日本大学豊山中学校・高等学校
| 日本大学豊山中学校・高等学校 | |
|---|---|
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人日本大学 |
| 設立年月日 | 1903年11月 |
| 共学・別学 | 男女別学(男子校) |
| 中高一貫教育 | 併設型 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 高校コード | 13580B |
| 所在地 | 〒112-0012 |
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東京都文京区大塚5-40-10
北緯35度43分14.1秒東経139度43分33.2秒 |
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| 外部リンク | 公式サイト |
日本大学豊山中学校・高等学校(にほんだいがくぶざんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都文京区大塚にある日本大学付属の私立中学校・高等学校。通称「日大豊山」、「豊山」。現在、日本大学の系列校で唯一の男子校である。
目次 |
[編集] 概要
日本大学系列の付属校には、大きく分けて日本大学と法人を同じくする正付属校と日大とは別法人が経営する準付属校があるが、日大豊山は大学経営の正付属校である。本校は多くの生徒が日大へ推薦入学できるため、部活動が概して盛んで全国レベルのものも多い。大学進学率は90%を超え(平成20年度資料から)、また近年は特進クラスを設置し、国公立大学や難関私立大学の合格者が増加傾向にある。
前身は古く、護国寺によって明治20年に設置された中学林・大学林(大学林は正式名称を真言宗新義派大学林。これが後の豊山大学となり、大正大学へ組み込まれた。また中学林の正式名称は真言宗新義派大学林附属予備前中学林という)であり明治36年には中学林が豊山中学として認可された。
現在の日大豊山校歌は詩人で日大芸術学部教授であった神保光太郎の作詞であるが、旧制豊山中学校校歌の作詞は北原白秋であった。
豊山中学は、大正期創立の旧制日大一中より創立は古く、日大三高の前身である高等商業予備門(後の旧制赤坂中学)とともに現在の日大付属校では最も歴史のある学校である。日大系列となった経緯は、新学制の豊山中学高校時代に、護国寺から戦後日大一高、二高、三高といったその付属校を失い再び付属校の再編成を計画していた日大へ譲渡されることになったことに始まり、昭和27年には校名を日大豊山とし、日本大学に昭和29年に完全に吸収されることになった。このとき護国寺側から豊山の校名は必ず継承するよう要望があったことで、現在も豊山中学高校の名は受け継がれている。創立年は旧制開校時とする場合と、日本大移行時とする場合がある
豊山中学・高校の同窓生は旧制豊山中学からの卒業生からの通算制となっており、同窓会会長も旧制豊山中学卒で護国寺住職の岡本氏に引き受けて頂いている。豊山中学・高校の歴史の中では定時制課程(男女共学)も併設していたが昭和45年に募集が停止され、昭和51年には廃止された。
また板橋区中台にある日本大学豊山女子中学校・高等学校は日大豊山高校から分離独立した高校であり、昭和57年の4月独立時まで日大豊山とは校長を同じくしていた。日大豊山高校のグラウンドや総合体育施設は豊山女子高校内(隣接)しており、主に体育祭、野球部やサッカー部などの活動が行なわれている。また高校1年生時では陸上や野球、サッカーなど(週1回)の体育授業が同校の専属バスを利用してそのグラウンドに行き行われる。それら施設は通称として中台グラウンドや中台と呼ばれている。また、特進クラスを設置し国立大学に現役合格者が出るなど、近年他大進学にも力を入れている。
最寄駅は有楽町線護国寺駅。最寄り駅からの徒歩時間が30秒という学校の立地条件にある。
[編集] 沿革
4月から始まり3月までを1年とする。
- 1887年(明治20年) 真言宗豊山派の護国寺により中学林・大学林設置(大学林は後に豊山大学→大正大学)
- 1903年(明治36年)11月 私立豊山中学校認可(この年をもって現在は創立年としている)
- 1946年(昭和21年)4月 旧制最終入学式
- 1952年(昭和27年)11月 学校法人日本大学豊山学園として日本大学へ移設契約する(正付属校になる)
- 1954年(昭和29年)8月 学校法人日本大学に吸収合併され日大と同一法人「日本大学豊山中学校・高等学校」となる、5月 マラソン大会が始まる。
- 1959年(昭和34年)4月 新校歌制定、3月 2号館新築竣工
- 1961年(昭和36年)9月 3号館新築竣工
- 1963年(昭和38年)3月 4号館新築竣工
- 1964年(昭和39年)10月 東京オリンピック見学
- 1965年(昭和40年)7月 スクールバス購入、千葉県(九十九里浜)野栄学寮新築竣工
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- 3月 板橋区中台に日本大学豊山女子高等学校開校(当時は普通科の他家政科も設置していた)
- 1969年(昭和44年)12月 スキー教室開く
- 1970年(昭和45年) 定時制課程募集停止
- 1976年(昭和51年) 定時制課程廃止
- 1977年(昭和52年)11月 五号館新築竣工
- 1982年(昭和57年)3月 日本大学豊山女子高等学校分離独立
- 1989年(平成元年)9月 日本大学創立100周年の記念事業の一環として、1号館屋上のプラネタリウムが、五藤光学研究所製GS-AT型に更新される(更新以前は Venus-SIII型)。
- 1994年(平成6年)4月 体育クラス設置
- 1996年(平成8年) 千葉県(九十九里浜)野栄学寮閉寮(平成12年解体)
- 2000年(平成12年)8月 第82回全国高等学校野球選手権大会(甲子園)初出場
- 2004年(平成16年)創立50周年(日大移設50周年記念)下校ソング普及キャンペーンに応募し当時無名に近かったmihimaru GTが来校。
- 2007年(平成19年)11月22日ダライ・ラマ法王14世来校、講演
[編集] 体育大会・文化祭
中高別で「体育大会」と「校内体育大会」が行われる。「豊山祭」と呼ばれる文化祭が行われる。毎年秋に行われ、約8000人の来場者がある。 部活動は現在は陸上競技部、野球部・水泳部・バスケットボール部・ソフトテニス部・卓球部等が盛んである。特に野球部は甲子園出場の実績、水泳部OBからは、多数のオリンピック選手を輩出。吹奏楽部も数々の入賞経験を持つ。本校出身のオリンピック選手は、関係者一覧参照されたし。
[編集] 中学校・高校関係者一覧
「日本大学豊山中学校・高等学校の人物一覧」を参照
[編集] アクセス
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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