設計、武藤構造力学研究所
1991年 東京都庁第一本庁舎 東京都新宿区 243m 48階 丹下健三都市建築設計研究所
1993年 横浜ランドマークタワー 神奈川県横浜市西区 296m 70階 ヒュー・スタビンス、三菱地所設計

参考:ビル以外も含めると、日本で最も高い構造物は1958年(昭和33年)竣工の東京タワー(高さ332.6m)。ただし、建築中のものを入れると東京スカイツリー(2011年3月18日に予定の高さ634mに到達・2012年2月竣工予定)が最も高くなる(高さで東京タワーを上回ったのは2010年3月29日)。東京タワー以前は依佐美送信所鉄塔(250m、1929年竣工・1997年解体)、相国寺七重大塔(109m、1399年竣工・1400年焼失)である。中世以前については法勝寺の八角九重塔(1083年建立・室町時代に焼失)が81m[2]と推定されている。これ以外では平安時代源為憲によって作られた「口遊」で数え歌に歌われた「雲太、和二、京三=出雲太郎、大和次郎、京三郎(出雲大社本殿(伝承によると十六丈・48m)・東大寺大仏殿(当時の伝承によれば十五丈・45m)・平安京大極殿)」が高層建築の例として知られている[3]

鉄塔・仏塔他も含めた高層構造物については塔の一覧を参照。

[編集] 現状と計画

日本一高い横浜ランドマークタワー

[編集] 現状

現在日本で最も高い超高層ビルは横浜市西区みなとみらい21地区に1993年平成5年)に竣工した横浜ランドマークタワー(設計:三菱地所設計・ヒュー・スタビンス)で高さ296m、地上70階建てである。

日本では未だに300mを超えるビルは建設されていない。これは耐震構造・地盤・建設費等の理由もあるが航空法に基く高さ規制が大きく関わっており、概ね空港滑走路からの距離で定まる。滑走路の中心にある標点標高を基準に制限表面と呼ばれる高さ規制があり標点から半径4kmまでは標点の標高プラス45m(水平表面)、そこからすり鉢状に高くなり(円錐表面)空港から16.5kmから24kmの範囲内では標点の標高プラス295mに制限される(外側水平表面)。滑走路の前後方向にはさらに厳しい規制がかけられる(進入表面・延長進入表面)。ただし仮設物や避雷設備、その他飛行の安全を害さないものは所管航空局長の承認を受ければ制限表面を超えて設置することもできる。

制限表面の内、円錐表面と外側水平表面は個々の空港周囲の都市の事情や山などの地形により規制緩和される場合も多いが大都市の発着便数が多い空港(→日本の空港#乗降客数)では緩和され辛い。例えば福岡市の中心部が福岡空港の水平表面と円錐表面の規制のため低層であったり、東京国際空港の外側水平表面の規制のため横浜ランドマークタワーが現行の高さになったりした例が見られる。一方で新潟空港の円錐表面の規制緩和で新潟市NEXT21(125m)や朱鷺メッセ(143m)の建設がされたり、大阪国際空港の外側水平表面の規制緩和で阿部野橋ターミナルビルタワー館(仮称)が300m超の計画となった例が見られる。

[編集] 現在の高さ順位

順位 名称 所在地 高さ 階数 設計 竣工年
1 横浜ランドマークタワー 神奈川県横浜市西区 296m 70階 ヒュー・スタビンス、三菱地所設計 1993年
2 りんくうゲートタワービル 大阪府泉佐野市 256.1m 56階 日建設計、安井設計 1996年
3 大阪府咲洲庁舎 大阪府大阪市住之江区 256.0m 55階 日建設計、マンシーニ・ダッフィ・アソシエイツ 1995年
4 ミッドタウン・タワー 東京都港区 248.1m 54階 SOM、日建設計 2007年
5 ミッドランドスクエア 愛知県名古屋市中村区 247m 47階 日建設計 2006年
6 JRセントラルタワーズ 愛知県名古屋市中村区 245m 51階 KPF、坂倉建築研究所 2000年
7 東京都庁第一本庁舎 東京都新宿区 243.4m 48階 丹下健三都市建築設計研究所 1991年
8 NTTドコモ代々木ビル 東京都渋谷区 239.85m 27階 NTTファシリティーズ 1997年
9 サンシャイン60 東京都豊島区 239.7m 60階 三菱地所設計、武藤構造力学研究所 1978年
10 六本木ヒルズ森タワー 東京都港区 238.06m 54階 KPF、入江三宅設計事務所 2003年
11 新宿パークタワー 東京都新宿区 235m 52階 丹下健三 1994年
12 東京オペラシティ 東京都新宿区 234.37m 54階 NTTファシリティーズ、都市計画設計研究所柳澤孝彦TAK建築・都市計画研究所 1996年
13 新宿三井ビルディング 東京都新宿区 223.6m 55階 三井不動産、日本設計 1974年
14 新宿センタービル 東京都新宿区 222.95m 54階 大成建設 1979年
15 聖路加タワー 東京都中央区 220.63m 51階 日建設計 1994年
16 泉ガーデンタワー 東京都港区 216m 43階 日建設計 2002年
17 汐留シティセンター 東京都港区 215.75m 43階 ケビン・ローシュ 2003年
18 電通本社ビル 東京都港区 213.337m 48階 大林組 2002年
19 アクトタワー 静岡県浜松市中区 212m 45階 日本設計、三菱地所 1994年
20 新宿住友ビルディング 東京都新宿区 210.3m 52階 日建設計 1974年

[編集] 計画中の超高層建築物

横浜ランドマークタワーより高いビルの計画を以下に示す。

[編集] 西新宿三丁目西地区再開発

東京都新宿区西新宿の東を十二社通り、西を山手通り、南を甲州街道、北を水道通りに囲まれた一画で「仮称:西新宿三丁目西地区再開発」が進められており最も高いオフィス棟の高さは338mとなる予定である。これが完成すれば、横浜ランドマークタワーを抜いて日本一の高さとなる。ただし現在のところ地元住民の立ち退きや着工の目処などは一切たっていない。また事業者により、規模縮小を含めた見直しが進められている[4]

[編集] あべのハルカス

[編集] 日本の超高層ビル群

東京都の西新宿丸の内汐留天王洲リバーシティ、大阪市の梅田大阪ビジネスパーク中之島、名古屋市の名駅や横浜市の横浜みなとみらい21などが超高層ビル群の代表格だがいずれもアメリカニューヨークシカゴ中国上海香港などと対比するとビルの高さや集積率は低い。

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c d b) 絶対高規制から容積率規制への変化日本大学理工学研究所 環境・防災都市共同研究センター【プロジェクトII】大都市の環境性能と環境制御に関する研究 II-5 環境制御に関わる都市計画制度の影響
  2. ^ 「法勝寺八角九重塔」はどっしり型?京都新聞2011年7月28日
  3. ^ その後に続く数え歌を考慮すると、高さの順を表したものではなく、神社(神)、寺院(仏)、住宅(人)の順との説もある。
  4. ^ 西新宿三丁目西地区市街地再開発準備組合

[編集] 関連項目

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