日本における英語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
英語 > 日本における英語

本項目では、日本における英語アルファベットを含む)について解説する。

歴史[編集]

江戸時代 - 幕末[編集]

まず、日本アルファベットが伝えられたのは、1500年代(ポルトガル・スペインなどの宣教師による)という説がある[1]

1600年リーフデ号で漂着したウィリアム・アダムス(三浦按針、1620年没)は、日本に上陸(豊後国)した初のイギリス人とされる[2]。その後、徳川家康の元で通訳などを務めた。

1808年フェートン号事件を契機に、幕府は英語知識の必要性を感じたという[3]。長崎の通詞らに命じ、ヤン・コック・ブロンホフの協力を得て1814年に完成したのが、史上初の英和辞典諳厄利亜語林大成』だった[4][注 1]

1854年黒船来航の翌年)締結の日米和親条約日英和親条約を経て、1858年締結の日米修好通商条約の批准書交換のため、「万延元年遣米使節」が派遣された。その使節団の通訳だったジョン万次郎(中浜万次郎)が著した日本初の英会話教本『英米対話捷径』には、全213の日常会話対訳が掲載され、漢文のような返り点が打たれていた[5][注 2]

鎖国が解かれた関係で、1860年代には長崎横浜などの条約港トーマス・ブレーク・グラバーをはじめとするイギリス商人が居住していた。1861年には長崎・大浦居留地で、日本初の英字新聞とされる『ナガサキ・シッピング・リスト・アンド・アドバタイザー』が刊行された。翌1862年には日本初の本格的刊本英和辞典『英和対訳袖珍辞書』(堀達之助他編)が刊行された。

明治時代[編集]

その1
その2
綱島亀吉(辻岡屋亀吉)
『流行英語尽し』1877年(明治10年)

明治維新で、西洋にならった近代的な学校制度ができて、外国語としての英語教育が導入された。明治時代では、義務教育小学校での英語教育が一時導入されたが、後に中断した。

文明開化

各国からの商人の他、殖産興業などを目的として、幕府・政府によって多くのお雇い外国人が日本に招聘されるようになった。

当初、耳から英語を学んだ日本人は「メリケン(American)」のように発音したり表記することがあった。横浜では「ぐるもうねん(Good morning)」のようなものもあった[6]。また、西洋人が飼い犬に対して発した「Come here!」を「カメや!」と思い込み、英語で犬=カメなのだと勘違いしたという話もある[7]

文明開化に伴う衣食住の環境変化において導入され普及した語(「カーテン」「ベッド」など)もある。対して、和製漢語を創作することで英単語に依存しない動きもあった[8]。和製漢語は蘭学時代にも作られていた[9]が、英語が日本に入って来てからはより一層盛んな造語が行われ、「郵便」「野球」などが作られた。

1885年発行の一円紙幣日本銀行券)には、表裏ともに英語表記が併記された。

1902年には、在日アメリカ人の子弟を対象とした日本初のナショナルスクール「アメリカンスクール・イン・ジャパン」が開校した。

第二次世界大戦前まで[編集]

第二次世界大戦中・戦後[編集]

太平洋戦争大東亜戦争)中、英語は敵性語として排斥された。一方、海軍兵学校においては、井上成美校長の信念で英語教育は継続されていたという。また、諜報員養成を行っていた陸軍中野学校でもその目的上、英語をはじめ敵国語の学習・使用はむしろ推奨されていた。

敗戦後の連合国軍占領下の日本1945年 - 1952年)では、「ギブ・ミー・チョコレート(Give me chocolate.)」などのフレーズに象徴されるように、食べていくために英語を覚えた人たちもいた。

また、1945年9月3日の「連合国最高指令部指令第二号の第二部十七」では、道路標識や駅名標識、公共施設の看板にヘボン式ローマ字と英語表記の使用命令が書かれた[10]連合国軍最高司令官総司令部日本語のローマ字化も目指したが断念した。

進駐軍の駐留キャンプではジャズカントリー&ウェスタンが演奏され、日本人も参加していた[注 3]。このようなジャンルの歌は、進駐軍放送ラジオWVTR(後のFEN)でも流れた。アメリカ映画の上映なども含めて、英語が日常に現れた。

変動相場制円高による海外旅行の一般化に伴い、英語を身に付けようとする人も増えた。カタカナ職業が登場し、英語由来の役職名も続々と導入された。我が子に、西洋人にもいるような名前を付ける一般人も出てきた(森鴎外など明治の文豪では既にそういう例もあった)。

マスメディアと英語[編集]

欧米の映画楽曲に関して、日本では邦題が付けられる場合もある。

1945年9月15日発売の『日米会話手帳』は、年末までに360万部の売上を超えた。1946年 - 1951年には、平川唯一アナ(英語ブームの元祖火付け役ともいわれる)によるラジオ講座『英語会話』が人気を呼んだ。逆に、心の中で戦争を引きずり英語を毛嫌いする人たちもいた。

1960年代からタイトルがカタカナの雑誌(その後アルファベットも)が登場し[11]、特にファッション雑誌の紙面は、おしゃれな外来語由来の形容詞などで賑わっていった。

1960年代後半 - 1970年ラジオ番組デビューした、高崎一郎小林克也といったディスクジョッキー(DJ)は、喋りの中に流暢な英語を散りばめた。その後も、特にFM放送においては英語が堪能なDJ(ハーフの人も多い)が続出した。

1978年に多国籍編成バンドゴダイゴがリリースしたシングルMonkey Magic』(日本テレビ開局25周年記念番組『西遊記』の主題歌で作詞は奈良橋陽子)は、全編が英語で当時は珍しかったが人気を博した。メインボーカルで主な作曲を担当したのは東京外国語大学英米語学科卒のタケカワユキヒデ。その後も英語を生かした曲を次々と発表した。

1979年 - 1994年まで、日本テレビ系列の『ズームイン!!朝!』には、アントン・ウィッキースリランカ出身)による「ワンポイント英会話」という生コーナーが平日毎朝あった。

1987年には、テレビ朝日系列局で『CNNヘッドライン』が放送開始。バイリンガルの女性キャスターが多用された。商社やマスメディアの特派員など、日本企業の海外進出にともない、英語を含めた外国語を話せる帰国子女が増加していた背景もある。中でも山口美江サンモール・インターナショナル・スクール出身)は、その後「元祖バイリンギャル[注 4]」と呼ばれた。

トニー谷長嶋茂雄ルー大柴(のルー語)などは、日本語の中に英単語を盛り込んだ会話で、しばしば注目を浴びた。

「Now on sale」「Check it out!」「Don't miss it!」「Here we go!」などのフレーズは、例えばCMなどで常套句のように用いられた時期があり、世間に浸透した。

現代[編集]

There is not the restroom
SORRY OUT OF SERVICE

整備文などにおける多音節で馴染みがなく分かりづらいものなど、カタカナ語の氾濫に対し、2000年代国立国語研究所は、「外来語」言い換え提案を出した。

在日外国人訪日外国人観光客の増加により、看板などにおける英語併記が増えた。

グローバリゼーションの発展で国際英語論の高まりとともに、日本企業の海外進出に伴い、社会人に対する英語(英語力)の必要性を求める声も挙がっている。就職試験時にTOEICTOEFLのスコアや英検の級を基準に採用判断する企業も出てきた。2012年には、日本企業の楽天も、社内の公用語を英語にするに至った[12]。また、ユニクロも社内公用語(母語が異なる人が対象の資料や会議等における)を英語とすることとして、本社社員と店長の約3000人に対して業務として「TOEICスコア700点以上」を義務付けしたりしている。[13]これらの状況に対し、英語帝国主義の流れであると揶揄する意見もある。

英語力の向上手段としては、英語圏への語学留学の他、ネイティブ・スピーカーの恋人や友人を作ること、テレビ・ラジオの語学番組による学習などが挙げられる。電子辞書でもリスニングなど英語学習機能が強化されたものも出ている。ビジネスでは英会話教室通信販売教材[注 5]があり、SNSではLang-8のような無料のものもある。早期英語習得も踏まえて、子供をインターナショナル・スクールに通わせる家庭もある。

2005年国土交通省は外国人観光客誘致を踏まえて標識の手引きを定めた。「固有名詞はローマ字、普通名詞は英語」というものであり、2013年8月20日、国会議事堂近くの交差点9か所の標識を「Kokkai」から「The National Diet」の表記があるものに取り換えるなど[14]、推進中である(都道府県ごとの道路標識適正化委員会の判断に基づくという)[15]

2014年4月1日、東京消防庁は「英語対応救急隊」を発足した。2020年の東京五輪・パラリンピックでの外国人増を想定・考慮したもの[16]

学習・教育[編集]

明治維新による近代化以降、特に第二次世界大戦後にかけて、官民ともに、第一外国語としての英語教育が強化されていった。

戦前の日本の英語教育は、主にイギリス英語が主流であった。しかし、戦後から現在に至るまで、日本社会がアメリカの影響を強く受け、学校教育での「英語 (教科)」や英会話の学習などもアメリカ英語がほぼ主流になっている。

英語の教科書を用いて英米人から学ぶ方法を「正則英語」、対して翻訳式の教授法を「変則英語」と呼んだ時期もあった[17]

アジアの例えばフィリピンでは理系科目を含め多教科を英語で指導しているが、日本ではそうではない。翻訳書を含め、日本語による教材・専門書も充実している。それは、お雇い外国人以後の日本人指導者育成の観点もあり、明治期から専門用語の和製漢語化が顕著だったことによる、という指摘もある[18]

2002年度 - 2009年度にかけて、「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール」(SELHi)という文部科学省主導のプロジェクトがあった。

2011年度から、文部科学省の新学習指導要領で、小学校での外国語(英語)活動が必修となった。

2013年度から、英語の授業は、高校1年生から原則として英語で行うこととなった[19]

また、同じく2013年に文部科学省が、翌年度から全国約50校を、英語を重視した「スーパー・グローバル・ハイスクール」(SGH 仮称)として指定する方針を発表した[20]

入試[編集]

文系の大学入試における英語科目は、「国語」と同じかそれ以上の得点比率になっている大学が多い。大学入試センター試験では、「外国語」における英語選択者には、2006年度から「英語(リスニング)」の受験が必須となった。

また、大学受験のための英語は、特に「受験英語」とも呼ばれる。

表記・発音・アクセント[編集]

腕時計の都市表記(カシオ計算機「OCEANUS」) カップヌードル「ド」が小さく上付きなのは、英語の正確な発音を表現するためと、複数のテレビ番組で日清食品広報部が回答している[21][22]。
腕時計の都市表記(カシオ計算機OCEANUS」)
カップヌー
「ド」が小さく上付きなのは、英語の正確な発音を表現するためと、複数のテレビ番組で日清食品広報部が回答している[21][22]

英語とともに、横書きアラビア数字も日本にもたらされた。

略語としての頭字語と和訳名を併用する場合がある(「NATO(北大西洋条約機構)」など)。

長音符[注 6]などカタカナ表記において、ばらつきの有る語もある。例えば、「エンターテインメント」(entertainment, エンターテイメント、エンタテイメント、エンタテインメント)、「ユニフォーム」(uniform, ユニホーム)。

和製英語も含めた)カタカナ表記に併せることによる発音の束縛が、ネイティブのそれとかけ離れていることを懸念する声もある。一方で「アンビリーバボー」(Unbelievable, アンビリーバブル)のようなものも登場してきている[23]

珈琲」「檸檬」などの当て字も数多く生まれた。「噸」「瓲」(どちらもトン)などの和製漢字(国字)も生まれた。KY語も生まれた。

なお、特に首都圏の若年層を中心とした、外来語アクセントの平板化傾向を指摘する研究調査もある[24]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 住まいのかわら版 ローマ字の「ヘボン式」「訓令式」について - 杉田エース株式会社
  2. ^ お話し:日本における英語史 - Richmond英語教室
  3. ^ どうして、こんなにしゃべれないのか 対談 明治以来の憧れと敗北のDNA - 中央公論 2013年11月号 p.22-29 鳥飼玖美子斎藤兆史
  4. ^ 第152回 常設展示 辞書を片手に世界へ —近代デジタルライブラリーにみる明治の語学辞書— - 国立国会図書館
  5. ^ (英語教育)今,どうして中浜万次郎なのか - 中嶋太一郎配信ブログ
  6. ^ タイムスリップよこはま - よこはま言葉 バックナンバー
  7. ^ カメ とは - コトバンク(デジタル大辞泉)
  8. ^ 明治初期の大翻訳時代 山岡洋一
  9. ^ 佛教大学文学部論集第94号(2010年3月) 外来文化の受容の歴史から見た日本の外国語学習と教育について 清水稔
  10. ^ 戦後日本漢字史 (新潮選書): 阿辻 哲次p.40-41
  11. ^ 女性誌を読み解く - 国際言語文化研究科 - 名古屋大学
  12. ^ 楽天が7月から社内公用語を英語に、三木谷社長「日本企業は目を覚まして」 -INTERNET Watch
  13. ^ 知りたい! :「社内は英語で」どうなった? 楽天「浸透」 ユニクロ「業務」
  14. ^ 読売新聞 2013.8.21 38面
  15. ^ 「Tocho」って?東京五輪へ標識「英語化」 (読売新聞 2013年9月21日夕刊1面)
  16. ^ 救急救命士の処置範囲拡大及び英語対応救急隊の運用開始について - 東京消防庁
  17. ^ 「世界における英語の位置」 八田洋子 - 「文学部紀要」文教大学文学部第14-2号
  18. ^ 所さんのニッポンの出番! 2014/04/22(火)放送 - TVでた蔵
  19. ^ 春から高校英語 「英語で授業」が基本に 日テレNEWS24 2013年4月24日
  20. ^ 「グローバル高校」50校指定へ 英語で授業も、来年度から - 琉球新報 2013年5月28日
  21. ^ 2010年9月19日放送『シルシルミシルさんデー』(テレビ朝日テーマ1 / 日清食品
  22. ^ 価格.com テレビ紹介情報キングコングのあるコトないコト」2010年9月12日(日)放送内容
  23. ^ 通じない和製発音の英語と日本語表記 - セミコンポータル
  24. ^ 首都圏における外来語平板アクセントと馴染み度
  1. ^ 辞書というよりは単語集だったという。
  2. ^ 日本語と英語の語順の違いによる読者の混乱を、解消させるためと考えられる。
  3. ^ 例えば、1952年に『テネシーワルツ』をカバーしてヒットした江利チエミも、キャンプの出身だった。
  4. ^ バイリンガル+ギャルの合成語。
  5. ^ 「イングリッシュ・アドベンチャー」「スピードラーニング」などテレビCMを打つものも。
  6. ^ 江戸時代儒学者なども既に使っていたという。

関連文献[編集]

  • 杉本つとむ『増訂日本翻訳語史の研究』『日本英語文化史の研究』
  • 茂住実男『洋語教授法史研究』
  • 永嶋大典『新版蘭和・英和辞書発達史』
  • マーク・ ピーターセン『日本人の英語』(岩波新書)
  • 田中章夫『日本語雑記帳』(岩波新書)
  • 千代崎秀雄『日本語になったキリスト教のことば』(講談社)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]