新仏教運動

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新仏教運動パーリ語:नवयान Navayāna英語:Neo-Buddhist movement)とは、近代現代インドにおいて主に支配的なヒンドゥー教に対抗し、仏教を再興しようとする動きを指す。仏教復興運動仏教再興運動ともいう。これ以前のインドにおける仏教の推移については、インドの仏教を参照のこと。

概要[編集]

アーンベードカルの運動[編集]

演説するアーンベードカル、1935年
ナーグプールにあるディクシャブーミのストゥーパ

19世紀からアナガーリカ・ダルマパーラen)ら大菩薩会en、マハー・ボーディ・ソサエティ、1891年創設)によるスリランカからの仏教再移入の動きがあったが、特にインド独立後の1956年10月14日カースト制度に苦しんでいたダリット(旧不可触民)の指導者、アーンベードカル(初代インド法務大臣、インド憲法en)の起草者)が三宝五戒を授けられ、彼を先頭に約50万人のダリットが仏教に改宗したことで、仏教がインドにおいて一定の社会的勢力として復活した。アーンベードカルが改宗したマハーラーシュトラ州ナーグプールディクシャブーミには現在、これを記念するストゥーパが建立されている。なおアーンベードカル自身は改宗のわずか2か月後に仏教に関する著書『ブッダとそのダンマ』を遺し急逝している。

ダリットを基盤として復活したインドの仏教はアーンベードカルの独自のパーリ仏典研究の結果として「ブッダ輪廻転生を否定した」という見解を得たとする仏教理解に立脚しており、仏教の基本教理とされる輪廻による因果応報カースト差別との関連から拒否するなど、その合理主義的な教義がダリットらの人権・解放運動、社会運動の一環に過ぎないと指摘される側面もある。このように輪廻否定を積極的に主張する仏教徒グループを、断見派と呼ぶ。

近年の状況[編集]

この動きに対してブッダヴィシュヌ神化身と位置づけるヒンドゥー教徒やカースト制度の恩恵を受ける上位カースト層から偏見や反発が生じている。イスラム教徒の弾圧でインドから仏教が消滅したため置き去りにされていた仏教の聖地寺院の多くは、現在はヴィシュヌ神(の化身の一つとしての釈迦ヒンドゥー教における釈迦も参照)を祭る場としてヒンドゥー教徒が管理している。これらの聖地の仏教徒への返還、なかでもビハール州ブッダガヤにある大菩薩寺の返還も政治問題化している。またウッタル・プラデーシュ州に勢力を持つ大衆社会党(ダリットを基盤とする政党)にも影響力を有する。

佐々井秀嶺 2009年、東京・護国寺にて

インド政府の宗教統計によれば、インドでの仏教徒の割合は2001年には総人口の0.8%である[1]。一方で、インド仏教徒の指導者である佐々井秀嶺らは、インドの仏教徒はすでに1億人を超えていると主張している[2]。他に信徒の実数を2000万人とする推計もある[3]。上記のとおり、新仏教の担い手となっているのは主にカースト外の不可触民出身者であるが、カースト制度の後進性を批判する一部の進歩主義的な上位カースト出身者にも信徒を広げている。

アーンベードカルの22の誓い[編集]

叙任式の後、彼は彼の支持者らにダンマ・ディクシャを与えた。この式典には三宝五戒に続いて全ての新しい改宗者達に与えられた22の誓いが含まれた。1956年10月16日、チャンダ(チャンドラプール)にて別の大規模な改宗式を執り行った。彼は22の誓いを支持者たちに規定した。

  1. 私はブラフマーヴィシュヌマヘーシュワラの信仰を持たず、それらを崇めるつもりもない。
  2. 私は神の化身と信じられているラーマクリシュナの信仰を持たず、それらを崇めるつもりもない。
  3. 私はガウリーガナパティその他ヒンドゥーの神々や女神の信仰を持たず、それらを崇めるつもりもない。
  4. 私は神の化身を信じない。
  5. 私は主ブッダがヴィシュヌの化身だと信じるつもりはない。私はこれを狂った偽りのプロパガンダと信じる。
  6. 私はシュラッダー(信仰)を行わない。ピンダ(供え物の団子)を捧げることもしない。
  7. 私はブッダの法則と教えにもとる行いをするつもりはない。
  8. 私はバラモンが執り行うどんな式典も受け入れるつもりはない。
  9. 私は人の平等さを信じるつもりである。
  10. 私は平等を確立するために励むつもりである。
  11. 私はブッダの八正道に従うつもりである。
  12. 私はブッダが定めた十波羅蜜に従うつもりである。
  13. 私は全ての生き物に思いやりと親愛の情を抱き、かれらを保護するつもりである。
  14. 私は泥棒するつもりはない。
  15. 私は嘘をつくつもりはない。
  16. 私は姦淫の罪を犯すつもりはない。
  17. 私は酒やドラッグのような酩酊させるものを摂取するつもりはない。
  18. 私はいつの日も八正道に従い、思いやりと親愛の情を実践するために励むつもりである。
  19. 私はヒンドゥー教を捨てる。それは人類にとって有害であり、不平等を基礎とするが故に人類の進歩と前進を妨げる。そして私は仏教を自己の宗教として採択する。
  20. 私は断固として、ブッダのダンマこそが唯一真実の宗教であると信じる。
  21. 私は、私が再生すると信じる。
  22. 私は今後、我が人生をブッダとダンマの原理と教えに依って導いていくことを厳粛かつ堅固に宣言する。

今日では多くのアーンベードカル系団体がこの22の誓い(22のプラティギャ)のために働いている。彼らはこれらの誓いのみが、現在の仏教の存続と急速な成長を招きうると信じている。「22誓約の実践と普及運動」としても知られる The umbrella organization はこの目的のために十二分に献身している。この全く非政治的な運動は、アルヴィンド・ソンタッケの発明品であり、インド中の地帯と地域の団体を含む500万人のボランティア(プラチャラク)で構成されている。

「新仏教」との呼び名について[編集]

佐々井秀嶺は「新仏教」との呼び名は「アーンベードカル博士以前の仏教と私達を意図的に区別し“元不可触民”のレッテルを貼るもの」「ハリジャンにも等しい呼び方」「同じ人間同士に、新も旧もありません」[4]として間違っていると主張し、仏教復興運動 を称している。いっぽうウィキペディア英語版の項目名は "Dalit Buddhist movement" となっている。このように立場によって呼び名が変わる用語であるので、注意が必要である。

脚注[編集]

  1. ^ インド政府による統計
  2. ^ 佐々井2010、178頁。
  3. ^ 山下明子「インドの宗教・社会統合・ジェンダー――ダリット女性の解放運動の視座から」(秋山書店『現代宗教2009 特集 変革期のアジアと宗教』231p)
  4. ^ 佐々井2010、83頁。

参考文献[編集]

関連項目[編集]