新連邦条約
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新連邦条約(しんれんぽうじょうやく、ロシア語: Новый союзный договор)は、ソビエト連邦において1991年8月20日に正式調印が予定されていた条約。ソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領が提案し、同年7月の段階で条約調印の最終合意が成されていたが、8月クーデターによって破棄された。その結果、ソ連は1つの国家としての形態を維持できなくなり、解体へと向かった。
条約は、形式的には連邦制だが実際には中央集権制だったソ連を、より緩やかな国家連合へと再編することで、崩壊の過程をたどっていた連邦を維持しようという内容だった。その中では、国名をソビエト社会主義共和国連邦からソビエト主権共和国連邦(Союз Советских Суверенных Республик)と改称し、連邦を構成していた15共和国の大幅な権限強化が謳われていた。
しかし既に分離独立を宣言していたバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)は当初から条約調印の意思を持たず、またモルダビア(現在のモルドバ)、グルジア、アルメニアも批准しなかった。
その後の交渉により11月、7共和国が連邦結成条約に同意し、最終的に国名は主権国家連邦(Союз Суверенных Государств)とされた。しかしウクライナは参加せず、エリツィンはロシアの利益を求め同意を破棄した。結果として、ソビエト連邦は1991年12月25日に消滅した。