日テレ・ベレーザ

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日テレ・ベレーザ
原語表記 日テレ・ベレーザ
愛称 ベレーザ
クラブカラー
創設年 1981年
所属リーグ 日本女子サッカーリーグ
所属ディビジョン 1部
ホームタウン 東京都稲城市
ホームスタジアム 稲城中央公園総合グラウンド
収容人数 11,000
代表者 羽生英之
監督 野田朱美
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

日テレ・ベレーザ(にっテレ・ベレーザ)は、東京都稲城市を本拠地とする東京ヴェルディ1969フットボールクラブが運営するなでしこリーグ所属の女子サッカーチームである。 「ベレーザ」とはポルトガル語で「美人」を意味する。また男子チーム同様、下部組織として「メニーナ」(ポルトガル語で「少女」を意味する)を有し、女子ユース代表に多数の選手を輩出している。

目次

[編集] 経歴

1981年東京ヴェルディの前身となる読売クラブの女子チーム「読売サッカークラブ女子・ベレーザ」として発足。東京都リーグ2部に参加した。当初は読売クラブの女性ファンを対象に「選手に近づける」ことを目的として作られた面もあったが、本格的なコーチングを行うことにより女子サッカーの普及・向上を目指すことになった。全日本女子サッカー選手権大会には第5回大会1983年)から出場し、1984年には都リーグ1部に昇格した。

1989年に日本女子サッカーリーグ(JLSL→のちL・リーグ)が発足の際には創設メンバー(6クラブ)のひとつとして参加。清水FCレディースとの開幕戦(9月9日)で勝利を収めた。この第1回リーグでは清水FCレディースに次ぐ2位[1]、翌1990年第2回リーグからは4連覇を成し遂げ、野田朱美高倉麻子手塚貴子小野寺志保大竹奈美らを擁したベレーザは常にリーグ戦、全日本女子サッカー選手権大会でも優勝を争う強豪となって、日本女子サッカー界の牽引役となった。

1994年-1997年にはスーパーマーケットの西友とスポンサー契約を結び「読売西友ベレーザ」と名乗ったが、西友が撤退した1998年に「読売ベレーザ」、1999年にクラブが日本テレビ完全出資のNTV FCに変更[2]されてから「NTVベレーザ」に変更。日本テレビがロゴ変更及び略称を「日テレ」に統一するCIが導入されたのに合わせ、2000年から現在の「日テレ・ベレーザ」となる(なお2001年からNTV FCは稲城市などとの共同経営となった)。この間、ベレーザは1994年からリーグ優勝を逃していたが、1998年第10回リーグで3連覇を成し遂げた日興證券ドリームレディースが同年度限りで廃部、続く1999年第11回リーグで優勝したプリマハムFCくノ一が翌2000年からは伊賀フットボールクラブくノ一として再編・規模縮小するなど、いわゆる「女子サッカー冬の時代」[3]の中でも育成と強化を続けたベレーザは2000年の第12回リーグで7年ぶりに優勝し、ここからリーグ3連覇を果たした。

2004年には澤穂希荒川恵理子、酒井與恵(2007年の結婚により加藤與恵に改姓)、小林弥生アテネオリンピック女子代表(なでしこジャパン)に選ばれ、チームの主軸として支えた。

2005年にはTASAKIペルーレFCから川上直子が移籍。L・リーグで3年ぶりの優勝を21戦18勝3分の「無敗優勝」を成し遂げ、更に晴れの国おかやま国体[4]全日本女子サッカー選手権大会も優勝。日本の女子サッカー史上初の単独チームによる「事実上の」三冠を無敗により達成[5]。更にリーグ戦前に行われたなでしこスーパーカップでもPK戦により勝利しているため、これを含めると「四冠」というリーグ随一の強豪クラブとなった。

2006年はリーグ最終節・TASAKIペルーレ戦で2年ぶりのリーグ戦における敗戦を喫したが、プレーオフでは3戦全勝し連覇を達成。この年に誕生した「1億円のティアラ」の初戴冠チームとなった。

2007年にはリーグ戦でシーズン10度目の優勝を果たすと共に、なでしこスーパーカップ、なでしこリーグカップ (この年に新設)、そして第29回全日本女子サッカー選手権大会の全てに優勝して「四冠」を達成した。

2008年には北京オリンピックFIFA U-20女子ワールドカップ及びFIFA U-17女子ワールドカップサッカー日本女子代表(なでしこジャパン)へ選手が招集される中、ケガ人を多く出す苦しいシーズンとなったが、チーム一丸となって、リーグ戦での4連覇と第30回全日本女子サッカー選手権大会での連覇を達成した。

2009年10月21日に同チームの運営がこれまでの日本テレビフットボールクラブから、東京ヴェルディ1969フットボールクラブへ移管され、日テレ(読売グループ)は運営から撤退した。なお、日テレは運営撤退後もチーム名の命名権を保有し、チーム名は「日テレ・ベレーザ」のままとなった。しかしクラブ経営は圧迫され、2010年にはヴェルディのJリーグ除名まで議論される事態となった。一時的なJリーグ管理を経てバディ企画研究所を筆頭株主とした新たな経営陣が発足する事でこの危機は免れたものの、さらなる経費削減策がとられた結果、同年に2年ぶりのリーグ優勝を果たしたベレーザでもプロ選手の澤穂希[6]とシーズン得点王だった大野忍の2人と契約更新を行わなかった。その結果、アマチュア選手ながらなでしこメンバーとなっていた近賀ゆかり南山千明を加えた4人がベレーザを退団し、2010年7月にベレーザ監督を解任された星川敬を監督として同年度の第32回全日本女子サッカー選手権大会で優勝していたINAC神戸レオネッサへと揃って移籍した。2010年は開幕前の1月に永里優季、7月に宇津木瑠美がそれぞれ海外リーグへ移籍し、さらに3月には荒川恵理子が浦和レッズレディースへと移籍、12月のシーズン終了後には中地舞が引退するなど、ベレーザ生え抜きの主力選手の多くがベレーザを離れる事となった。

2011年のベレーザは、前年11月に新監督となった野田朱美が引き続き指揮を執り、なでしこジャパンメンバーの岩清水梓[7]をはじめ、小林弥生や伊藤香菜子らのベテランと岩渕真奈永里亜紗乃木龍七瀬ら若手FW陣との融合が図られ、リーグ連覇は逃したものの神戸レオネッサに次ぐ2位となった。岩清水はワールドカップ初優勝とロンドンオリンピック予選での本大会出場権獲得の中心選手ともなり、メディアからも大きく注目されるようになった。10月にはベレーザが岩清水と2015年1月までのプロ契約を結び、岩清水は将来のクラブ運営参加に備えてクラブプロデュース部に所属する事になった[1]。また、ワールドカップでは岩渕、オリンピック予選では永里も出場して、チーム力の向上につながる経験を積んだ。年末の第33回全日本女子サッカー選手権大会ではアルビレックス新潟レディースに準決勝で敗れた[8]

[編集] チーム成績

年度 チーム名 リーグ チーム数 試合 勝点 順位
1 1989 読売サッカークラブ女子・ベレーザ JLSL 6 10 17 8 1 1 2位
2 1990 6 15 29 14 1 0 優勝
3 1991 10 18 34 16 2 0 優勝
4 1992 読売日本サッカークラブ女子
ベレーザ
10 18 34 16 2 0 優勝
5 1993 10 18 -- 15 -- 3 優勝
6 1994 読売西友ベレーザ L・リーグ 10 18 -- 12 -- 6 2位
7 1995 10 18 -- 9 -- 9 5位
8 1996 10 18 -- 12 -- 6 3位
9 1997 10 18 -- 16 -- 2 2位
10 1998 読売ベレーザ 10 18 -- 14 -- 4 2位
11 1999 NTVベレーザ 8 14 32 10 2 2 2位
12 2000 日テレ・ベレーザ 9 12 30 9 3 0 優勝
13 2001 10 14 40 13 1 0 優勝
14 2002 11 11 29 9 2 0 優勝
15 2003 13 22 46 14 4 4 2位
(16) 2004 L・リーグ1部(L1) 8 14 35 11 2 1 2位
(17) 2005 8 21 57 18 3 0 優勝
(18) 2006 なでしこリーグディビジョン1 8 17 44 14 2 1 優勝
(19) 2007 8 21 53 17 2 2 優勝
(20) 2008 8 21 53 17 2 2 優勝
(21) 2009 8 21 43 13 4 4 2位
(22) 2010 なでしこリーグ 10 18 49 16 1 1 優勝
(23) 2011 9 16 35 11 2 3 2位
  • 1992年まで「勝ち点制」(勝ち2、引き分け1、負け0)を採用。
  • 前後期制を採用した1993年から1999年までの成績は年間順位。
  • 予選(地区)リーグと決勝リーグを採用した2000年から2003年までの成績は年間順位。チーム数は両地区の合計チーム数。
  • 1999年から「勝ち点制」(勝ち3、引き分け1、負け0)を採用。
  • 2004年から二部制に移行。チーム数は所属リーグのみ。
  • 2003年まではシーズン名に「第○回」と表記されていたが、2004年からは西暦年で表記するようになった。
  • 2006年は8チーム2回戦総当たりの「レギュラーリーグ」(RL)後、その順位に基づき上位と下位の各4チームによる1回戦総当たりの「プレーオフ」(PO)を実施。試合数はRLとPOの合計。成績は年間順位。

[編集] 獲得タイトル

[編集] チームカラー

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd)
GK(1st) ピンク ピンク ピンク
GK(2nd) 水色 水色 水色
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd
  • チームカラーは緑

[編集] ユニフォームスポンサー

[編集] チーム名変遷

  • 1981年(創部) - 1991年 読売サッカークラブ女子・ベレーザ
  • 1992年 - 1993年 読売日本サッカークラブ女子ベレーザ
  • 1994年 - 1997年 読売西友ベレーザ
  • 1998年 読売ベレーザ
  • 1999年 NTVベレーザ
  • 2000年 - 日テレ・ベレーザ

[編集] 歴代監督

(日本女子サッカーリーグ開幕以降)

[編集] 選手(2012年現在)

[編集] 現在所属している主な選手

(数字は背番号)

GK

DF

MF

FW


[編集] かつて所属していた選手

[編集] 脚註

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  1. ^ 勝ち点17(8勝1分1敗)で並び、得失点差で清水を下回った。
  2. ^ 読売新聞社がヴェルディへの出資を引き上げた事によるもの。
  3. ^ 特に深刻だったのは、ベレーザからも大竹・酒井・澤など8選手が参加した1999 FIFA女子ワールドカップでのグループリーグ敗退により、日本代表がシドニーオリンピックへの出場権を逃した事だった。
  4. ^ 国体は通常、都道府県単位で参加となるが必ずしも県内の複数のクラブ・学校などから選手を集結させた「選抜チーム」である必要はなく、単独チームによる参加もできる。2005年は東京都(ベレーザ)のほか数県が単独チームだった。
  5. ^ リーグ、国体、全女選手権の「三冠」は2003年に田崎も達成しているが、その時は国体に宝塚バニーズレディースサッカークラブの選手も参加の混成チームであった。
  6. ^ 澤は2009年と2010年にアメリカ女子プロサッカー(WPS)のワシントン・フリーダムに参加し、シーズン終了後にベレーザに復帰していたため、試合出場数は少なかった。
  7. ^ 2008年の北京オリンピックで8人、2010年のアジア大会で5人いたベレーザ所属選手のうち、岩清水は2011年にベレーザへ残留した唯一の選手である。
  8. ^ 優勝はINAC神戸レオネッサ。

[編集] 外部リンク

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