新しき村

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新しき村の入口

新しき村(あたらしきむら)は埼玉県入間郡毛呂山町にある共同体

目次

[編集] 歴史

1919年頃の新しき村
入植当初の小屋

武者小路実篤とその同志により、理想郷を目指して1918年(大正7年)宮崎県児湯郡木城町に開村された。

1938年(昭和13年)にダムの建設により農地が水没することになったため、1939年(昭和14年)に一部が現在の位置(「東の村」)に移転し、残りは日向新しき村(ひゅうがあたらしきむら)として存続した。

第二次世界大戦終了時には1世帯のみとなっていたが、入村者が増え、1948年(昭和23年)に埼玉県から財団法人の認可を受け、1958年(昭和33年)にはついに自活できるようになった。

2006年現在の村内生活者数は23人。村外会員は約200人ほど。近年、村内の高齢化が進み、農業収入の低迷もあり、村の運営に困難が増しているのが実情である。

この村はただ生活するためのものではなく、精神に基いた世界を築く目的で開村されている。現在は農業を主としている。

[編集] 新しき村の精神

一、全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に成長させることを理想とする。

一、その為に、自己を生かす為に他人の自我を害してはいけない。

一、その為に自己を正しく生かすようにする。自分の快楽、幸福、自由の為に他人の天命と正しき要求を害してはいけない。

一、全世界の人間が我等と同一の精神をもち、同一の生活方法をとる事で全世界の人間が同じく義務を果たせ、自由を楽しみ正しく生きられ、天命(個性もふくむ)を全うする道を歩くように心がける。

一、かくの如き生活をしようとするもの、かくの如き生活の可能を信じ全世界の人が實行する事を祈るもの、又は切に望むもの、それは新しき村の会員である、我等の兄弟姉妹である。

一、されば我等は国と国との争い、階級と階級との争いをせずに、正しき生活にすべての人が入る事で、入ろうとすることで、それ等の人が本当に協力する事で、我等の欲する世界が来ることを信じ、又その為に骨折るものである。

[編集] 施設

公会堂兼食堂(580m²)、新しき村美術館(250m²)、生活文化館(200m²)、小集会場、アトリエ、茶室、住宅、作業場、畜舎等88棟。生活文化館は年中無休で無料公開している。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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